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1 ファミリアと熱病



「ファミリア、ファミリア、聞こえるか…意識をしっかり保つんだ!」

「旦那様、お嬢様の身体から魔力が溢れ出しています。熱も異常なほど高く…これ以上は危険です。」

「ファミリア、もう少し耐えるんだ!あと少しで南の秘術師が来てくれる!」


身体が茹だるように熱い。朦朧とする意識の中で、お父様とメイド長の声がかすかに届く。何か言おうとしても、思考が手のひらから零れ落ち、声にならない。


「お嬢様、何かおっしゃいましたか?旦那様、お嬢様が口をパクパクと…」

「ファミリア、何か伝えたいのか?無理しなくていいんだ。もう少し待てば助かるかもしれないから。」


「オリバー閣下、お嬢様の熱病は一週間続いています。このままでは熱で頭がやられ、たとえ助かっても言葉を失う恐れがあります。今は氷袋で冷やすのが精一杯です。」

侯爵家付きの老医師が憔悴(しょうすい)しきった声で告げる。彼はファミリアが熱病に倒れてから休まず看病を続け、孫娘のように思う彼女を救うため氷魔術で熱を抑えてきたが、もはや限界が近い。


口が勝手にパクパク動く。手足に力が入らず、頭はガンガン痛み、思考が散らばっていく。

(もう死んでしまうのかな…。優しい辺境伯のお父様、少し抜けたお母様。最近は反抗ばかりして迷惑をかけてごめんなさい。悪気はなかったけど、生意気な態度ばかりで…。でも、もう楽になれそうな気がする…)


ガタンッ!


