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17 身バレ


「あの…実は私の中にはおじさんがいるの…」ファミリアが告白すると、部屋に重い沈黙が落ちた。

何十秒経っただろうか。「は?」という言葉がオリバーから漏れる。

ファミリアは恐る恐る言葉を続ける。「熱病のとき魂の秘術で助けてもらったでしょ? 目が覚めた時から頭の中でおじさんの声がするようになったの。」


オリバーは気が抜けたような顔で何も言わずファミリアを見つめている。

「おじさんは異世界から来た人で、いろんな事を知っていてね。ずっとアドバイスをくれる人なんだ。」


「うむ…それは本当かい?よく心が壊れた人が頭の中で声が聞こえる、と言うらしいのだが」


「私も最初は熱病でおかしくなったのかと思ったけど、石鹸や虫取り線香の作り方を教えてくれたのもおじさんなの。」


「そうか、確かにここ最近のファミリアは誰も思いつかないことを簡単にやっていた。石鹸を見ただけで作れたのは恐ろしい才能だと思っていたが、そんな人がいるのか。だが、盾の魔法を連続で使ったのはどういうわけかな?」


「私の魔法が間に合わなくて、もうダメかと思ったんだけど、おじさんが代わりに盾の魔法を展開してくれたの」


オリバーは驚愕(きょうがく)で目を見開いた。

「頭の中で声が聞こえるのはともかくとして、魔法まで使えるのかい?もしそれが本当なら大変なことだよ。魔法は同時には使えないのが基本なんだ、少なくとも私は見たことがない…」


《あの時は必死だったからな、俺も使えるとは思っていなかった。今やってみるか?》


「おじさんが今やってみるか?って言ってるよ」


「うむ…やってみてくれ」


《スクートゥム!》


ボワンと蜃気楼のようにモヤモヤとした蜃気楼の盾がファミリアの前に展開された。それを見て続けてファミリアが盾の魔法を背後に展開させる。

体の前後を挟むように盾魔法が発動し、オリバーはガックリとその場に座り込んだ。


「ファミリア、これは誰にも言わないほうがいい。これは神の御業に等しいことだよ…」


《そんなに大げさなことなのか?》

(さぁ?どうなんだろ?)


「魔法を矢継ぎ早に発動できる達人は確かに存在している、宮廷魔法使いにもいるだろう。でも今の盾魔法は発動の兆候が全く分からなかった、こんなものは見たことも聞いたこともない。それに魔法を使うためには絶対に詠唱しないといけないんだ、どんな小声であっても無言で発動することは出来ないんだよ。」


《おお、そうか。周囲には俺の声が聞こえないから無詠唱魔法(むえいしょうまほう)になるってことか》

「おじさんの声は私にしか聞こえないから無詠唱魔法になるってことね。そう考えるとすごいかも…私にはばっちり聞こえているんだけどね」


「今のを見ただけでいろんな疑問がわいてくるよ。人の魔力には特有の性質があるんだ。ファミリアの中におじさんがいるということだけど、私にはおじさんの魔力は感知できない。ファミリアの魔力だけしかわからない。おじさんが使った魔力はどこから出てきているんだい?なぜ声を出さずに魔法を発現できるんだ?」


《そんなのは俺が聞きたいよ》

「そんなのは俺が聞きたいって言ってるよ」


「まぁそうか。おじさんの声はファミリア以外には聞こえないのか?ぜひおじさんと話してみたい」


《それができりゃ良いけどな。》

「できそうもないってよ。」


「うーむ、おじさんというのはどこで何をしていた人なんだい?」


《日本で会社員とかやっていたんだけど、細かいことは全く思い出せん。年齢もわからんし、家族のことも思い出せん。軍隊のことも知ってるんだよな、なんでかわからん…》


「二ホンのいう国の平民なんだって。自分のことは思い出せないらしいよ、石鹸作りとか虫取り線香とか、たまに思い出して教えてくれるんだけど…」


「二ホン、聞いたことがないな。おじさんと直接話してみたかったのだがしょうがない。いずれにせよ、おじさんが宿ったのは魂の秘術で間違いなさそうだ。秘術師が一番詳しいだろうな、それとなく探っておこう。」


