表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

6 行商人と石鹸


ファミリアが食堂の席を立ってからしばらく経ち、満腹感と眠気が彼女を包んでいた。トモトの昼食の余韻がまだ舌に残り、おじさんの「ピザ」提案が頭の片隅でチラつく。部屋に戻り、ベッドに腰掛けて少し目を閉じようとしたその時、遠くから馬車の(きし)む音と賑やかな声が聞こえてきた。


《おい、ファミリア。外が騒がしいな。何か来てるのか?》

おじさんの声が頭の中で響く。昼食で満足したはずなのに、好奇心は衰えていないらしい。


(そうね、ちょっと見てくるわ。)

ファミリアは眠気を振り払い、窓辺に近づいた。カーテンを開けると、屋敷の門前に一台の馬車が停まり、色とりどりの布や荷物が山積みにされているのが見えた。馬車の横では、派手な緑の外套(がいとう)を羽織った男が使用人に何か大声で話している。


「あら、ユースケが来たみたいね。」

ファミリアが呟くと、おじさんが即座に反応した。


《ユースケ?誰だそいつ?》


(行商人よ。侯爵家に定期的に商売しに来るの。珍しい物や面白い話をいつも持ってくるから、私も楽しみにしているのよ。)


ファミリアは急いで部屋を出て、玄関ホールへと向かった。階段を下りると、すでにオリバーとミリアがホールに集まり、使用人が馬車から大きな木箱を二つ運び入れているところだった。そこに、ユースケが大きな身振りで現れた。


「おお、旦那様!奥様!お元気そうで何よりですな!そしてお嬢様、病気になったと聞いて心配してましたが、お元気そうで!」

ユースケは陽気に笑いながら、帽子を脱いで一礼する。30代半ばくらいの男で、日に焼けた顔に鋭い目つき、口元にはいつも笑みが浮かんでいる。緑の外套の下には旅塵(りょじん)にまみれた服が覗き、腰には小さな革袋がぶら下がっている。


「ユースケか。相変わらず騒がしいな。今回は何を仕入れてきたんだ?」

オリバーが赤い口髭を撫でながら、興味津々に尋ねる。

「ほうほう、旦那様、まずはこれですよ!シャボンの実、木箱2箱分たっぷり仕入れてきましたぜ!南の湿地から採れた新鮮なやつで、貴族の屋敷じゃ欠かせない品でしょう?」


ユースケが使用人に木箱を開けさせ、中から丸い黄緑色の実を手に取って見せる。シャボンの実は貴族の間で一般的な洗剤で、擦ると泡立ち、洗濯や掃除に大量に使われる。侯爵家でも毎月のように買い込んでいる馴染みの品だ。


「シャボンの実か。いつも大量に使うから助かるよ。二箱ならしばらく持つな。」

オリバーが満足げに頷く。


「へへ、旦那様の期待に応えるのが俺の仕事ですぜ。けど、今回はそれだけじゃねぇんです。こいつを見てくださいよ!」

ユースケが革袋から小さな塊を取り出した。手のひらに収まるほどの大きさで、緑がかった茶色の素朴な外見をしている。表面は少しざらつき、ほのかにオリーブのような香りが漂う。


「何だ、それは?」

オリバーが目を丸くして身を乗り出す。


「これはな、西方のカルト神聖国で作られた『石鹸』って品ですぜ!シャボンの実みたいに泡立つけど、こっちは少量でたっぷり泡立ち、汚れがスルッと落ちる!しかも持ち運びが楽で、長旅でも使える優れもんです。向こうじゃ最近発明されたばっかりで、俺が苦労して10個手に入れてきましたよ!」

ユースケが得意げに説明すると、ホールに驚きの声が上がった。


「石鹸…?初めて見るわ。シャボンの実とどう違うの?」

ファミリアが近づいて石鹸を手に取る。硬くて軽く、素朴な見た目だが触ると少し油っぽい感触だ。


「お嬢様、シャボンの実は大量に使わねぇと泡が足りねぇけど、こいつはこれだけで十分!見ててくださいよ。」

ユースケは水差しから水を少し手に取り、石鹸を擦ると、あっという間に白い泡がモコモコと膨らんだ。


《おお、マジか!石鹸だ!俺、前の世界で見たことあるぞ。いや、作ったこともあるかも…?》

おじさんが興奮気味に言う。記憶が曖昧な中でも、石鹸には何か反応があるらしい。


(作ったことある?おじさん、どういうこと?)

