5 トモト料理
ファミリアがショーンと別れ、屋敷へと駆け戻ってから小一時間ほどが経っていた。トモトを収穫した興奮がまだ冷めやらぬまま、彼女は自室で汗を拭い、汚れたワンピースを着替えた。窓の外では中春の陽光が庭を照らし、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。昼食の時間はもうすぐだ。
《おい、ファミリア。あのトモト、ちゃんと厨房に届いたかな?昼飯に何か美味いもん出てきたら嬉しいんだけどさ。》
おじさんの声が頭の中で響く。朝食を寝過ごした彼にとって、昼食は今日最初の楽しみらしい。軽いノリで期待を込めてくる。
(ショーンおじさんが届けてくれるって言ってたから、きっと厨房に着いてるわ。私が採ったトモト、美味しく調理されるといいけど。)
ファミリアは少し得意げに答える。自分で収穫した実が食卓に並ぶなんて、ちょっとした誇らしい気持ちだ。
《トマト…ってか、トモトか。生で食うのもいいけど、焼いたり煮たりすると味が変わるんだ。厨房長なら何か美味いもん作ってくれそうだ。》おじさんが軽く笑いながら言う。
記憶が曖昧でも、食べ物への興味はしっかり残ってるようだ。
コンコンと扉がノックされ、執事長の落ち着いた声が聞こえてきた。
「お嬢様、昼餉のお時間です。食堂にお越しください。」
「分かったわ、すぐ行く!」
ファミリアは軽快に返事し、部屋を出て食堂へと向かった。
食堂に着くと、すでにオリバーとミリアが円卓に座っていた。卓上には白い布が敷かれ、いつもの水差しと小さな花瓶が中央に置かれている。今日は薄紫の野花に加え、黄色い小花が新たに添えられ、春らしい彩りが感じられる。魔力灯が柔らかく灯り、部屋に温かな雰囲気を漂わせている。
「おや、ファミリア。随分と元気そうだな。朝からどこかへ出かけていたのかい?」
オリバーが赤い口髭を撫でながら尋ねる。
「ええ、お父様。庭の畑でショーンおじさんに会って、トモトの収穫を手伝ってきたの。自分で採った実が昼食に出るかもしれないって思うと、ワクワクするわ。」
ファミリアが笑顔で答えると、ミリアが目を丸くして身を乗り出した。
「まぁ、トモトを自分で採ったの?ファミリアったら、本当におてんばねぇ。服が汚れちゃったんじゃない?」
「少し汚れたけど、着替えたから大丈夫よ。お母様、心配しすぎだわ。」
《おてんばってのはその通りだな。畑で虫にビビってたのに、トモトをガッツリ採ってたもんな。》
おじさんが頭の中でからかう。
(うるさいわね。あれはテント虫が急に飛び出してきたから驚いただけよ。)
使用人が静かに料理を運び込んできた。蓋付きの陶器の皿が円卓に並べられ、厨房長マルスが最後の皿を置いて蓋を取る。湯気と共に香ばしい匂いが広がった。メインはトモトの実をくり抜いてチーズを詰めたオーブン焼きだ。赤い実の表面がこんがり焼け、チーズがとろりと溶けて黄金色に輝いている。横には蒸したダンシャク芋と緑野菜のサラダが添えられ、シンプルだが彩り豊かだ。スープは薄いオレンジ色のトモトスープで、ほのかにスパイスの香りが漂う。
「おお、これは美味そうだな!ファミリアが採ったトモトか?」
オリバーが目を輝かせて言う。
「はい、旦那様。お嬢様が採ったトモトを使ってます。ショーンが薦めてきたチーズ焼きを試してみました。お口に合うといいですな。」
マルスが穏やかに答える。30年仕えるベテランらしい落ち着きと、ファミリアへの優しさが声に滲む。
「ええ、見た目からして最高よ、マルス!ショーンおじさんが言ってた通りだわ。」
ファミリアが得意げに答える。