「ありがとう、お父様」


「あと、おじさんのことは誰にも言うんじゃないぞ。魔法を同時に使うのも緊急時以外はやめなさい。特にカルト神聖国に知られたら拉致されるかもしれないからね、私とお前だけの秘密だ」

ファミリアはほっとした笑顔を見せた。「ありがとう、お父様…。」



***


数日後、領主邸のミリアの寝室は静かな緊張に包まれていた。ミリアは体調不良でベッドに横たわり、顔は青白くやつれていた。食事はもちろん、水分を()っても吐いてしまう状態で、日に日に体力が落ちていく。


ファミリアが部屋に入ると、ミリアの弱った姿に胸が締め付けられる。「お母様…どうしてこんなに…。」


侍女が心配そうに報告する。「このままでは体力が持ちません…。薬草も効かず、水分も受け付けないのです。」


ミリアは力なく微笑み、「ファミリア…心配かけて、ごめんね…。」と呟くが、声は掠れている。


《ファミリア、これはたぶん悪阻だと思う。正確なことは言えんが妊娠によるものじゃないか?》


「お医者様はまだ来ないの?」


「お嬢様、医師のボールド様はティグウェルド村に派遣されて治療活動を行っております。数週間は戻らないでしょう。代わりに産婆を呼び寄せております。なにかしらの知恵を貸してくれるでしょう。」横に控えた執事長のアッサーノが答えた。


「これは妊娠によるもので間違いないの?」

「恐らくそうでしょう。私の妻も同じようになったことがあります、市井では懐妊病と呼ばれているそうです。」

「お父様がいないこんな時に…早く帰ってこないかな。」


「旦那様は王都に魔獣襲来の件で報告に行っておりますから、少なくとも数日はかかるでしょうな。」


(おじさん、懐妊病に効く薬とかないの?)


《わからん。こういうときは地道に対症療法をするしかないと思うぞ。経口補水液で水分と栄養を少しでも補給させたらいいのではないか?》


(経口補水液?なにそれ?)

《水分不足を解決するための飲み物だな、まずはそれを試してみよう。》


(それって特別な材料がなくてもつくれる?)

《あぁ、塩と砂糖と水があれば作れるはずだ。作り方も難しくない。》



「あの、お嬢様?どうされましたか?」

思案顔になってブツブツを呟いているファミリアを見てアッサーノが不安そうに声をかける。


「アッサーノ、少し試してみたいことがあるの。産婆さんが来る前にちょっとやってみるわ。」


「ファミリア…なにかいい案があるの?お水を飲んでもすぐ吐いてしまって、辛いの。このまま赤ちゃんに何かあったらどうしよう…」と母ミリアがファミリアの顔を見てシクシクと泣き始めた。

「お母様、大丈夫よ。ちょっと厨房にいってくる」と母の手を強く握って厨房へと向かう。



ファミリアがバタンと厨房の扉を開けると、夕飯の仕込みをしている最中であった。


「おや、お嬢様どうなされた?」厨房長のマルスが近寄ってきた。

「マルス、塩と砂糖をちょうだい。お母さまの為に経口補水液を作るわ。」


「あぁ、ミリア様の為に何かいいアイデアがあるんですかい?我々も困ってたところでしてな。おい、ガーミン!仕込みは後だ。お嬢様がなんちゃら水を作るから手伝ってやれ」


厨房の奥でトモトの実を鍋で煮込んでいたガーミンが手を留めてやってきた。

「お嬢様、また何か変なことやるの?」


「経口補水液を作るわ。お母さまの為に飲み物を作るのよ、塩と砂糖を清潔な水をもってきてちょうだい」

「塩と砂糖と水? それってただの水と何が違うの?」とガーミンが尋ねる。


「おい、ガーミン!お嬢様に口答えするな。何かしらのお考えがあるんだ。つべこべ言わず持ってきてやれ!」とマルスが一喝(いっかつ)する。


(ねえ、おじさん…水と経口補水液って何が違うの?)