《いや、なんか覚えてる気がするだけだ。油とアルカリを混ぜて…って感じだったかな?!》

「まぁ、すごいわね!こんなに泡立つなんて、シャボンの実よりずっと便利そう。見た目は素朴だけど、香りもいいし。」

ミリアが目を輝かせて言う。


「うむ、これは面白いな。さすがはカルト神聖国だ。いつも面白い物を発明する国だな。あの秘密主義の国からよく仕入れることができたな。」

オリバーが感心したように頷く。


「へへ、商人の伝手ってやつですぜ。旦那様、これを侯爵家で買い取ってもらえりゃ、俺も鼻が高い。10個しかないんで、全部どうです?」

ユースケがニヤリと笑う。


「10個か。よし、全部買い取ろう。ファミリア、お前も魔法学園に持ってくと便利かもしれんな。」

オリバーが豪快に笑いながら決断する。


「本当?ありがとう、お父様!これなら学園でも使えそうね。」

ファミリアが笑顔で言うと、ユースケが手を叩いて喜んだ。


「おお、さすが旦那様!お嬢様、石鹸があれば学園でも清潔に過ごせますぜ。俺もいい商売になったなぁ。」


《なぁ、ファミリア。石鹸ってすげぇな。この世界じゃ珍しいみたいだし、お前も作ってみねぇか?俺、作り方…うっすら覚えてる気がするぞ。》


(作る?私にできるかしら。でも面白そうね。おじさんが覚えてるなら、教えてもらおうかな。)


「ユースケ、他にも何か面白いものある?」

ファミリアが尋ねると、ユースケは荷物を漁り始めた。


「お嬢様にはこれだ!魔法学園にぴったりな魔力石のペンダント!魔力を少し溜めとける便利な品ですよ。それと、南の港町で聞いた話なんですが、トモトとチーズを薄いパン生地に載せて焼く『ピザ』って料理があってさ。昼飯のトモトの話聞いて、思い出しましたぜ。」

「ピザ!それ、おじさんが言ってた料理だわ。マルスに作ってもらおうと思ってたの。」

ファミリアが目を輝かせると、厨房の方からマルスが顔を出した。ユースケの声が聞こえたのか、様子を見に来たらしい。


「おや、ユースケか。騒がしいと思ったら何か珍しいもん持ってきたな。シャボンの実が二箱に石鹸ってのは何だ?」

マルスが穏やかに言う。


「マルスさん!これが石鹸ですぜ。シャボンの実より泡立って便利な品でさ。お嬢様が採ったトモトの話も聞きましたよ。ピザって料理も面白そうですな。」

ユースケが石鹸を手に持って見せる。


「ふむ、石鹸か。シャボンの実より使いやすそうだな。ピザってのは薄い生地にトモトとチーズを載せるんだろ?厨房で試してみてもいいかもしれねぇな。」

マルスが少し考え込むように頷く。


「マルス、ピザ作ってくれるなら楽しみだわ。石鹸もすごいし、ユースケ、ありがとうね。」

ファミリアが笑顔で言うと、ユースケが帽子を振って応じた。


「お嬢様に喜んでもらえりゃ俺も嬉しいぜ。マルスさん、ピザができたら俺も味見しに来ますからな!」

「商売はどうするんだ?」

オリバーが呆れたように言うと、ユースケは肩をすくめて笑った。


「旦那様、商売はいつでもできますが、石鹸とピザは今が旬ですよ!」

ホールはユースケの陽気な声で一層(にぎ)やかになり、新たな品とアイデアが侯爵家に持ち込まれた一日だった。

この世界の石鹸は原始的な石鹸で、アレッポ石鹸のような素朴なやつです。白い現代の精製石鹸とは違います。カルト神聖国が新たに発明したもので専売制を狙っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