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8 香り漂う試作の日

ファミリアが初めて石鹸を作ってから数日が経った。あの緑がかった素朴な塊は、侯爵家に小さな喜びをもたらしていた。ミリアは毎晩風呂で使い、「シャボンの実よりずっと素敵」と呟き、マルスは厨房の皿洗いに重宝し、「こいつのおかげで手間が減ったぜ」と笑っていた。オリバーも「長旅に便利だな」と認め、家族全員がその価値を感じ始めていた。だが、ファミリアの好奇心はそれで満足しなかった。

ある朝、彼女は厨房に立ち、マルスが朝食の片付けを終えたばかりの沸騰釜を眺めた。

「ねえ、マルス。もっとすごい石鹸を作りたいの。なんかアイデアない?」


マルスが鍋を拭く手を止め、ニヤリと笑う。

「お嬢様、また何か企んでるな。前のが好評だったから、俺も乗るぜ。何か思いついたのか?」


「うーん、まだ漠然としてるけど…もっと特別な石鹸にしたいの。たとえば、香りが良かったり、もっと便利だったり!」

ファミリアが目を輝かせると、その時、おじさんの声が頭に響いた。

《俺、前の世界でハーブを混ぜて石鹸を作ったことがある。なんか懐かしいな。ただ、そのままじゃ腐るし効き目が弱いから、蒸して香りの油を取り出してたな》


「おじさん、ハーブ?蒸して香りの油って何?」

ファミリアが小声で呟くと、マルスが首をかしげる。


「おじさんって何だ?何か言ったか、お嬢様?」

「あ、いや、なんでもない!ハーブなら香りが良くなりそうって思っただけ!」

慌てて誤魔化すファミリアに、おじさんが笑う。

《おっと、バレないようにな。昔の記憶がモヤっとしてるだけだ。お前と作るのは楽しいぜ》

「ハーブならショーンに頼もう!でも、採るのは…マルス、誰か手伝える人いる?」

マルスが厨房の奥を見やり、声を張り上げた。

「ガーミン!どこ行った、こら!」


すると、薪を積んだ棚の裏から、ガーミンが眠そうな顔を覗かせる。

「うぅ…朝食終わったし、ちょっと寝てただけだよぉ…」

「サボるな!お嬢様が何か作るってんだ、手伝え!」

マルスの豪快な声に、ガーミンが「めんどくさいなあ」とぼやきながら這い出てくる。

ファミリアが笑って言う。

「ガーミン、ハーブ採るの手伝ってよ。終わったらマルスにおやつ作ってもらうから!」

「おやつならやる!」

ガーミンの目が一瞬輝き、マルスが「ったく、食い物で釣られる奴だな」と笑った。

ファミリアとガーミンは庭へ向かい、ショーンが花壇の手入れをしている姿を見つけた。


「ショーン、ハーブが欲しいの。石鹸に混ぜたいんだけど、どれがいいかな?」

ショーンが立ち上がり、几帳面に手を払う。


「お嬢様、また妙なことを始めたな。薬草なら用途次第だ。除菌ならミント、虫よけならラベンダー、肌に潤いならカモミールがいい。どれにする?」


「全部試したい!でも、そのままじゃダメかな?」


ショーンが少し考え、おじさんが補足する。

《香りの油、なんつったかな、精油ってやつだ。それを石鹸に混ぜると長持ちするぜ》


「ショーン、蒸して香りの油を取るってできる?」

ファミリアの質問に、ショーンがうなずく。

「蒸すなら厨房の蒸留器が使える。普段はワインをブランデーに変えるのに使うが、ハーブの香りを抽出するのもいけるはずだ。ミントは除菌に効くし、ラベンダーは虫を寄せ付けない。カモミールは肌を落ち着かせる。質の良いものを選ぶよ。ガーミン、適当に採るなよ。きちんと根元からだ」


