19 円卓会議
オリバー・フォン・ウェルドと魔獣対策隊長フミヤーンは緊急会議に参加するために王都サブマージの王宮へ参内している。緊急会議が始まる前に国王イルミナイト3世と思いがけず遭遇し、世間話をしていたが会議が始まることを宰相のボイラー卿より伝えられ応接の間へ向かうのであった。
オリバーとフミヤーンが応接の間へ向かうと、ガランとした豪奢な空間に臨時で重厚な円卓が据え付けられていた。応接の間は普段、国王が臣下や諸外国の要人と謁見するための空間であるが、今回は臨時の会議室のような様相になっている。
室内に入ると王宮役人がオリバーを円卓に案内する。円卓には各国務大臣と主要領主が勢ぞろいしていた。オリバーとフミヤーンが席に座ると、宰相が「招集した全員が揃われたので、緊急会議を開始いたします」と告げる。
「この度の会議は陛下も隣席なさる。皆様方、ご起立を願います」という号令とともに、席に座っていた全員が立ち上がり入口のほうに正対した。
扉が開くと、真紅のマントを纏った大男が堂々と入ってきた。橙色の髪と豊かなアゴ髭を蓄えた、いかにも頑丈そうな国王イルミナイト3世である。
皆が片膝立ちになり、右腕を胸に当てる臣下の礼をする。
「皆の者、この度の参内、ご苦労であった。楽にしてよい!」と野太い声で国王が告げると、一斉に臣下の礼を解いて着席する。国王が円卓の後方にある玉座に座り、会議が始まった。
「この度の緊急招集は、同時多発的に東部辺境伯領を魔獣が襲ったことである。幸いにしてウェルド公爵により討伐に成功したが、多大なる犠牲が出ている。また、北方伯領にも魔獣の襲撃があった。北方伯は魔獣対応の為に今回は欠席しておる。」と宰相が告げる。
「東部辺境と北方伯領を魔獣が襲撃した事態は異例であり、今回は皆を招集したのである。」と国王が補足をした。
場が静まり返ったときに一人の男が手を上げた。
「発言よろしいか?」との問いに宰相が頷いた。
「魔獣が襲来したのはいつものことではなかろうか。我がイーロン領にも数年に一度は魔獣が発生しておりそれは他領も同じであろう?なぜ緊急会議になるのかわかりませぬな…」とイーロン伯爵の発言を聞き財務大臣が小さく頷き、防衛副大臣と視線を交わす。オリバーはその様子に違和感を覚えたが、会議が続く。
「イーロン伯爵の疑問は最もである。魔獣が発生するのは自然の摂理、不思議ではないが、同時に襲来したことは前例がない。アーク帝国が今回の事件に関与している可能性が高いのだ」と宰相が答える。
アーク帝国の名前が出たとたんに円卓のざわめきが大きくなる。
「アーク帝国だと!」
「最近の帝国の動きは怪しいが…」
「帝国は軍備を強化しておるという噂が」
「しかし、証拠はあるのか」
会議に参加しているそれぞれが小声で話しだした。
「帝国が関与しているという証拠はあるのですかな!」とひときわ大きな声で財務大臣が発言をした。全員の視線が財務大臣に集まる。
「皆の者、状況については当事者のウェルド卿から報告をしてもらう。」と更に大きな声で国王が告げた。円卓の視線がオリバーに集まる。いきなりのパスに困惑しつつもオリバーは状況を説明する。
「当領の帝国に面した村にアクアウルフ2頭とヒイログマが同時に襲来しました。それぞれの魔獣の首から双頭鷲の紋章が刻まれた金属片が出てきております。ご存じの通り帝国の魔法研究施設“魔法宮”の紋章です。また、魔獣除けの祠は火の秘薬で爆破されておりました。」
「ウェルド卿の持ってきた例の金属片は現在、魔法学園に調査してもらっている。通常は魔獣が結界内に入ってくることはありえない、魔獣が出没しても結界内に入らない限り民間人の被害はない。しかし今回は結界が破壊されていたため、ウェルド領では村に魔獣が出現し多大な被害がでている。」と宰相が補足した。
「ウェルド卿、今回の魔獣騒動でどのくらいの被害がでたのか?」と国王が問う。