《いい質問だな、ファミリア。普通の水だけだと、吐き気で体が弱ってると吸収が難しいんだ。体の中には『電解質』っていう塩みたいな成分が必要で、それが足りないと水分がうまく吸収されない。経口補水液は塩と砂糖を混ぜることで、体の吸収力を高めるんだ。塩が電解質を補い、砂糖がエネルギーを与えて、腸で水分を効率よく吸収する仕組みになってる。俺の世界じゃ、脱水症状の時に医者も勧めるくらい効果的な飲み物だ。》


(何言ってるか全然わからないんだけど)


《水よりも体に吸収されやすい飲み物だってことだ。OS-1だよ。》

(オーエスワン…)


「お嬢様、何するかわからないけど持ってきたよ。ほら」とガーミンがいくつかの壺を机の上に置いた。中には白い粒と黒い塊があった、塩と砂糖だろう。


《あ、この世界は上白糖が無いのか。精製された砂糖じゃなくて大丈夫かな…まぁいいか》


(おじさん、どうすればいいの?)


《水1Lに対して塩3g、砂糖が40gだ。その砂糖は固まっているから溶けやすいように潰すんだぞ》

「ガーミン、砂糖の塊を潰して40g用意してちょうだい」


「へいへい、お嬢様。ちょっと待ってて」とガーミンがすり鉢を出して黒塊となっている砂糖をすりつぶし始めた。


5分ほどでサラサラな粉となった砂糖を塩と水で混ぜ合わせる。ほんのりと茶色い水が完成した。

(おじさん、これで終わり?)

《そうだ、飲んでみればいい。たぶんこれでいいはずだ》

完成した液体をガーミンと二人でコップに入れて飲んでみる。


二人は無言で顔を見合わせた。

「なんか不味いな」とガーミンがポツリと言う。


「飲めない事は無いんだけど…この水はただの水と違って体が水分を吸収しやすくした特別なもので体のバランスを整えてくれるらしいんだけどね。」


二人が微妙な顔をしていると厨房長のマルスがやってきて、コップに注いだ経口補水液をグイッと飲んだ。


「うーむ、お嬢様。柑橘の汁を入れたら飲みやすくなるんじゃねぇかな。リモンとライムがあるんだが、それでちょっと風味付ければ良さそうだが」


《お、それはいいな。成分バランスを崩さない程度に果汁を加えるのはいいと思うぞ》


マルスの提案で柑橘の汁を入れた経口補水液が完成した。

「おお、これならミリア様も飲めそうだな。」

「うん、少し冷やすと美味しいかもしれない。」

「さっきは鼻水飲んでるのかと思ったけど、これなら美味いな!イテッ!」

失礼なことを言うガーミンにマルスが拳骨を落としていた。


《よく混ぜて、少し冷やすとなおいいぞ。冷たい方が飲みやすいし、吐き気を抑えられる。》


「マルス、これ魔道具で冷やしたりできない?冷たくしたほうが飲みやすそう。」


ファミリアがそう提案すると、マルスが魔道具の変冷庫に入れてキンキンに冷やしてくれた。


「ところでお嬢様、この何とか水はなんて名前の飲み物なんだっけか?俺は物覚えが悪くてね」


《経口補水液じゃ言いにくいよな、もうOS-1でいいんじゃない?》

「オーエ・スワンよ」


「へぇ、なんかカッコいい名前。ところでオーエ・スワンは水より良いってお嬢様は言ってたけど何が違うの?」


《水より早く体に浸透するから脱水症状に効果がある。運動後に汗をかいたときや下痢で体から水が抜けているときにも効果があるんだよ》


「体から抜けた水を補うための水薬らしいわ。汗をかいた後にもいいらしいの。」


「へぇ。こんなに簡単に作れるんなら病人やハードな訓練をする軍人に良さそうだな」とマルスが思案気に頷いた。


***


完成したオーエ・スワンをミリアの部屋に持っていく。ファミリアが水差しに入れて少しずつ飲ませようとした。

「お母様、これ飲んでみて。」

ミリアは最初抵抗する。「…気持ち悪くて…飲めないかも…。」だが、ファミリアの必死な表情を見て、渋々口をつける。味はほんのり甘塩っぱく、柑橘のさっぱりした風味があり意外と飲みやすい。


「…不思議な味ね…。」ミリアは小さく呟き、ゴクリと飲んだ。少しずつ時間を掛けてオーエ・スワンを飲んでいく。


数時間後、吐き気が少し落ち着き、侍女が驚く。「奥様、顔色が…少し良くなったようです!」ファミリアは目を潤ませ、「よかった…お母様、厨房でたくさん作ってもらうから遠慮せずに飲んでね。」