大きな音と共に部屋の扉が勢いよく開いた。

「閣下、まもなく奥様と南の秘術師が到着します!お嬢様、もう少しの辛抱です!」

執事が慌ただしく飛び込んできた。


「ファミリア、聞こえたか?もうすぐ秘術師が来る。治せるんだ!」


直後、階段を駆け上がる衣擦れの音が響く。


「ファミリア、私のファミリア!秘術師を連れてきたわ。まだ持ちこたえて!」

母ミリアの声だ。いつも優雅で落ち着いた母が、二段飛ばしで階段を登ってきたのだろう。肩で息をしながらベッドに近づく。

「ファミリア、私の故郷から南の秘術師を連れてきたわ。よく耐えたね…」

母が涙を流しながら私の顔を両手で挟む。頭が揺れて視界がぐるぐる回る。

「ミリア、よくやった!あと半日遅ければ手遅れだったかもしれない。さっそく秘術師様に診てもらおう。」辺境伯の父が言う。


部屋に新しい者が入ってきた。

「ミリア様、ハァハァ…ここがお嬢様のお部屋で間違いないですね?」

疲れ果てた顔の老婆が現れた。ミリアが馬車を飛び出した後、老骨に鞭打って追いかけてきたらしい。


「ファミリア、秘術師様を連れてきたわよ!」と母が私を揺さぶる。

「ミリア様、お気持ちは分かりますが手を離してください。お嬢様は熱病で頭がひどく痛んでいます。そのように揺すると…」

老医師が申し訳なさそうに進言する。

「あら、ごめんなさい、ファミリア。もう大丈夫よ。こちらが南の秘術師様。」

母が後ろに控えた老婆を前に出す。


「オリバー辺境伯閣下、私が32代秘術師ツァウベラーでございます。お嬢様の熱病のため、ミリア様の緊急要請で参りました。」


「長旅ご苦労だった。辺境の我が領地まで来てくれて感謝する。さっそく娘を診てほしい。」


老婆が私の前に進み出る。手を私の身体にかざすと、淡い光が掌から放たれた。

「ふむ…危ないところでした。これは致死の放射病でしょう。体内に悪い風が入り込み、死ぬまで熱と魔力を放出させる病です。」全身に手を動かしながら老婆が言う。


「…ファミリアを治せるのか?」

父が絶句しながら尋ねる。


「この状態ではあと数刻の命です。魔力が流出し始めています…」


老婆が足元を指す。皆が視線を向けると、私の足先から金色の湯気のような粒子が微かに立ち上っていた。部屋にいた全員が息を呑む。

「頼む、ファミリアを…娘を助けてくれ!」父が深々と頭を下げる。

「ツァウベラー様、どうか娘を…」

母も頭を下げ、老医師や執事、メイド長も祈るように手を組む。


「一つだけ方法があります。魂の秘術を使えば助かる可能性はありますが、これは禁術。取り返しのつかない結果になるかもしれません。」

老婆が重々しく告げる。

「魂の秘術は異界から魂を呼び寄せ、その力を借りる技です。どんな魂が来るか、助けてくれるかも分かりません。結果も予測不能です。」


「それでも頼む!代償は何でも払う。このままでは助からない命だ。秘術で娘を救ってくれ!」

父が再び頭を下げる。


「では、人払いを。この部屋は私とお嬢様以外立ち入り禁止です。秘術は半刻で終わるでしょう。絶対に扉を開けたり覗いたりしないでください。」

老婆が厳しく言い、全員が名残惜しそうに部屋を出る。最後に父が「よろしくお願いします」と告げ、扉を閉めた。

ーーー


「ファミリア嬢、私は秘術師ツァウベラーです。浅い呼吸を繰り返さず、深くゆっくり息をしてください。眠りの魔法を使います。」


朦朧とする意識の中、しわがれた声の指示を聞きながら、ゆっくり呼吸しようと試みる。意識しないと息が浅く速くなる。ゆっくり…ゆっくり…温かい光に包まれるように、意識が暗転した。

老婆は私の顔に手をかけ、傾眠の魔法を施す。掌から紫の柔らかな光が降り注ぐ。5分ほどでファミリアが眠りに落ちたのを確認すると、秘術の準備を始めた。


扉の外では、辺境伯とミリアが落ち着かず歩き回る。半刻ほど経った頃、扉の隙間から緑の光が(ほとばし)った。


「おお、これは何だ!」

父が扉を開けそうになるが、老婆の忠告を思い出し、椅子に腰を下ろす。


「あなた、秘術師は私の生家に代々仕える者です。無理を言って南伯領から連れてきました。大丈夫よ。」

ミリアが呟く。彼女の生家はミグ王国南部の領主で、ファミリアの熱病を知ったミリアが故郷へ急ぎ、秘術師を連れ帰ったのだ。


「ミリア、君があと少し遅ければファミリアは神の下へ召されていたかもしれない。本当にありがとう。義父様は何と言っていた?」


「オリバー、ファミリアは貴方の子でもあるけど私の娘よ。どんな困難でも助けたい。お父様は突然の帰郷に驚いたけど事情を話すと即座に秘術師の派遣を認めてくれた。たった一人の孫娘だもの。」


ミリアは熱病発症の翌日、ファミリアの魔力の揺らぎに不吉な予感を抱き、往復6日の道のりを急いだ。その判断が正しかったと今、確信している。


「魂の秘術とはどんな技なんだ?君は何か知っているのか?」


「南伯領の秘術師に伝わる特殊な魔術よ。異界の魂の力を借りて治療するの。死者を蘇らせることはできないけど、重症者を救った例はあるわ。何代か前の南伯が落馬で瀕死の時、魂の秘術で助かった記録が残っている。」


「そんな便利な技ならもっと広まっても良さそうだな。」


「いいえ、これは秘術師一族の血統魔法で、禁術なの。悪い魂に体を乗っ取られ殺人鬼になった患者や、口がきけなくなった者、身体が動かなくなった者もいる。何が起こるか分からないのが難点よ。南伯の許可がなければ使えない、最後の手段なの。」


