14 魔獣襲来
ファミリアがライムと訓練中に侯爵家に火急の連絡が入った。東部辺境伯であるオリバーのもとへ執事長が「魔獣が出た」という報告をしたのだ。
「閣下、領軍の伝令より魔獣の出現が報告されました。しかも2ヵ所同時に出現しております!」
「待て、同時に出現しただと?聞いたことないぞ」とオリバーが聞く耳を疑った。
「はい、東の開拓地にヒイログマが出現しております。南のティグウェルド村には正体不明の魔物が確認されており、哨戒部隊と自警団に被害がでております。」
「東の開拓地!これから私が行こうとしていたのに!」とファミリアが絶句する。視察で顔を合わせた子どもたちの顔が頭に浮かんできた。
「東の開拓地には自警組織がない、速やかに対処しなければ全滅する。アッサーノ、今すぐ魔獣対長を呼んできてくれ。そして魔獣対に出動準備をかけろ!」と執事長に指示をした。
執事長のアッサーノは黙礼するとバタバタとまた走り出していった。
「お父様、私も行きたい!」とファミリアが無茶苦茶を言う。
「ファミリア、今はそれどころではない。」とオリバーはそう言って足早に執務室に去って行った。
ライムもオリバーに付いていき、庭にはファミリアだけが残された。
《なぁファミリア、魔獣って何だ?》
「魔獣っていうのは魔法生物で人間や動物を積極的に襲うやつのことよ、他の生物を襲って魔力を吸収するの。とても強くて普通の人には退治できないの」
《魔法を使ってくる生物ってことか、そりゃ厄介だな。》
「魔法も使ってくるんだけど、普通の武器では倒せないの。魔獣は強力な魔力を纏っていて、ただの刃や矢では傷つけることが出来ない。それが一番の問題なのよ」
《じゃあどうやって退治するんだ?魔法で倒すしかないのか?》
「魔法で倒すしかないわ。それか魔力を付与した武器で魔獣の魔力障壁を突破して首を落とすのよ」
《魔法って平民は使えないんだよな?貴族しか倒せないということか…》
「簡単な魔法なら平民にも使えるんだけど、とてもじゃないけど魔獣を倒せるような魔法は無理ね。貴族は平民を守る義務があるわ、それが貴族が君臨している理由よ。」
《ところで、どこへ行こうとしているんだ?》とおじさんが聞く。
「お父様の執務室よ、私も気になるのよ…」
侯爵家の執務室では領主のオリバーと魔獣対策隊長のフミヤーンが真剣な面持ちで議論していた。
「閣下、ここ半年は魔獣が出現しておりません。同時に2体も出現するなど前例がありませんぞ」
「しかし魔獣が出現したのは確かなのだろう?前代未聞であっても対処するほかあるまい。東の開拓地とティグウェルド村はどんなに急いでも1日はかかる。部隊を二手に分けて同時に対処しよう。」
「現在動けるのは第1中隊と第3中隊のみです。第2中隊は哨戒担当部隊で領内に分散配置しております。同時対処のために2個中隊を出しますと、万が一、更に魔獣が出現した場合の予備がいなくなりますな」
「わかった。では第1中隊のみの出動とする、第3中隊は予備として待機をさせる。戦力が不足するから俺も出陣する。」
「は、わかりました。閣下が出てくだされば百人力ですな。ライム!丁度いい、お前の所属する1中隊に出陣を命じる。1小隊は閣下と共に東の開拓地、2小隊はティグウェルド村の防衛にあたれ。速やかに中隊長へ伝えろ。」とフミヤーンが傍に控えていたライムに命じた。
「わかりました、速やかに行動します。」と敬礼をして執務室を出ていこうとドアを開けた。
(まずい、逃げないと!)
