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ラブソングス

殿下のポジショントークにはもうウンザリです

作者: 間咲正樹

「いやぁ、今日も我が国の市場は活気に溢れているな。デリアもそうは思わないか?」

「……左様でございますね」


 とある昼下がり。

 私は婚約者であるフレドリック王太子殿下と共に、市場に視察に来ていた。

 市場は今日も多くの行商人や観光客が行交っており、確かに盛況だ。

 だが、フレドリック殿下が足を踏み入れた途端、市場の空気がピンと張り詰まったのを、私は確かに感じた。


「やあアントン、相変わらず忙しそうだな」

「こ、これはフレドリック殿下! へ、へへ、貧乏暇なしってやつでさ」


 殿下が果物屋の主人のアントンさんに声を掛けると、アントンさんは冷や汗を流しながら薄くなっている頭を撫でた。


「いやいや、果物屋が忙しいのはいいことだ。それだけ経済が回っているということだからな。暇なほうがいい仕事は、ボディーガードくらいなものだ、なあジェラード?」

「……ハッ」


 今日も私たちのボディーガードを務めている、近衛騎士団長のジェラードさんが慇懃に敬礼をする。


「おお、このリンゴなんか、実に瑞々しくて美味そうじゃないか」

「――! よ、よろしければ、いくつか持っていかれますか?」


 アントンさんが慌てて、紙袋いっぱいにリンゴを詰めて殿下に差し出す。


「いいのか? いやぁ、いつもすまないな。おいジェラード、持っておけ」

「……ハッ」


 ジェラードさんが、アントンさんから丁寧にリンゴの袋を受け取った。

 ……実にもったいない。

 どうせこのリンゴも、後で全部捨ててしまうというのに。

 以前もこうしてアントンさんからいただいたリンゴを、王宮のシェフが調理しようとしたところ、殿下が「こんな庶民が口にするような安物のリンゴを、俺に食わせる気か!?」と激高し、一つ残らず捨てさせてしまったのだ。

 だというのに、殿下は定期的に市場を訪れては、市民たちから物を恵んでもらうことをルーティンにしている。

 殿下は、『自分は市民たちから慕われる存在である』という実感がほしいだけなのだ――。




「デリア、何故我が国の経済が、こんなに発展しているかわかるか?」

「……さぁ、浅学な身の上では、見当もつきませんわ。殿下のお考えを伺っても?」


 市場のメイン通りを抜けたところで、唐突に殿下が質問してきた。

 こういう時は、下手に自分の考えを言わずに、さっさと殿下の意見を聞くのに限る。

 この人はあくまで、自分の話がしたいだけなのだから。


「それはな、市民たちがみんな伝統を重んじているからだ」

「伝統を……」

「ああ。経済学者は得てして、『経済の発展には改革が不可欠』だと言う。確かにそれも一理あるだろう。――だがな、真に経済を発展させるためには、先祖代々築き上げてきたものを尊重し、地盤をしっかりと固めることこそが肝要なのさ。地盤が緩い土地には、高い城は建たないだろう? それと同じだ」

「……なるほど」


 高らかに語る殿下のお顔は、実に誇らしげだ。


「とはいえ、悪習は逐次変えていくべきだ。その最たる例が、女性軽視の今の社会だろう」

「……」

「百年前に比べれば大分マシになったとはいえ、まだまだ女性の社会的地位は低い。これからは男女平等の時代。俺が王になった暁には、まず初めにそこに切り込んでいくつもりだ。国民こそが、国の宝だからな。俺は、老若男女みんなが笑って暮らせる国にしたいんだよ」

「それは……、ご立派なお考えですね」


 それが殿下の本心だった場合はですが――。


「アハハハハッ! いてっ!?」

「「「――!!」」」


 その時だった。

 無邪気に走って来た6歳くらいの少年が、殿下にぶつかってしまったのである。

 ――嗚呼!


「――クッ、何しやがんだこのクソガキがあああああッッ!!!!」

「ぎゃっ!?」


 突如激高した殿下が、少年のお腹を思い切り蹴り上げた。

 そ、そんな……!