「は、今回は二つの村で50名近い村人が犠牲になり、魔獣対も1コ小隊が壊滅、小隊長も殉職しております…」
全員が息をのむ音が聞こえてきた。各領で魔獣は出現しているが、魔獣除けの結界が普及している現代において人口密集地で魔獣による被害が出ることはない。過去10年でも最も被害の大きな事件と言えるだろう。
「この度の事件は故意に結界を破壊し、魔獣を村に襲撃させたテロ事件であると推定している」と国王が断言した。
「しかしながら陛下、魔獣を操る術など聞いたことがありませぬぞ。仮に魔獣を操れたところで、帝国が我が国にテロなど仕掛けるとは思えませぬ!」と財務大臣のイスカリオテが反論した。
「帝国のような大国が、嫌がらせをミグ王国に仕掛けてくるでしょうか?我が国は帝国が主たる貿易相手国でありますぞ。帝国としても我が国と敵対するメリットがありませんな。」
会場が静寂に包まれる。
「イスカリオテ卿の意見に賛同いたしますぞ。」と防衛副大臣のブルータスが発言した。
「アーク帝国は隣国であり、民間人も多く交易をしております。友好国ではありませんが、急にテロを起こすとは思えませぬ。今回はたまたま魔獣が村を襲ったのでしょう。結界が破損しているにも気付かず村が魔獣に襲われたことを帝国のせいだと思い込んでいるのでしょう」とブルータスが嘲笑してオリバーをチラリと見た。
「悲劇があると誰かのせいにしたい気持ちは分かりますぞ。ウェルド領は帝国と接しておりますから、魔獣騒動もアーク帝国のせいにすれば都合が良いですからな!」と財務大臣イスカリオテがオリバーを睨んだ。
オリバーはあまりの暴論に唖然とした。魔獣騒動に帝国が関与しているのは勘違いだと非難されているようだ。嘲笑しながらこちらを見ている財務大臣と防衛副大臣の顔がすごく遠くに見える。こいつらは何を言っているのだろうか、反論するべきなのか、思考がまとまらない。ガタンッと立ち上がる音が聞こえてきた。
隣に控えている魔獣対長のフミヤーンは急に立ち上がると、剣の鍔に手をかけた。対岸の席に座るイスカリオテとブルータスを鋭い目つきで睨んでいる。
激高して今にも剣を抜こうとしているフミヤーンを見て、オリバーは急に我に返った。「座れ、フミヤーン!」と声を出して、剣の鍔を押さえた。
フミヤーンは主の声を聞いて、ハッとした顔で座った。「申し訳ありません閣下…」と反省する。
「おー、怖い怖い。まさか陛下の御前で剣を抜こうとしたのですかな?陛下の前で剣を抜くなぞ大罪、ウェルド卿は部下の躾が不十分なようですな」とイスカリオテが嘲笑した。
オリバーは視界が真っ赤に染まったように怒りが湧いてきた。領地を護るため命を懸けた部下たちの犠牲、村人たちの悲鳴が耳に蘇る。深呼吸して怒りを抑え、隣のフミヤーンが憤怒の表情でこぶしを握るのを見て、さらに気を引き締めた。「私の部下が失礼しました。しかしながら、我が領地を襲った魔獣からは帝国の紋章が出てきました。これを単なる偶然とは言えぬでしょう。魔獣除けの結界も故意に破壊されておりました」と、あくまで冷静を装って反論した。
「結界は破壊されていたのではなく管理不十分で勝手に壊れたのではないですかな?魔獣に襲われたのは辺境の村でしょう、ウェルド卿の管理不足で壊れた可能性もあるでしょう。」
「その通り、帝国が関与したという証拠がありませんな。魔獣から出てきたという紋章もウェルド卿が仕込んだ物という可能性はありませんかな?」
「そうだそうだ!魔獣被害をアーク帝国のせいにして諸侯の同情を集めようとしているのだろう」
オリバーは机の端を握り潰すように力を込めた。部屋の空気が一瞬重くなり、隣の者が息を呑むのが聞こえた。深呼吸して怒りをこらえようとして隣を見ると、フミヤーンが憤怒の表情でこぶしを握りしめている。手からは血が滴っており、爪が手のひらに突き刺さっているようだ。
ドンッと机を槌で叩いたような乾いた音が室内に響いた。
「静粛に!静粛に!陛下の御前であるぞ。私語は慎め!」と宰相が机をガベル(木槌)で叩いた。