ライムがドアを開けると、扉に耳を当てて盗み聞きしていたファミリアと目が合った。
「…お嬢様、はしたないですよ。」
「だって、気になるんだから仕方ないでしょ」
部屋の奥からオリバーとフミヤーンも出てくる。
「ファミリア、盗み聞きはいけないことだと分かっているね?」
「まぁまぁ、閣下。聞かれてしまった我らにも落ち度があります。急ぐあまり防音の魔法を使わなかったですからな。」
「お嬢様、バレないように魔力を抑えて聞き耳を立てるなんて間諜の才がありますね」
《魔力を抑えることに集中しすぎて逃げ遅れてしまったな》
三者三葉の反応だが、オリバーが呆れながらファミリアに言った。
「魔獣は危険すぎる。安全な場所に行くんじゃないんだ、連れていけない。」
「でもお父様、東の開拓地の子どもたちに『また来るから』って約束したの。お父様と魔獣対もいるんでしょ?一人にならないから連れて行って!」
「ダメだ。守り切れる保証はない。」
「盾の魔法も使えるようになったから、足手まといにならないわ」
「ダメだ。付け焼刃の魔法は魔獣に通用しない」とオリバーは断固として折れない。
そんな会話を聞いていたフミヤーンが口をはさんだ。
「閣下、そういえばお嬢様は鑑定の固有魔法が使えましたな?魔獣が同時出現した原因がわかるかもしれませんぞ。」
「ふむ…鑑定魔法があれば魔獣が出現した理由も判明するやもしれぬ。フミヤーンの提案も一理あるな」
「閣下、お嬢様のことは私は責任をもってお守りします。」とライムが援護する。
「いいだろう、ファミリアを魔獣討伐に同行させる。速やかに準備しなさい」
「ありがとう、お父様!」
討伐隊が領主邸を出発したのはそれから1時間後であった。領主オリバーと魔獣対第1小隊は東の開拓地に向けて、第2小隊はティグウェルド村へと出発した。
領主一行は岩だらけの道を数時間進み、汗と埃にまみれて東の開拓地に到着した。日が落ちて薄暗くなった村は静まり返り、糞尿の臭いが鼻をつく。遠くで井戸の滑車がキィキィと軋む音が響く。
魔獣対1小隊は速やかに馬車を降りて村中に散開して情報収集を始めた。
《魔獣が出たという割には静かだな。人の気配はあるが…》
「お父様、魔獣が出たというから村が壊されてると思ったんだけど、何も変わらないみたい。」
「この開拓地に出たのはヒイログマだ。物陰から獲物を捕らえ、巣に持ち帰る狡猾な魔獣だ。人前で大暴れはせん。」オリバーが村を歩きながら答える。
ライムはファミリアの傍で周囲を警戒し、風魔法で舞う土埃を軽く払う。「お嬢様、ヒイログマは体高4mを超える大型の魔獣。獲物への執着が強いため、巣から犠牲者を持ち帰ることはできません。」
「巣から犠牲になった人を持ち帰ったらどうなるの?」
「どんなに遠く離れても奪い返しにやってきます。村に持ち帰ったら、村にヒイログマを呼び寄せることになり危険です。残念ながらヒイログマを退治しない限り遺体を弔うことは出来ないでしょう。」
ファミリア一行は村長の家に到着した。開拓地全体が静まり返り、皆が家の中に籠っているようだ。村長の家はとりわけ静かに感じた。
家の中では村長が震えて項垂れていた。周囲には村長の妻と娘だろうか、何人かが椅子に座ってさめざめと涙を流している。
「村長、領主のオリバーだ。いったいどうなっている?説明できるか?」とオリバーが優しく声をかけた。どう見てもただ事ではない、そんな悲壮感が村長宅には漂っていた。
「ご領主様、助けに来てくださりありがとうございます。私がしっかりしないといけないのは分かっていますが…申し訳ありません。」村長は顔を上げて涙を溢れさせてそう言った。
ライムが軽く手を振る。「風よ、気配を探れ(ウェンティ,センティーレ)」
微かな風が駆け巡り、集中する。