「俺はこの国の王太子だぞ!? その俺にぶつかるなど、不敬にもほどがあるッ!! クソがッ! クソがッ! クソがああああッッ!!!」

「ご、ごめんなさい……!! ごめんなさい……!!」


 殿下は執拗に、何度も何度も倒れた少年のお腹を踏み続けた。

 ……くっ!


「もうおやめください殿下! 国民は国の宝なのでしょう!?」


 見ていられなくなった私は、殿下と少年の間に割って入る。


「あぁん!? 王太子であるこの俺に仇なす存在が、宝なわけがないだろうがッ! 女のクセに、この俺に逆らうんじゃねぇッ!!」

「――!」


 殿下が拳を大きく振り上げる。

 私は咄嗟に、歯をグッと食いしばった。


「殿下、そこまでです」

「「――!!」」


 が、その殿下の腕を、ジェラードさんが流れるように掴んで止めた。

 ジェラードさん……。


「チッ! ボディーガードの分際で、イキがるんじゃねえよ、アァ!? そもそもオメェがこのガキを止めねえのが悪いんだろうが! もしこのガキが暗殺者だったら、どうするつもりだったんだ、アァ!?」


 殿下はジェラードさんの頬を、バシンと思い切り叩いた。

 くっ……!


「その点は申し訳ございません。ですが、その少年からは悪意は感じなかったもので」


 が、ジェラードさんはまったく動じず、真っ直ぐな眼で殿下を見下ろす。


「いやいや、悪意がなきゃいいってもんでも――」

「トニー!」

「「「――!」」」


 その時だった。

 十代後半くらいの可愛らしい女性が、駆け寄ってきて少年を抱きしめた。

 女性は、それはそれは豊かな胸を携えていた。


「お、お姉ちゃあああん!!」


 トニーと呼ばれた少年は、その女性の胸でワンワンと泣いた。

 ああ、この二人は姉弟なのね……。


「……ホウ」


 女性の顔と胸を舐め回すように見た殿下が、いやらしく口端を吊り上げた。

 あっ……。


「やあやあお嬢さん。実に美しいね。まるで広大な草原に咲き誇る菫のようじゃないか」

「――! フ、フレドリック殿下……」


 ねっとりとした声色で殿下から声を掛けられた女性は、露骨に怯えたような表情になった。


「お嬢さん、お名前は?」

「あ……、ロッティと、申します」

「なるほど、実にいい名前だね。ご両親に感謝しないと」

「りょ、両親は、いません。流行り病で、数年前に亡くなりましたので……」

「そうか。それは残念だったね。――ところでロッティ、先ほど俺は、君の弟さんにぶつかられてしまってね。どうやら足を痛めてしまったようなんだよ。君の家で、治療させてもらえないかな?」

「そ、それは――! ……承知いたしました」


 奥歯を噛み締めながら、震えるように頭を下げるロッティさん。

 ……嗚呼。


「そういうわけだ。俺はロッティの家にお邪魔してくるから、お前たちは2時間くらいトニーの子守りをしてやってくれ」


 私とジェラードさんに、顎で指示を出す殿下。

 私もジェラードさんも、流石に頷きかねる内容だったので、共に無言で殿下を見据える。


「何だその顔は? フン、まあいい。さあ行こうか、ロッティ」

「は……はい」


 馴れ馴れしくロッティさんの肩に手を回した殿下は、そのまま裏路地のほうに消えて行った。

 ……こんな人がこの国の王太子だなんて。

 この国の未来は、どうなってしまうのかしら……。


「お、お姉ちゃぁぁん……。い、いてててて……!」

「「――!」」


 トニー君がお腹を押さえながら、苦しみ出した。

 いけない!


「どこか内臓を痛めたのかもしれません! 急いで病院に!」


 アントンさんから貰ったリンゴの袋をそっと地面に置いたジェラードさんが、トニー君を抱き上げた。

 慌てて私もリンゴの袋を持ち上げる。


「わ、私も一緒に参ります!」

「ありがとうございます、デリア様」


 歯痒い気持ちが滲み出たお顔で、私にコクリと頷くジェラードさん。

 歯痒いのは、私も同じです……!