再び会場が静寂で包まれる。
「ウェルド卿に非はないぞ」と国王が口を開いた。
「結界が破壊されていた件だが、王宮魔術師を現地に派遣して調査しておる。魔術師長、調査結果を報告せよ」
「は、報告します。ウェルド領の開拓地及びティグウェルド村に設置されていた魔獣除けの結界は爆薬で破壊されておりました。明らかに人為的なものであり、自然に壊れたものではありませんでした。」と白髭の老人が立ち上がり報告した。
「うむ、魔術師長の言った通り、人為的に破壊されたことに間違いはない。イスカリオテ卿、なにか異論はあるか?」と国王がジロリと財務大臣を見る。
「い…いえ。異論はございませぬ」と冷や汗をたらすイスカリオテ
「爆薬を使うのはアーク帝国の常套手段であります。3年前、アーク帝国はパナ共和国の道路を爆破して紛争を起こしており、爆薬による破壊工作はアーク帝国が関与していると考えるのが自然でしょう。」と宰相が淡々と述べた。
「アーク帝国の動向には今後いっそう注意を払う必要があろう。外交官を通して抗議したが、帝国は知らぬ存ぜぬと言っておる。本格的に侵攻してくるとは考えにくいが、魔獣を操作する実験として我が国のウェルド領を試験場にした可能性も考えられる。」
「このような実験が繰り返される可能性も十分にある。よって、帝国と領土を接するウェルド領、南伯領、北方伯領には王軍を派遣することにした。」」国王が皆を見渡しながら述べた。
「王軍だと!」「諸侯の領土に王軍を派遣するのは違法では?」「王都の守りはどうされるおつもりなのか…」「派遣費用は税金で賄われるのですかな?」
と会議場にはざわめきが広がる。なにしろ王軍が諸侯領に派遣される事態は前代未聞であり、諸侯の顔に泥を塗るようなものである。諸侯は自らの力で自治領を守るのが当たり前であり、自領を守れない者は貴族失格とみなされるのだ。
「静粛に、静粛に!」と宰相がガベルを机に叩きつける。
「王軍が貴族領に派遣されることは前例がない。しかし、帝国が魔獣を操るという未曾有の事態である。王軍の一部を諸侯領に派遣して、諸侯軍の傘下で防衛活動にあたる。よいな!」とオリバーと南伯ピーニング卿を見つめた。
「は、陛下の意向に従います。」「我が軍だけでは人手が足りませぬ故、王軍の派遣はありがたい配慮であります。」とオリバーとピーニング卿が返事をした。
「うむ。仔細は事務官を通して伝えることになる。他の諸侯らも魔獣の出現や帝国の関与する事態があれば速やかに王宮へ報告せよ。少しでも情報を集め、急ぎ対策を講じよう。」
「「御意!」」と会議に参加している領主が返事をした。
「この度の緊急会議はこれにて終了する。」と宰相が告げた。
「おっと、イスカリオテ卿とブルータス卿は残れ。貴殿らは帝国から賄賂を受け取っているという良からぬ報告が我が耳に届いておる」と国王が真剣な声で制止した。
「陛下!そのようなことはあり得ませぬ!私は財務大臣ですぞ!」
「何を戯言をおっしゃるのか!私は国のためを思って動いております!」
イスカリオテとブルータスが椅子から立ち上がり抗議をする。
「衛兵、そ奴らを拘束せよ!」と王が無慈悲に告げる。
後ろに控えていた衛兵が財務大臣のイスカリオテと防衛副大臣のブルータスの手首を縄で縛った。
「何の証拠があってこのようなことを!」
「このような横暴が許されるのか!!帝国とは何の関係もない!」
「貴殿らが帝国とつながっていることは諜報部から聞いておる。言い訳は審問の場で聞こう。」と冷たい声で語ると、王はマントを翻して応接の間を出ていった。
「やめろ!私は財務大臣だぞ!縛り上げるなぞ無礼な!!」
「貴様ら、雑兵の分際で私を拘束しようなど100年早い!やめろ!」
衛兵によって両手首を後ろ手に縛り上げられ、引きずられながらイスカリオテとブルータスが怨み言を残していく。
会議に参加した諸侯や高官は哀れみをもった目で連行される二人を冷ややかな目で見ていた。




