召喚されたクソ野郎
王城・謁見の間。
荘厳な天井の中心、巨大な魔法陣が淡く光を放っていた。
「……どうか、神よ。導きたまえ……!」
神官長が祈りを捧げ、緊張に包まれた空気の中で、魔法陣が一際強く輝きを増す。
今、この国は魔王の軍勢によって滅亡の危機に瀕していた。召喚の儀は、そんな絶望の淵で放たれた最後の一手であり、もはや再度の儀式に必要な資材も残っていない。
国王、王妃、王女、神官長、近衛騎士団長──すべての重鎮が、その成否を固唾を呑んで見守っていた。
そして、魔法陣が光を放ちきると同時に、そこから──
「……裸足、見たことのない服装……男……?」
一人のニヤついた男が現れた。
煙の出る白い棒をくわえ、町人?のような装い。場違い極まりない風貌と空気感に、場の緊張が一気に崩れる。
「ここ……どこだ? あー、クソ眩しい……。てかお前ら誰?」
軽く目を細めながら、男は辺りを見渡した。
王は、ぐっと前へ出る。
「異世界の勇者殿と見込んで頼みがある! 現在、我が国を始め、世界全土が“魔王”と呼ばれる悪しき存在に脅かされているのだ!」
王が必死の形相で状況を説明する中、男は話半分にタバコをふかしていた。
「ふーん」
そんな生返事に、業を煮やした王女が一歩前へ出て──
「……少しは真面目に──」
目の前の乳のでけぇ女が何やらギャーギャー喚いてるが一向に頭に入ってこない。それよりデッカイな…。スイカくらいあるんじゃないか?
そう思うとついどうしようもなく、胸をはたいて揺らしてみたくなった。
というか、はたいた。
その胸元を、男が無造作にペシッと叩いた──
「ん?」
瞬間。
肉が爆ぜ、骨が砕け、血飛沫と共に王女が“ミンチ”になって床に倒れた。
沈黙。
空気が止まった。
騎士たちは目を見開き、王と妃は口をパクパクさせるばかり。
神官長は座ったまま震え、誰一人、言葉を発せられない。
そんな中──男は肩をすくめ、タバコの灰を捨てながら、ただ一言。
「おっと、死んだ」
「斬り殺せぇッ!!」
沈黙を破ったのは、近衛騎士団長の怒声だった。
血走った目、引き絞られた弓のような怒気をそのまま剣に乗せて、彼は吼えた。
それを合図に、周囲を囲んでいた近衛騎士たちが一斉に剣を抜き放ち、男へと斬りかかる──!
銀の閃光が、数十本。風を裂き、空間ごと切り裂く勢いで振り下ろされたその刃は──
ジャリッ……!
乾いた音を立てて、止まった。
斬撃のすべてが、男の身体に触れた瞬間に止まり、まるで打ち捨てられた玩具のように剣先が折れ、跳ね返された。
「……は?」
「な、何ッ!? 刃が通らんだと……!?」
騎士たちの困惑の中、団長の口から、思わずそんな言葉が漏れる。
男は微動だにしなかった。
斬られる直前も、斬られた後も、ただ片手をポケットに突っ込み、タバコをふかしているだけ。
その口元には、ニヤけた笑みが貼りついたままだった。
「まーまーそう怒んなって笑 元に戻せばいいっしょ?」
それだけ言って、ゆっくりとミンチと化した王女に向き直る。
「生き返らせるのはどうすんだ? これか? いや、こっちか……あー、たぶんこれだな。《蘇生》」
淡々と手を翳し、魔法が発動する。
血肉が巻き戻され、王女の体が元の美しい姿へと再構築されていく。
仰向けに横たわる彼女が、ゆっくりと目を開く──。
そして目に入ったのは、真上から覗き込む“男”の顔。
煙の出る白い棒を転がしながら、薄く笑っている。
「あ……っ、あ、あ、あっ……ひ、ひっ……!」
喉を震わせ、視線が泳ぎ、息が詰まる。
「あ、あ、あっ、ひぃぃぃぃっ!!」
瞬く間に呼吸は荒くなり、過呼吸状態に陥る。
王女は床の上でもがきながら、涙と鼻水を垂らして苦しみ出す。
「……あー、こりゃ完全にトラウマったな。」
「これでいいだろ?」
ポリポリと頭をかき、タバコをポイ捨てした男がそう呟いた。
「「「良いわけあるかああああああああ!!!!!」」」
王と騎士団長の怒号が、天井を震わせた──。