13 剣と魔法
初日の訓練に引き続き2日目もライムの斬撃を防御することに専念した。多少はライムが間合いを取ってから踏み込んでも目を瞑らずに防御できるようになっていた。
そしてついに訓練は3日目に突入した。
「お嬢様、今日から実戦的な訓練をしましょう。今までは素直な剣筋で寸止めの攻撃をしていましたが、実戦では簡単に見切れるような攻撃はありません。」
ファミリアが軽く構えるとライムが「行きますよ」と宣言する。
ライムはいつも通り3歩ほど距離を取った所から瞬時に間合いを詰めて袈裟に切ってきた。狙っているのは肩口だ、それを見越して盾を発現させる。
「スクートゥム!」 ライムが切りかかる軌道上に蜃気楼の盾が出現した。
左から振られていた剣は急激に軌道を変えて盾魔法に当たることなく剣先が右肩にポンと触れた。
「え、どうして?」とファミリアはポカンと肩に当たった剣を見ている。
「私はこんな剣術も使います。これは魔法ではなく剣術の技です、腰を急激に切り返すことで剣の軌道を変えて相手を欺くものです。」と説明する。
他にもこんな技がありますよ、とライムは再び剣を構えた。
よく動きを観察する。急速に距離を詰めて真正面から大上段に切りかかってきた。タイミングを見計らって盾を発現させた。キィンと剣が弾かれるのが見えたが、地面に尻もちをついたのはファミリアだった。
ヒュンと剣を振るってライムが尻もちをついたファミリアに手を差し伸べた。「このような技術もあるのです」
《今のはどういう技術だったのか?俺も全く見えなかったぞ》
「ライム、今のは何?確実に剣を防いだのに足元を押されるような感覚があったのだけど」
今の技を説明すると、剣はフェイントだったんです。お嬢様に盾の魔法を使わせるためにあえて正面から切り込みました。足元を掬うように風の魔法を使ったのが本命です。
軽く手を振って詠唱した「風よ、押せ“Venti, impelle”(ウェンティ,インペッレ)」
何の前兆も無くファミリアの顔に突如として突風が吹き寄せ、思わず後ろによろめいてしまった。
《おお、これが風の魔法か。見えないから防ぐのも難しいな。これは盾の魔法で防げるのか?》
「なるほど、ライムはこれを剣戟と同時に使ったのね。この風は盾の魔法で防げるの?」
「はい、もちろん盾の魔法で防ぐことができます。しかし風の魔法は前兆もなく、どこから来るのか分からないので実際は防ぐのは簡単ではありません。」
「じゃあどうすれば今の攻撃を防げるの?」
「体の中を流れる魔力の流れを見てください。よく相手の体の魔力を観察してください、きっと魔法発動の前兆が見えるはずです。さらに、剣の動きに気を取られすぎず、相手の重心の変化にも目を配ってください。そこに次の攻撃のヒントが隠れています。」
ライムがゆっくりと構えて呪文を詠唱した。「ウェンティ,インペッレ」
ライムの足元から右腕に向かって不可視の“何か”が移動していくのが見えた。その何かが腕から放出され、直後にファミリアの足元に突風が吹いた。
後ろによろめきつつも、何が起きたのか少し見えた気がする。
「なんとなく見えたわ。でも動きながら観察するのは相当難しい気がする。剣の攻撃を防ぎながら魔法を警戒するのは達人じゃないと無理ね…」
「はい、盾の魔法は一度の詠唱で一か所にしか発現できません。魔法と剣を両方対処するのは不可能です。どちらかを盾の魔法で防ぎ、どちらかを避けるか体術で防ぐしかありません。」
《毎日のように訓練しないと同時に対処するのは無理だな、まさに神業だ。盾の魔法も万能に見えたが、一度に一箇所しか守れないのは厳しいな。》
「どうすればいいの?私には出来そうもないけど」
「はい、無理です。お嬢様にはこのような攻撃もあるということを知っておいてほかったのです。先ほどは、風の魔法で体勢を崩しただけですが、このような風魔法もあります。」ライムはそう言うと、庭に設置してある鎧を着た訓練用のカカシに対峙した。
ゆっくりと静かに詠唱する。「風よ、切り裂け“Venti, scinde”(ウェンティ,スキンデ)」
ライムの足元から魔力が上がっていき、腕から放出された。不可視の風の刃が鎧を着たカカシに襲い掛かる、ギィンと何かがぶつかる音がしてカカシは斜めに切断された。ガシャンと切断された金属鎧が地面に転がる音が庭に響いた。