「マルスったら気が利くわね。ファミリアの努力がこうやって食卓に並ぶなんて、素敵だわ。私にも味見させてちょうだい。」
ミリアが優しく微笑み、スプーンを手に取る。
《おお、トマトのチーズ焼きじゃないか。見た目からして美味そうだな。スープまでトモトとは、今日の昼飯は当たりだな。》
おじさんが軽くテンションを上げて言う。美味いものへの反応は早い。ファミリアも内心同意する。自分で採ったトモトがこんな美味しそうな料理になるなんて、想像以上だ。
ファミリアがフォークでチーズ焼きを切り分けると、トモトの果肉がジューシーにはじけ、チーズが糸を引く。一口食べると、トモトの甘酸っぱさとチーズの濃厚さが口の中で混ざり合い、焼けた香ばしさが後を引く。熱々の実が舌を少し火傷させそうになるが、それがまた美味しい。
「うん、最高だわ!ショーンおじさんが言ってた通り、焼くと酸味が和らいで旨味あふれてくる。」
ファミリアが思わず声に出す。
「本当、トモトってこんなに美味しかったかしら?いつもサラダでしか食べないから、新鮮だわ。」
ミリアが目を細めて頷く。
「うむ、マルスの腕もいいが、ファミリアが採ったトモトが新鮮だからだな。自分で採ったものを食うのは格別だろう?」
オリバーが豪快に笑いながら、チーズ焼きを頬張る。
「新鮮なトモトのおかげですな。ショーンが持ってきた時は立派な実で驚きましたよ。」マルスが控えめに笑いながら言う。
《いやこれ、トマト料理としてかなりいい線いってるぞ。チーズの塩気がトモトの甘さとバッチリ合ってるし。スープも早く食わせてくれよ、な!》
おじさんが軽く煽ってくる。冗談っぽいノリでせっついてくる。
ファミリアはスープを一口すする。トモトの優しい甘さにスパイスのピリッとした刺激が加わり、喉を温かく滑り落ちる。朝のコフキイモスープとはまた違う、濃厚で満足感のある味わいだ。
「お父様、お母様もスープ飲んでみて。トモトがこんなにスープに合うなんて知らなかったわ。」
ファミリアが勧める。
「どれどれ…おお、これはいいな!少しスパイスが効いてて、食欲をそそる。マルス、隠し味でも入れたか?」
オリバーがスプーンを手に満足げに言う。
「少し胡椒を足しただけですぜ。トモトの味を引き立てるくらいがちょうどいいんでね。」マルスが穏やかに答える。
「本当に美味しいわね。ファミリアが採ったトモトのおかげかしら?」
ミリアが微笑みながらスープを味わう。
「奥様、お嬢様のトモトが新鮮だったからですよ。俺は焼いたり煮たりしただけです。」
マルスがファミリアに目を向けて優しく笑う。孫を可愛がるような温かさが感じられた。
食事が進むにつれ、円卓はいつもの賑やかさを取り戻していた。オリバーが「このトモト、領地の特産にしてもいいな」と冗談を言い、ミリアが「開拓地にトモト畑を作る?」と笑いながら返す。マルスは「そしたら厨房が忙しくなりますな」と小さく笑って応じ、家族の輪にそっと寄り添っていた。
ファミリアは黙々と食べつつ、内心でマルスに感謝していた。自分で採ったトモトが家族の笑顔に繋がるなんて、ちょっとした達成感だ。
《なぁ、ファミリア。トモトまだ余ってるなら、明日ピザってのを作ってもらえねぇか?薄いパン生地にチーズとトモトを載せて焼いたような料理なんだが。》おじさんが軽いノリで提案する。
(ピザ?でもチーズとトモトなら美味しそうね。)
食事が終わり、使用人が皿を下げていく。マルスが「厨房に戻りますんで、お嬢様、また何か採ってきたら教えてくださいな」と言い残して去っていった。
ファミリアは満腹感と満足感で少し眠くなってきたが、おじさんの「ピザ」への好奇心が頭をよぎる。厨房に交渉に行くか、それとも昼寝するか。少し迷いながら、彼女は席を立った。