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2 あたまの中のおじさん

「で、あなた誰?」

ファミリアが少し苛立(いらだ)ちを込めて尋ねる。


《俺は…誰だ?分からない。》


「さっきからそればっかり。とぼけてるの?」


《いや、本当に分からないんだ。自分のことを思い出そうとすると、霧がかかったみたいに何も見えなくなる。》


「まぁ、今は誰もいないし、話を整理しましょうか。」

ファミリアは自室を見回し、誰もいないことを確認して話し始めた。


老医師の水薬で喉の腫れが引いて声が出るようになり、父や母に揉みくちゃにされた後、使用人たちが見舞いに来てくれた。ようやく一段落し、束の間の静寂(せいじゃく)が訪れたところだ。


「私はファミリア。そして名無しのあなた…分かりにくいから『おじさん』でいいわね。おじさんっぽい声だし。」


《おじさん、か。まぁ、たぶん若くはないし女でもないから、それでいいよ、ファミリア。》


「で、私は10日ほど熱病で寝込んで、生死の淵を彷徨(さまよ)ってたの。魔力の放出が始まって、もうダメかと思った時に魂の秘術を受けて、さっき意識を取り戻したところ。」


《おいおい、魔力?魂の秘術?何だそれ、さっぱり分からん。》


「たぶん魂の秘術で、おじさんの魂が私の中に入ったんだと思う。異界(いかい)から魂を呼び寄せて回復させるらしいけど、詳しくは私も知らないの。」

ファミリアは混乱するおじさんを無視して説明を続ける。


《全然分からんけど、この状況だと俺の魂がファミリアの中にいるってことか。不思議なもんで、体は動かせないのに視界はハッキリしてる。ただ、見たい方向を見られないんだよな。》


「魔力を知らないってことは平民かしら?貴族は強い魔力を持ってるの。平民でも少しは魔力があるけど、あなたはどこの集落出身なの?」


《魔力が一般的なのかよ。俺の知ってる限りじゃ、魔力や魔術なんて作り話の世界だけだ。魂の秘術で別の時空に飛ばされたんじゃないか、知らんけど。》


「魔力がない国の話なんて聞いたことないわ。頭の中で声がするなんて話も初耳だし。」


《俺が見てる視界はファミリアの視界ってわけだな。さっき不味い薬飲まされてビックリしたから、味覚もある。ちょっと腕をつねってみてくれ。》


「こんな感じ?」

ファミリアが右手で左腕をつねる。


《おお、触覚はないんだな。五感の中で触覚だけ欠けてる。なんでかは分からんけど。》


「五感って何?」


《知らないのか?視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の5つを五感って言うんだ。認知の基本だよ。》


「魔力は感知できないの?」


《魔力は俺の知る限り存在しない…ん?なんか近づいてくるな。》


「それが魔力感知よ。お父様の魔力が近づいてきてる。」


《おお、不思議だな。MRIに入ってるみたいだ。アナログテレビがついた時のキーンって感じ。》


「何!?本当に何言ってるか分からない!」


ファミリアがおじさんと口論していると、父が部屋に入ってきた。


「ファミリア、何か言ってるのかい?」

入室してからコンコンとドアをノックする父。


「はい、お父様。まだ喉の調子が悪いみたいで、言葉の練習をしてたの。」

ファミリアが澄ました顔で答える。


《やっぱり俺の声は他人には聞こえないんだな。この人は誰だ?》


(これが私のお父様、オリバー・フォン・ウェルドよ。ミグ王国の東方辺境伯(へんきょうはく)でウェルド領の領主。私には優しい父なの。)


《ほぉ、ナイスガイだな。赤い髪を短く刈り上げて、口髭を生やしたガタイのいい男だ。体毛も赤いし、目も赤い。不思議なもんだ。》


(誰に向けて説明してるの?)