 この後駆け込んだ病院で、医師からトニー君の無事を聞くまで、私は気が気ではなかった――。




「みんな、今日はとても大事な話がある」


 あれから一ヶ月。

 王家が主催している、国中の貴族が集まるパーティーの最中。

 フレドリック殿下がおもむろに、そう切り出した。

 殿下……?

 この時私の胸に、言いようのない不安の風が吹き荒れた。


「紹介しよう、俺の()()()()()の、ロッティだ」

「「「――!!」」」


 殿下の横に立ったのは、とても平民が買える代物ではない、豪奢なドレスに身を包んだロッティさんだった。

 ロッティさんは気まずそうに、じっと床を見つめている。

 そ、そんな――!?


「どういうことですか殿下!? 我が国は、()()()()()ですよ!?」


 思わず私は声を荒げてしまった。

 だが、流石にこれは黙っていられない。


「まあまあそう怒るなよデリア。俺は前から思ってたんだよ。古い伝統に縛られてばかりでは、時代の流れに取り残されてしまう、ってな」


 前は伝統を重んじることこそが肝要と言っていたクセに……!


「この件は、父上と母上にも了承を得ている。そうですよね?」

「ああ、そうだとも」

「未来の王はあなたです。好きになさい」


 国王陛下と王妃殿下が、鷹揚に頷く。

 嗚呼、ダメだ……。

 このお二人は、昔から一人息子の殿下にはとことん甘い。

 だからこそ、殿下がこんなに増長してしまったというのはある……。


「で、ですが、殿下はこれからは男女平等の時代だと仰っていたではありませんか? 一夫多妻制を導入したら、それが崩れてしまいます……!」

「いやいや、何もわかっていないな、お前は」

「……え?」

「こうして王族である俺が、公爵令嬢であるお前も、平民であるロッティも等しく愛することこそが、真の男女平等の始まりなんだ。俺のやっていることは、言わば男女平等への地盤作りなんだよ」

「…………は?」


 何を言っているの、この人は……?

 いくら何でも、理屈が無茶苦茶だ。

 何というお粗末なポジショントーク――!

 ――もう、ウンザリだ。


「――フザけんなッッ!!!」

「「「――!?」」」

「なっ!?」


 もう我慢できない。


「何が男女平等よッ! あなたは所詮、女を性の捌け口くらいにしか思っていないじゃないッ! それを正当化するために、法律まで変えようとするなんて、あなたに人の上に立つ資格はないわッ!!」

「クッ、き、貴様あああああ!!! 女の分際で、未来の王たる俺に逆らうというのかッ!! 覚悟はできてるんだろうな!?」


 ほらそうやって、すぐ女を見下す。

 男女平等が聞いて呆れるわ。

 あー、でも、本当にスッキリした。

 これで私は死罪だろうけれど、こんな男と結婚するくらいなら、文字通り死んだほうがマシだわ。


「覚悟するのはあなたのほうですよ、殿下」

「「「――!!」」」


 その時だった。

 聞き慣れたバリトンボイスが、私の鼓膜を震わせた。


「……ジェラードさん」


 振り返るとそこに立っていたのは、近衛騎士団長のジェラードさんだった。

 何故ジェラードさんがここに?

 今日は用事があって、このパーティーには出席できないと言っていたのに。


「遅くなってしまい申し訳ありませんでした、デリア様。ですが、やっと準備が整いました」

「……?」


 準備?


「な、何をわけのわからないことを言ってやがる! 俺に逆らうなら、テメェも死罪にするぞ!」

「いえ、もうあなたにそんな権限はございませんよ」

「…………は?」

「――今この時、私はここにクーデターを宣言します」

「な、なにィイイイイイイ!?!?!?」


 そんな――!!

 ジェラードさん――!!