「こっちに魔力の痕跡がありそうです」とライムが庭に出ていった。
そこには大きな木があり、その幹にはえぐり取られたような巨大な爪痕が残されている。付近にはむせ返るような獣臭漂い、おびただしい血痕と熊の毛が散乱していた。
「ここだな…」とオリバーが現場を確かめる。
村長が重々しく口を開いた「この木の付近で孫がヒイログマに襲われました。それを助けに行った倅もどこかへ連れていかれ、恐らくもう…」
抗いようのない暴力の痕跡に一同は言葉が出なかった。
その時、周囲の痕跡を探していた1小隊の小隊陸曹が村長宅にやってきた。
「中尉、ヒイログマの侵入経路を特定しました。どうやら魔獣除けの結界が破壊されているようです。そこから侵入したようです、小隊長が結界の外に行って巣を探しに行っています。」とライムに報告した。
「わかった。今からそちらに向かおう、案内してくれ。閣下もご同行お願いします。」
「もちろん私も行こう。村長、必ずヒイログマを倒して取り返してくる。」とオリバーが村長の肩に手を乗せて力強く宣言した。
一行が村と森の境界にある魔獣除けの結界に到着すると、そこには明らかな破壊の痕跡があった。
「お父様、この木製の祠が魔獣除けの結界なの?」
「そうだ、ここに魔力を籠めた魔獣除けの札を設置することで魔獣が来ないようになるのだが、無くなっているな…」
木製の祠の扉は爆発したように飛散して、中に置いてあったであろう物は見当たらない。
「ファミリア、鑑定できるか?」
「わかったわ、やってみる『ヴェーラ・フォルマ!』」
ファミリアが呪文を唱えると、脳内に爆薬のイメージが広がった。
(なんなのか分からないわ、鑑定魔法は知ってるものしか詳しく分からないの)
《まて、俺が知っているぞ。この臭いは硝薬だな、この世界に火薬があるのか知らないが導火線の臭いがする。黒色火薬か、それに類するものだ》
「お父様、これは爆薬ね。私は詳しく知らないけど爆薬なのは間違いないわ」
「閣下、爆薬は火の秘薬ですね。我々も使うことはありますが、爆薬を使って破壊するのはアーク帝国の手法でしょう。」
「うむ…このはじけ飛ぶように木が飛散しているのは、やはり火の秘薬か。断定することは出来ないが、この開拓地はアーク帝国に隣接している。最近の帝国の怪しい動きを見ていると、奴らが一枚噛んでいてもおかしくないな。」
《アーク帝国というのはそんなにヤバい国なのか?》
(私たちのミグ王国の東にある大国よ。小国を武力で併合したり、他国を嫌がらせしたり、いい噂は聞かないの)
《俺の世界にも帝国という国は昔あったが、領土の拡大を狙うのが“帝国”というものだ。隣にそんな国があるのか、怪しいな》
一同が魔獣除けの祠で村長と議論していると、突然、爆風が吹き上がり、土塊がバサバサと降ってくる。遅れてドドンッと地面が揺れ、焦げた臭いが鼻をつく。空気が熱を帯び、開拓地の夜が赤く染まる。
「小隊長!」小隊陸曹が叫び、音のする方へ駆け出す。オリバーも「魔獣だ!状況を把握しろ!」と命じ、魔力灯を手に現場へ急行する。爆炎が闇を切り裂き、戦闘が始まった。
「お嬢様、私から離れないでください!」ライムがファミリアに言い、剣を構えて警戒しながら轟音の方向へ進む。
オリバーが爆音の中心に辿り着くと、第1小隊長オークレイ・ヴァルド少尉がヒイログマと対峙していた。体高4mの巨獣は、赤黒い毛皮に炎が揺らめき、毛皮に魔力障壁が青白く光る。咆哮と共に炎の吐息が噴き出し、木々の表面が一瞬で炭化する。
オークレイが汗を拭い、地面に拳を叩きつけて呪文を詠唱した。「テルラ・フォルティス!(Terra Fortis)」
岩の壁が瞬時に隆起し、ヒイログマの吐いた炎を防ぐ。ジューッと熱で岩が赤く焼けて表面が弾けた。