《いや、一応な。》


「ファミリア、熱病で10日も寝込んでたんだ。栄養も取れず、水魔法で水分だけ補給してたけど、痩せ細ってしまって…かわいそうに。」

父がメソメソと泣き始める。


《この親父、さっきも泣いてたし、見た目に似合わず泣き虫だな。》


「そう言われると体が軽い気がするわ。鏡を見てみようかしら。」


ファミリアがゆっくりベッドから降りる。

足首にズシリと体重がかかる。寝込んでから初めて立つので、全身の重みが足に乗り、フラッと倒れそうになる。


「ファミリア、無理しなくていい。ゆっくり歩こう。」

オリバーが優しく支える。


ゆっくり歩き、鏡の前に立つ。そこに映るのは、赤みがかった金髪の少女。意志の強そうなキリッとした眉、パッチリした優しい目、細く通った鼻筋、丸く紅い頬、小さく整った唇。バランスの取れた美少女だ。身長は160cmほどで、14歳くらいに見える。ゆったりしたワンピース風の室内着越しに、スラリとした体型が分かる。少しほっそりしているが、痩せすぎではない。


「相当痩せちゃったわ…」

ファミリアが絶句する。


《いやいや、どこがだよ。今がちょうどいいだろ。前に太ってたんじゃないか?》


「医師によると、熱病と秘術で20kgは痩せたらしい。辛い思いをさせてしまったね。」


オリバーが涙ながらに言う。


《20kg!前は肥満だったんだな。ダイエットできて良かったじゃん、ファミリア。》


「だいぶやつれたけど、今の方がスッキリしてるわ。」


「ところでファミリア、何か変わったことはないか?体調がおかしいとか、いつもと違う感じがするとか…?」


「え、そう言われると体が軽いくらいで、他は特に何もないわ。お父様、泣きながら深刻そうな顔されると不安になるんだけど?」


「いや、何も変わらないならいいんだ。秘術師が『緑の魂がファミリアの魂と融合した』みたいなことを言ってて気になってな。善良なる緑の魂って何なのか、聞く前に南領に帰ってしまったんだ。」


《オリバーがめっちゃ大事そうなこと言ってるぞ、今。》


「お父様、今のところ何もないから安心して。何かあったらすぐ伝えるわ。」


「そうか、安心した。私は執務を抜け出してきたから、そろそろ戻るよ。無理するなよ。」

父がウインクして部屋を出ていく。


《重要そうなキーワードがあったのに、ファミリアが会話を強制終了させた件について。》


「気持ち悪い言い回しね…それに、頭の中でおじさんの声が聞こえるなんて誰にも言えないわ。気持ち悪がられるか、変な研究材料にされるに決まってる。」


《俺にとっちゃこの状況が謎すぎて、少しでもヒントが欲しいんだよ。視界はファミリア経由じゃないと得られないし、魔力も知らないし、俺が誰かも分からないし…。》


「私だって謎よ。でも緑の魂ってのがおじさんの正体じゃないかしら?なんにせよ、秘術師が一番詳しそうね。」


《ん、またブラウン管テレビが作動したぞ。誰か来るんじゃないか?》


(そのブラウン管テレビって何?この小さな魔力は使用人よ。人間には特有の魔力があって、近づいてくるのが誰か分かるものなの。)


《Z世代はブラウン管分からないか。昔のテレビの方式で、電源が入るとキーンって高周波の音がするんだ。俺くらいになると、別の部屋にいてもテレビがついたか分かるぜ!》


(ごめんなさい、全然分からない。そのテレビってのも知らないわ。)


《テレビもないのか、この世界。たまげたなぁ。》


コンコンコンとノックが響き、「お嬢様、着替えをお持ちしました」と女性の声が扉越しに聞こえる。


「入りなさい。」

ファミリアが凛とした声で許可する。


扉が開き、女性使用人2人がタライを載せた押し車を押して入ってくる。

「お嬢様のご回復、心から嬉しく思います。まず、おむつを替えましょう。」

2人がお辞儀する。


「おむつ…?」

ファミリアの頭にハテナが浮かぶ。


「はい、熱病で倒れてから、私どもが定時でおむつを替えておりました。」

ファミリアがドレスの胸元を開き、下を覗く。そこにはパンツの代わりに、存在感のある布おむつが。

カァッと顔が赤くなる。


《昏睡状態だったんだろ?尿管入れるかおむつ履かせるしかないよ。恥ずかしがることじゃないだろ。》


「おむつなんて赤ちゃんのものだと思ってたわ。迷惑かけたわね。」

バツが悪そうに、それでも毅然(きぜん)とした態度を崩さないファミリア。


《そういえば、この世界じゃ尿道カテーテルって分からないか。自力でトイレに行けない患者に使う道具で、尿をパックに溜めておける便利なもんなんだよ。》


恥ずかしそうに両手で顔を覆いながら着替えを受けるファミリアを気遣うのか気遣わないのか、おじさんの謎の知識語りが始まった。




【貴族の階級】

大公>公爵>侯爵(辺境伯)>伯爵(地方領主)>子爵(副官)>男爵(豪族)>騎士

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