翌日、ミリアの吐き気がさらに軽減し、水分が体に吸収されていくのが傍から見てもわかるようだった。侍女が嬉しそうにファミリアに報告をする。「奥様、今朝は少しだけスープも召し上がれました。水分も吐かずに済んでいます。」


「よかった、うまくいって。産婆さんはもう来たのかしら?」


「はい、今朝早くに到着して奥様の様子を見てくれています。懐妊病が回復しているのを見て、とても驚いていました。」


ファミリアはおじさんの水薬(すいやく)が上手くいったことに喜びつつも、ミリアの部屋に様子を見に行った。ミリアはベッドから起き上がれるほど回復していて、産婆となにやら話し込んでいる。


「お母さま、調子はどう?」


「ファミリア!ありがとう。昨日から一回も吐いてないの。何を食べても飲んでも気持ち悪くなって吐いてしまっていたのだけど、ファミリアの作った水薬を飲んだら少しずつ調子が良くなってきたの」嬉しそうにファミリアを見つめる顔は以前ほどではないが水分が戻っているようで落ちくぼんでいた目は光を取り戻していた。


《おぉ、だいぶ落ち着いてきたみたいだな。やっぱり酷い悪阻で水分が抜けてたんだろうな。でもこれは根本的な解決じゃないから油断は禁物だ。OS-1で治ったわけじゃない、あくまで水分不足を補っただけだぞ。》


「お母さま、オーエ・スワンは足りなくなった水分を補うためのものなの。これで治るわけじゃないけど、少しでも良くなって良かったわ」


「お嬢様、ミリア様から話を聞いておりました。私は産婆のヒサコと申します。」と中年の柔和な夫人がお辞儀をする。どうやら彼女が医師の代わりに呼ばれた産婆であるようだ。


「ヒサコさん、お母さまの具合はどうでしょうか。昨日までは唇もカサカサで目も落ちくぼんでいるようでした。」


「ええ、私もそのように聞いていたので慌てて来たのです。ですがミリア様は聞いていた話よりも随分お元気そうで安心したのです。聞くところによると、お嬢様が作った水薬を飲んでから劇的に体調が良くなったのだとか。」


「オーエ・スワンね。水よりも体に吸収しやすい飲み物なの。薬じゃないから根本的に治す物ではないんだけど、少しでも水分を摂れれば違うと思ったの。」


「お嬢様、オーエ・スワンの作り方を教えては頂けないでしょうか。懐妊病は昔から治療法が分かっておりませぬ。一度かかると喉から血が出るほど吐き気が止まらず、命の危機に陥ることもあります。どうか、作り方を教えてくだされ。救われる者がたくさんいることでしょう」とヒサコが床に付きそうなほど頭を下げた。


「ちょっと、産婆様、頭を上げてください!」いきなりのヒサコの行動に面食らってしまう。


(おじさん、オーエ・スワンの作り方って広まってもいいの?)

《もちろんだ。知識は共有するためにある。俺が発明したわけじゃない、これで救われる人がいるんならぜひ広まってほしいね。》


「もちろん秘密ではありません。ぜひオーエ・スワンで多くの人が助かることを願っています。厨房のマルスかガーミンが作り方を知っているので、後で伝えておきます」そう言うと、更にヒサコは頭を下げていた。


「ところでファミリア、この水薬の作り方をどこで知ったのかしら?まさかファミリアが思いついて調合したの?」とミリアが何気なく質問する。


(おじさん!どうしよう?誤魔化す方法ない?)

《えー、何かの本で見たということにすれば?適当にはぐらかしとけ…》


「えーっと、何で知ったんだっけな。たしかお父様の書斎にある水薬調合の本だったような…魔法学園に入学前の予習をしてたんだよね。そんな気がする」

と目を泳がせながら冷や汗をたらして誤魔化す。


「さすがファミリアね、勉強熱心ですごいわ!石鹸だけじゃなくて水薬まで作れるのね。これなら主席間違いなしよ!」と褒めちぎるミリア。どうやら上手く誤魔化すことができたようだ。

作中では読者が混乱しないようにリットル、グラムなどの単位は地球の単位に合わせています。

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