「オークレイ、時間を稼げ!村に絶対入らせるな!」オリバーが叫び、赤い髪をなびかせて剣を抜く。
火の魔力を剣に集中させ、「イグニス・エンカント!(Ignis Enchant)」と詠唱した。剣が真っ赤に輝き、炎が刃を包む。「この魔獣、俺が仕留める!」オリバーが魔獣の前に踏み込む。
ヒイログマが前足を振り上げ、炎の爪が岩壁に隠れたオークレイを襲う。「テルラ・ランス!(Terra Lance)」オークレイが叫び、岩の槍が真下から突き上がるが、ヒイログマの体表を覆う魔力障壁にキィンと弾かれる。
「通常の攻撃も土魔法も効かねえ!」オークレイが叫ぶ。小隊員の放つ矢も体表の青白く光る障壁に焼かれ、届かない。
ライムがファミリアを庇い、戦闘の余波を防ぐ。「ウェンティ,プロテゴ(Venti, Protego)」風の盾が熱風と岩の破片を弾いた。
「お嬢様、ヒイログマの魔力障壁は強力ですがオリバー様の火魔法なら突破できるはず!油断せず戦いぶりを見ていてください。」ファミリアが頷き、ヒイログマの口元に目を凝らす。
《おい、ファミリア、魔力の流れが全方位に出てきてるぞ!》おじさんが警告する。ヒイログマから次々と火の玉が放たれ、蛇のように曲がって浮遊し始めた。
「怖い…でも、皆を守らないと!」ファミリアが震える手を握り、「スクートゥム!」と叫ぶ。
不可視の盾が小隊員の横に展開し、火の玉がガキンと弾かれる。全方位に追尾するように放出された火の玉が死角から飛来したのだ。
熱風が髪を揺らし、ファミリアの心臓がドクンと鳴る。「お嬢様、助かりました!」小隊員が礼を言う。ファミリアは小さく頷き、「私、やれた…!」と呟く。
放出された火の玉は周囲を焦がしたが、ヒイログマを守るように浮かんでいた防御の役割も失われた。それを見たオークレイがオリバーに合図した。
「閣下、今だ!」
オリバーが剣を構え、「イグニス・アストラ!(Ignis Astra)」と詠唱。
オリバーが両手を広げると、赤い炎が槍の形に凝縮され飛んでいく。ヒイログマの障壁にガツンと命中し、青白い光がひび割れた。
巨獣が咆哮し、炎の吐息を吐くが、オリバーはひるまない。「火なら負けん!」魔法が付与された剣を振り上げ、炎の刃が障壁を切り裂く。ヒイログマが後退し、周囲の木々を踏み潰す。地面が焦げ、土埃が舞った。
「オークレイ、隙を作れ!」オリバーが叫ぶ。
「了解!」オークレイが地面を叩き、「テルラ・フォルティス!」巨大な岩壁がヒイログマの足を封じ、巨獣がグラリと傾く。
ライムが剣を振り、「ウェンティ,スキンデ(Venti, Scinde)」と詠唱した。風の刃がヒイログマの目に到達し、巨獣が顔を振って怯む。
「今だ、オリバー様!」ライムが叫ぶ。オリバーが跳躍し、火の剣を振り下ろす。熱風で頬が焼ける中、剣が真っ赤に燃え上がり、刃がヒイログマの口内にズドンと突き刺さる。バキンッ! 魔力障壁が砕け、炎が体内で爆ぜた。ファミリアは地面の震動によろめき、耳に響く咆哮を押さえる。闇夜が炎で明るく照らされ、全員が息をのんで巨獣を見据えた。
ヒイログマの口から黒煙が上がり、ドスンと倒れ、地面が震える。
ライムが「ウェンティ,プロテゴ(Venti, Protego)」と詠唱し、風の盾で燃え盛る炎と熱を防いだ。
森に静けさが戻り、焦げた臭いが漂う。
「やったか…?」とオークレイがポツリと呟いた。
暗闇に炎の揺らめきが残っている。
《おいぃ、余計なこと言うなよ!》おじさんが焦った声を出した。
ヒイログマの死体が急に起き上がり、炎を纏う…なんてことはなく、プスプスと焦げる臭いが漂うだけだった。
オリバーが剣を収め、ヒイログマの死体を検分した。首に埋まった金属片に、双頭の鷲の紋章が刻まれている。「これは…この魔獣は自然のものではないな。」