《うわ、これが風魔法か。こりゃ無理だ、人間なら即死だな…》
「風魔法ってこんなに強いの…?こんなの防ぐのは無理ね」
「いいえ、お嬢様の盾の魔法でも風の刃は無効化できます。ただ、的確に防御する場所を見極めてタイミングを合わせることが必要です。よほど戦いに慣れていないと防げないでしょう。」
《ファミリア、こりゃ無理だ。何でも盾の魔法を使うのはダメだな。》
「ライム、こんなものを見せてもらったら気が折れそうよ。」
「はい、それで良いのです。盾の魔法は有用ですが万能ではない、ということを覚えていてほしいのですよ。」ライムが静かに言った。
「でも、せっかく盾の魔法を使えるようになったのだから訓練を辞めるのは勿体ないわ。私にできる範囲で使いこなせるようになりたい!」
《いいぞ、千里の道も一歩からだ。どんな達人も最初はド素人だからな、続けるのは賛成だ》とおじさんが嬉しそうに同意した。
訓練は7日目に突入した。
ファミリアの白い訓練着はすでに土で汚れきっている。貴族令嬢らしからぬ汗と土埃にまみれた姿が、彼女の本気度を示していた。
ファミリアは両手で剣を握り、肩で息をしながらライムを睨む。白い訓練着は土埃にまみれ、貴族令嬢らしからぬ姿が彼女の本気を示していた。
ライムが瞬時に距離を詰め、剣が右から弧を描いて襲い掛かる。「スクートゥム!」 右前面に不可視の盾が展開される。だが、ライムの剣はヌルリと盾を避け、左側面から滑り込む。
キィン! ファミリアが咄嗟に剣で受け止めるが、膂力の差で体がよろめく。
《盾だけじゃダメだ! 相手の重心を見ろ!魔法が来るぞ!》おじさんの声が響く。
「ウェンティ,インペッレ!」 ライムの呪文と同時に、ヒュッと空気が唸り、突風が足元を襲う。
「スクートゥム!」 盾が突風を防ぐが、衝撃で膝が震えた。
初めて、ライムの動きを一瞬だけ予測できた気がした。「やるじゃないですか、お嬢様。」ライムが小さく笑う。
だが、次の瞬間、ライムの姿が視界から消えた。《まずい、上だ!》 ファミリアがパッと見上げると、太陽を背にした黒い影が白銀を煌めかせ落ちてくる。あっ、と思う間もなく、模擬剣がポンと頭に乗った。「またやられちゃった…」ファミリアがガックリと項垂れる。
その時、パチパチパチと乾いた音が聞こえてきた。ファミリアとライムが音のした方に目を向けると、領主であるオリバーが拍手をしながら近づいてくるところだった。
「閣下、訓練は順調に進んでいます」とライムが片膝をついて胸に片手を当てて臣下の礼をとる。
「先ほどから見ていたが、予想以上によくやっている。」
「お父様、今日もライムにやられてばっかりで全然思うようにできないの」とファミリアが不貞腐れながら呟く。
「はは、それは当たり前だよファミリア。ライムは領軍の中でも腕利きの兵士だからね。むしろこの数日間でようやっとる。盾の魔法を出現できるようになれば良いと思っていたが、もう実戦形式で訓練している。上出来だ。」
「はい、お嬢様の成長は目を見張るものがあります。つい私も本気になって一本取ろうと必死になって魔法を使っております。」
「ファミリア、自分では納得していないかもしれないが予想以上の成果だ。上を見ればキリがない、しかし魔法学園入学前に盾の魔法を実戦形式で使える者は数えるほどしかないんだよ。」とまだ不貞腐れているファミリアを誉める。
「領軍の若い兵士にもお嬢様の努力を見せてあげたいくらいです。」とライムも褒めちぎる。
オリバーは手に持っていたタオルをファミリアに渡す。
「護衛付きならば開拓地を訪問することを許可する。しかしながら自分でも分かっていると思うが、完璧ではないな。過信することなく護衛を頼りなさい、そして引き続き訓練するといいだろう。」
「ありがとう、お父様!これで虫取り線香と石鹸を開拓地に届けに行ける!」とファミリアの顔がパッと明るくなった。
ふと、遠くの森から鳥が一斉に飛び立つ音が響いた。ファミリアが何気なく空を見上げると、風が急に冷たく頬を撫でる。その時、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「旦那様!旦那様!急報です!」――執事長のアッサーノが、汗と土埃にまみれ、息を切らして駆けてくる。「魔獣が、魔獣が現れました!!」