「フザけるな!? 一介の騎士団長に過ぎないお前に、そんなことが許されるわけねーだろう!」

「それが、既に多くの方々から、賛同を得ているのですよ」

「――なっ」


 殿下を取り囲んでいる、有数の貴族たち。

 更には兵士や宰相閣下に至るまで、みんなが冷たい瞳で殿下のことを無言で見据えていた。

 その中には、筆頭公爵である、私のお父様も含まれている。

 いつの間に……。


「クッ……! ち、父上と母上からも、何とか言ってやってください!」

「あ、ああ……、もうお終いだ……」

「ヒイイイイイ!!! イヤァ! イヤよおおおおお!!!」

「……!」


 国王陛下と王妃殿下は、頭を抱えながらその場に崩れ落ちた。

 ……哀れね。

 でも、遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたのかもしれないわね。

 可哀想なのはロッティさんね。

 ある意味巻き込まれた被害者なのに、事態が飲み込めずにあわあわしているわ。


「だ、だが! 国民は!? 国民から慕われている俺を無理矢理引きずり下ろしたら、それこそ暴動が起きるぞ!?」


 まあ。

 この方は、本気でそう思ってらっしゃるのかしら?

 だとしたら、いよいよおめでたいわね。


「ふむ、では、国民の声を直接聞いてみましょうか」

「……え?」


 ジェラードさん?


「どうぞこちらへ」

「……!」


 ジェラードさんは殿下を、バルコニーのほうへと促した。

 私も恐る恐る、後をつける。




「こ、これは――!」


 バルコニーに出ると、王宮の下に、夥しい数の国民のみなさんが集まっていた。


「ジェラードさん、バンザーイ!」

「ジェラードさん、この国をよろしく頼みますよー!」

「ジェラードさん、あなたこそが王に相応しい人だ!」


 みなさん、思い思いにジェラードさんへの賛辞を叫んでいる。

 うん、これが国民の総意というやつね。

 常にポジショントークばかりで自分のことしか考えていなかったフレドリック殿下と、いつも国民のみなさんのために身を粉にして働いていたジェラードさん。

 どちらが国民から支持を得ていたかは、火を見るよりも明らかね。


「ジェラードさん、この前はありがとねー!」


 よく見れば民衆の中には、トニー君もいた。

 ああ、もうあんなに元気になったのね。

 本当によかったわ。


「あ、ああ……、そんな……、そんなああああああ!!!!」


 フレドリック殿下は頭を抱えながら、その場に崩れ落ちた。

 流石親子。

 絶望した時のリアクションがまったく一緒だわ。


「あなたの今後の処遇については、国民投票で決めたいと思っております」

「――!」


 ジェラードさんが微笑みながら、殿下の肩に手を置く。

 まぁ。


「どんな結果が出るのか、どうぞお楽しみに」

「う、うわあああああああああああああああ」


 これぞ自業自得、ね。


「――さて、デリア様」

「……?」


 改まったお顔で、ジェラードさんが私の前に立たれる。

 ジェラードさん?


「先ほどの啖呵、お見事でした。改めて惚れ惚れしましたよ」

「――!」


 いたずらっ子のようにはにかみ、白い歯を覗かせるジェラードさん。


「あ、あれは! 長年の鬱憤が溜まっていたものですから、つい……」


 ああもう、凄く恥ずかしい……!


「いえ、実を言うと直前まで、本当にクーデターなんて大それたことを起こしていいのか迷っていたのです」

「え?」


 そ、そうだったんですか?


「ですが、あなたのあの啖呵で、私も覚悟が決まりました。――やはりあなたはとても強い女性だ。どうかこれからは国母として、共に私とこの国を支えてはいただけないでしょうか」

「――!」


 んんんんんん!?

 そ、それって、どういう……。


「あ、えーっと、あの、その……」


 頭が真っ白になって、しどろもどろになってしまう私。


「ふふ、まあ、時間はたっぷりあります。これからじっくり、あなたを口説かせていただきますね」

「――!」


 蠱惑的な笑みを浮かべるジェラードさんに手を握られる。

 嗚呼、私はきっともう逃げられない。

 そんな予感が胸を占めていた――。



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2024年11月21日(木)

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― 新着の感想 ―
おもしろかったです! フレドリック殿下の分かりやすいクズっぷりが最高でした!!! クーデターですっきり(笑)
クーデター! いやまじスッキリです。 ほんともう、なかなかないくらいのクズ王子でしたからね! ロッティさんは事情が知られてるから大丈夫でしょう^^(と思う)
自分を良く見せたいのは誰しも同じですが、さすがに中身が伴わないハリボテはね…^^; アホ王族三匹はどうでもいいけど、無理矢理側室に召し上げられたロッティを処したりしたら平民からの支持がガタ落ちしそう…
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