「はいはい、分かったよ…」

ガーミンが面倒臭そうに返事しつつ、ショーンの視線を感じてミントの葉を摘み始めた。

ファミリアがラベンダーを手に取ると、ショーンが補足する。

「ラベンダーは夏の虫よけにいい。昔、お嬢様が虫に刺されて騒いだ時に使った覚えがあるだろ」


「あったね!じゃあ、これで虫に勝てる石鹸を作るよ!」


ガーミンが「カモミールって何にいいの?」と聞くと、ショーンが答える。

「肌を落ち着かせる。厨房のような頻繁に水仕事する場所には最適だな」

「へぇ…じゃあ採るよ!」

ガーミンが少し興味を持った様子でカモミールを摘む姿に、ファミリアがくすくす笑った。

厨房に戻ると、マルスが「蒸留器ならこっちだ」と隅に置かれた銅色の器具を指す。

「普段はワインをブランデーに変えるのに使うが、ハーブでもいけるか?」


おじさんが《ああ、蒸気で香りを抽出して凝縮するんだ。滴を集めて油に混ぜれば石鹸にしっかり残るぜ》と助言。ファミリアが言う。

「蒸して香りの油を集めるんだって。やってみよう!」


そこにミリアが「何か楽しそうね」と顔を出す。


「お母様、ハーブで石鹸を作るの!香りが良くなって、便利にもなるよ」

「まぁ、素敵じゃない!私も手伝うわ。どれもいい香りね」

ミリアがハーブを手に取り、嬉しそうに刻み始めた。

まず、ミントを蒸留器に仕掛ける。マルスが「火をかけるぜ」と符を押すと、蒸気が上がり、銅管を伝って小さな壺に透明な滴が溜まった。ファミリアが鑑定魔法を唱える。

「そのものの真の姿を顕現せよ、『ヴェーラ・フォルマ・エイウス・マニフェスタ・エスト』」

指先に魔力が集まり、滴の成分が浮かぶ。「油っぽい香りの雫」としか分からず、ファミリアが首をかしげる。


「何か分からないけど、ちゃんと抽出できたみたい。ショーンが除菌って言ってたよね?」

「ああ、ミントは昔から傷口を洗うのに使った。お嬢様の魔法じゃ分からなくても、俺が保証するよ」

ショーンの言葉に、ファミリアが笑う。

「これ、お風呂で使ったら気持ちいいかも!」

次にラベンダーを蒸留。滴が集まり、薄い紫がかった色に。鑑定魔法では「香りの油」としか分からず、ショーンが「虫よけに効く」と補足。

ミリアが「夏にぴったりだわ」と喜ぶ。最後にカモミールを蒸し、柔らかな黄色の滴が完成。鑑定で「香りの油」と出るが、ショーンが「肌に潤いを与える」と説明し、ファミリアが「3つともすごい!」と目を輝かせた。

試作が本格化していく。マルスが「灰汁は任せろ」と沸騰釜で煮て、ファミリアがオリーブ油にミントの精油を数滴垂らす。爽やかな香りが広がり、ミリアが「素敵!」と拍手。圧力鍋に油と灰汁を移し、精油を加えて起動すると、鍋が低く唸り、厨房に3種の香りが順番に漂った。


ガーミンが「俺、混ぜるのやるよ」と手を挙げたが、すぐに「疲れた…」とへたり込む。マルスが笑う。

「お前、10歳のくせに根性ねぇな。俺が30年やってきたんだ、負けるなよ!」

「30年もすげぇ…でも俺はまだ10年しか生きてないもん!」

ガーミンの言い訳に、ミリアが「可愛いんだから」と笑い、ファミリアが「じゃあ、私が混ぜるよ」と引き継ぐ。おじさんが呟く。

《この香り、昔どこかで嗅いだ気がする…誰かに喜ばれてたな。笑顔が浮かぶんだが…》


(おじさん、また懐かしいの?)

《ああ、でもモヤっとしてて分からん。お前らが騒いでるの見てると、なんか楽しいよ》

数時間後、3種のハーブ石鹸が木枠に流し込まれた。3日後、ファミリアが厨房に駆けつけると、乾燥炉から取り出した石鹸が並んでいた。ミントは鮮やかな緑で泡立ちが良く、ラベンダーは薄紫でふわっとした泡、カモミールは柔らかな黄緑でしっとりした感触。

「できた!見て、マルス!全部違うよ!」

「おお、お嬢様、こりゃ傑作だぜ。香りだけでこんなに変わるのか!」

騒ぎを聞きつけてミリアがやってきて、一つずつ手に取った。

「まぁ、なんて素敵なの!ミントは除菌で手洗いにぴったりね。ラベンダーは虫よけで夏に持ってこいだし、カモミールは潤うからお風呂で使いたいわ!」

目を輝かせて大喜びするミリアに、ファミリアが笑う。

「お母様がそんなに喜んでくれるなら、作ったかいがあったよ。」


《お前らの笑顔見てると、昔の誰かを思い出すな…いい気分だよ》

おじさんの声に温かみが混じる。

マルスが「お前はこれから薬草採取係だな、ガーミン!」と笑い、ガーミンが「そりゃないよ、親方…」と薬草採取の苦労を思い出して途方に暮れた。

騒ぎが大きくなった頃、領主のオリバーが厨房に顔を覗かせた。

「また妙な匂いがするな。騒がしくて何よりだが、何だ、この香りは?」

ファミリアが3つの石鹸を見せると、オリバーが口髭を撫でて笑う。


「ほう、面白いな。蒸留器まで使ったのか。だが、カルト神聖国に知られると厄介だぞ。家で楽しむ分にはいいが、気をつけろ」

少し声を潜めて言うオリバーに、ファミリアが「分かったわ、お父様」とうなずく。

おじさんが呟く。

《昔、誰かに隠れて何か作った覚えが…まぁいいか》

ファミリアは3つの石鹸を手に持つ。ミントの爽やかさ、ラベンダーの落ち着き、カモミールの優しさが、彼女の心を満たした。


(もっと色々作りたいな。おじさん、またアイデアちょうだいね)

《おう、魔法学園で勉強すれば、もっとすごいことができるぜ、知らんけど。》

おじさんの言葉に、ファミリアの目が少し遠くを見た。反抗期のおてんば娘の好奇心は、まだまだ尽きそうになかった。

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