「閣下、その紋章は帝国の魔法宮のものでは?」と第一小隊長のオークレイがいぶかしむように言った。
「わからぬが、我々の領地だけの問題ではない。魔法学園に調査を依頼し、国王陛下に報告せねば。」
「そうですな、第2小隊が向かったティグウェルド村もどうなっているか…」
「ともかく、この辺にヒイログマの巣があるはずだ。被害者を捜索しよう」とオリバーが告げて小隊は周囲の捜索に移行した。
森の奥、ヒイログマの巣を求めて小隊が捜索を進める。オリバーが先頭で松明を掲げ、ファミリアはライムの傍で緊張した面持ちだ。土埃と焦げた臭いが漂う中、オークレイが「閣下、こっちです!」と叫ぶ。
岩場に隠れた洞窟が現れ、入り口には爪痕と血痕が刻まれている。
《おい、ファミリア、この臭い…ヤバいぞ。覚悟しな。》とおじさんが囁く。
洞窟の中は湿気と腐臭で息苦しい。魔力灯の光が、散乱した骨と毛皮を照らす。オークレイが地面を調べ、「金属片だ…双頭鷲の紋章がまた出てきた。」と呟く。オリバーが頷き、「帝国のものだろう。だが、今は犠牲者を探す。」と命じる。
ファミリアが一歩踏み出すと、足元でガサッと音がする。魔力灯を向けると、村長の息子と孫の遺体が横たわっていた。
腹部が無残に抉られ、血と泥にまみれている。息子の腕は孫を守るように伸び、幼い孫の手には小さな木の玩具が握られたまま。ファミリアが息をのんで目を背ける。「うっ…こんな…!」声が震え、膝がガクンと落ちる。
ライムが素早くファミリアを支え、「お嬢様、見ないでください。」と囁く。
だが、オリバーが厳しい目で娘を見つめる。「ファミリア、目を背けるな。」彼は遺体の前に跪き、血まみれの手をそっと撫でる。「これが魔獣というものだ。狡猾で、容赦なく、領民を喰らう。我々貴族は、この現実と戦い、守らねばならん。」
ファミリアは涙をこらえ、震える目で遺体を見つめる。
「…分かった、父様。私、ちゃんと見る。こんなことが二度とないように…」と呟く。
オークレイが遺体を布で包み、「村長に届けるぞ。犠牲者を弔わねえと、村は立ち直れねえ。」と低く言う。小隊は静かに洞窟を後にし、開拓地の村へ戻る。
燃えた柵や焦げた家畜小屋の間を抜け、村長の家に到着した。扉を開けると、村長が震える手で杖を握り、静かに待っていた。
「村長…息子さんとお孫さんを、連れ帰った。」オリバーが重い声で告げる。
村長は一瞬凍りつき、遺体に駆け寄る。「オーウェルト…オーハイム…」息子と孫の名前をそっと呟くと、彼の嗚咽が家に響いた。
ファミリアは目を伏せ、胸が締め付けられる。
オリバーが村長に頭を下げる。「我々の到着が遅れ、申し訳なかった。だが、ヒイログマは仕留めた。魂を天に返そうか。」
村長は涙を拭い、「領主様…どうか、わしらの子を…天に。」と呟く。
村の広場に、遺体を乗せた木の台が用意される。村人たちが遠巻きに集まり、すすり泣きが聞こえる。オリバーが剣を抜き、火の魔力を静かに集中させる。「イグニス・エンカント。」剣が穏やかな炎に包まれる。彼は遺体に剣を向け、低く詠唱する。「イグニス・サルターレ(Ignis Saltare)、天に魂を導け。」
柔らかな炎が遺体を包み、静かに燃え上がる。炎は熱を抑え、まるで魂を優しく抱くように揺れる。空に灰が舞い、暗闇に溶ける。
ファミリアは涙を流している。オリバーが剣を収め、ファミリアに目を向ける。「これが貴族の務めだ。悲しみを背負い、それでも前へ進む。」
オークレイが拳を握り、「閣下、帝国の奴ら…許せねえ。次は何だ?」と問う。
オリバーが金属片を握り、「第2小隊が心配だ。我々も直ちにティグウェルド村に行こう。」と宣言した。