「そうか…ファミリアが無事に回復するとは限らないのか。それでも生きてさえいてくれれば…」

オリバーが涙を流すと、ミリアがその手を握り、「きっと大丈夫よ」と抱きしめた。


半刻後、扉が開いた。


「オリバー辺境伯閣下、魂の秘術が終わりました。」

疲れ果てた老婆が顔を出す。皆が部屋に駆け込むと、すぅすぅと寝息を立てるファミリアの姿が目に入った。

「秘術は今のところ成功です。緑の魂が融合し、お嬢様の体から悪い風を追い出しています。善良な魂が彼女を救うでしょう。」

老婆がしわがれた声で告げる。

辺境伯夫妻は「ありがとうございます」と何度も頭を下げた。


「数日で目を覚ますでしょう。身体が弱っているので、それまで水を与え、看病を続けてください。私は南伯領に戻ります。あとは医師に任せてください。」

老婆はそう言い残し、邸宅を去った。


ファミリアが目を覚ましたのは、それから2日後のことだった。


《ここは…どこだ?俺はどうなってるんだ?暗い…何が起きたんだ?》

頭の中で奇妙な声が響く。

《何も思い出せない。この真っ暗な世界は何だ?誰かいるのかー!》

その声が大声を上げ、私は苛立つ。

(うるさい…うるさい…)


目を開ける。視界が霞み、よく見えない。軟膏で目を保護されていたのか、ぼやけた天井が映る。身体を無理やり起こすと、節々が痛む。徐々に視界が鮮明になり、机に突っ伏して眠る禿頭(とくとう)の老医師が見えた。熱病で苦しむ私を氷魔術で冷やし、治療法を探してくれた人だ。


《見えるようになったな。なんで体が勝手に動くんだ?ここはどこだ?このハゲは誰だ?》

頭の中で声が騒ぐ。


「……うるさい」と呟くが、喉が腫れて声にならない。

「うるさいわね。(さっきから何?耳元で大声を出して、無礼ね。姿を見せなさい)」

声に出せない部分を心で叫ぶ。


《おお、なんだ?頭の中で誰かが喋ってるぞ。おーい、誰だ?》


(私はファミリアよ。ファミリア・フォン・ウェルド。貴方こそ誰?独心魔法なんか使わずに出てきなさい)


《独心魔法?何だそれ。ファミリア?西洋貴族みたいな名前だな。姿を見せるも何も、俺はどうなったんだ?体が動かないぞ》


(私はウェルド辺境伯の娘、ファミリアよ。さっきから頭の中で貴方の声が聞こえてるんだけど)


《本物の貴族か。今どき珍しいな。俺は…誰だ?思い出せない…》


頭の中の声がブツブツ自問自答を始める。


その時、ガタンと扉が開き、メイドと目が合った気がした。

「あぁ、お嬢様!大変です、旦那様!お嬢様が起きました!」


メイドが大騒ぎで飛び出していく。その声に驚き、老医師が目を覚ました。

「お嬢様、いつお目覚めに?気分はいかがですか?お身体は?」

寝起きなのに質問攻めだ。


「喉が痛くて…言葉がうまく…」


必死に伝えると、「少々お待ちを」と老医師が薬を調合し始めた。

「アクア・ヴィテ」

水魔法の呪文を唱えると、薬に水が満ち、白い磁器に注がれる。それを私の手に渡し、「喉を潤す水薬です。ゆっくりお飲みください」と言う。一口ずつ飲み込むと、大きな足音と共に父が駆け込んできた。


「ファミリア!意識が戻ったのか!良かった…」

枕元で父が号泣する。


《なんだこの薬、まっず!葛根湯にゴーヤでも入れたのか?》

頭の中で声が文句を言う。母がおっとり刀で部屋に入ってくるのが見えた。

(一体どういう状況なの…?)



※異世界ですが、時間や単位は読者が混乱しないように日本で一般的に使われている単位に翻訳されています。

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