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16.この称号に納得しちゃってますよ


 馬車の中に荷物を詰め込み、自分も乗り込む。


 馬車の外にはココナとマツヒデが見送りに来てくれていた。他にも何人かが見物に来ている。


 ここ数日で、俺は少々有名になってしまった。

 なってしまった、というのは嬉しくないからだ。

 俺は有名になりたくないわけじゃない。

 むしろなりたい。

 尊敬の眼差しをこの身に受けたい。

 ちやほやされたい。

「有名になんかなりたくなかったのになあ」と、満更でもない顔をしながら言ってみたい。


 魔物を撃退して活躍した、宝を持ち帰った、みたいなことで名前が知れ渡るのだったら問題はなかった。

 俺が有名なのは

「卑怯な真似をして冒険者から逃げた」

「山道で魔物から逃げ回っていたらマツヒデ様に助けられた」

「そのマツヒデ様を言葉を巧みに操ってボディーガードをさせた」からだそうだ。


 結果、ついた二つ名が『卑怯逃げのハクヤ』。考えたやつをしばき倒したい。


 噂って怖え! 根も葉もないわけではなく、正しい情報から微妙にずれているところがより怖え。悪い噂ってこういう風に形を変えながら拡散していくんだな。


 たしかにうるさかったヤンキー冒険者を仕込みスプレーで目潰しして逃げたし、山道で行きは逃げ回ったし帰りはマツヒデに助けてもらったし、マツヒデは俺の言葉に共感して同行してくれたよ。


 それのどこが卑怯で逃げ回って言葉巧みに……って、あれ?


 噂話と行動がまあまあ合ってないか。

 隠してたスプレーって卑怯だと捉えることもできるし、逃げ回ったのは事実だし、帰りはマツヒデにボディーガードさせてたし。


「うおおおおおお!!」


 馬車の中で叫ぶ。悲しい事実に気付いてしまった。戦えないなりに一生懸命やってきただけなのに。俺って結構酷いやつだったんだ。馬車の中で急に叫んだため、外にいたココナがびくっとして声をかけてくる。


「どうしたの。忘れ物?」

「いや、何でもないです」


 そりゃ『卑怯逃げのハクヤ』なんて名付けられるわけだわ。仕方ない、この二つ名とともに生きていくことにしよう。凄く嫌だけど。


「ハクヤ、気を付けてね。仲間を大切に」

「ハクヤよ、お主の志を大切にするんじゃ。いずれどこかで会おうぞ。仲間を守るんじゃぞ」


 ココナとマツヒデが声をかけてくれる。まだ仲間はいないけど。正直一緒に旅をしたかった。馬車で御者がいるとはいえ、所詮は一人旅。寂しくもある。仲間のひとりでもいれば多少気分も違ったのだろうが、いないものはどうしようもない。

 逃げて逃げて逃げまくって魔王城まで辿り着く。

 自分に言い聞かせる。


「はい、ココナさんとマツヒデさんが魔王メックエイルを倒す日、楽しみにしています」


 涙が出そうになるのを堪えつつ、前に向き直り御者に声をかける。


「では、出発し……」

「ちょっと待ったああああああ!!」

 遠くから声がして、ひとりがこちらに向けて走ってくる。一気に近付くとそのまま馬車に飛び乗ってきた。

「え? ええ?」

「オッケーです! 出発してくださいっ!」


 馬車が走り出す。後ろを振り返る。ココナが手を振り、マツヒデは笑っている。


 急に乗り込んできて向かいに座った人物を見る。ダメージジーンズを穿き、白のTシャツ、薄手のミリタリージャケット、金髪にパーマの女性。よく見た顔。


「て、店員さん?」


 彼女は微笑んだ。






「もう店員じゃないよお、辞めてきたんだから。私はヒカリっていうの。これから一緒に旅をしていく相棒だよ。よろしくね、ハクヤくん!」


 何? どうなってんの?

「い、いやあの理解が追いつかないんですけど、何で店員さんが」

「私はヒカリだってば。あと敬語はやめて、もう店員じゃないんだから」

 人差し指を俺の方に突き出してくる。圧が強い。


「あ、わ、わかりまし、わかったよ。で、ヒカリさん」

「ヒカリ!」

 圧が強いってば。

「ごめん。で、ヒカリ。これはどういう状況がさっぱりわからないんだけど」


 ヒカリはニンマリと笑うと、豊かな胸を張って答えた。


「だからあ、同じ冒険者として一緒に旅する仲間だよって話」


「仲間って、俺は初めて聞いたんだよ、そんな急に」


「じゃあサプライズ大成功ってことだねえ!

 前にも言ったことあるでしょ。私は旅に出るためにギリゾンで働いてお金貯めてるって。もちろん店のオーナーにも伝えてあったから円満に辞めたよ」


「そういえば聞いたな」


「ホントはね、私も旅に出るなら準備もあるだろうし事前に話しといた方がいいかなって思ってて、ココナさんとマツヒデさんに相談したの。そしたらサプライズでいいじゃんって」


 二人が言ってた仲間を大切にってそういうことか。


 ニヤニヤしていたし、知ってたんだな。


 でも酷くないか? 冒険に出るって命がけなのに、仲間になる予定の人物がいて、それを内緒にしているのって。


「最初は私もひとりで旅にでるつもりだったの。けどひとりはあらゆる面で、特に野営のとき危険だって言われてね。じゃあ仲間をって考えたんだけど、私とパーティーを組むのが男だったら余計な危険が増えるだけじゃん? 女だけのパーティーなんてそうそう見つからないしさ。男と組むのは嫌だったし」


「俺も男だけど」


「そこでココナさんが『ハクヤと組めばいいんじゃない? あいつもひとりだし、仲間欲しそうにしてたし。卑怯とか言われてるけど、パーティーメンバーとしては優秀だよ。ハクヤもひとりだと後々苦労するから』って。マツヒデさんも『ハクヤが仲間なら信用できる』と言ってくれたし」


「だから俺は男」


「こうも言ってたよ。『もしハクヤがヒカリに無理矢理手を出すようなら、あたしが魔法でお仕置きするからって伝えとけば大丈夫! あいつは自分の目的を何より優先するから』」


 ココナ何なん? マツヒデと違って普通に性欲あるんだけど。

 本音では仲間ができたことは嬉しい。しかもこんなキレイで性格もいい女性だ。ただ、疑問が残る。


「俺も仲間が欲しいと思ってた。だからヒカリが加わってくれるのは助かるし嬉しい。けど、なぜココナさんとマツヒデさんはサプライズでいいって言ったのか? それとヒカリはその二人に薦められただけで俺をパーティーメンバーに選んで良かったのか? この辺りが疑問だ」


「うーん、言っちゃっていいのかな。ま、いいか。


 最初の質問に答えるとね、たぶんハクヤに仲間になる交渉したら断られるだろうって言ってた。理由はハクヤの戦闘スタイル。逃げるときに仲間がいたら逃げづらいんじゃないか、戦える人が仲間になったら自分が足手纏いになるんじゃないか。仲間は欲しいけど、そういうことを色々考えた結果、仲間入りを拒むだろうって予想してた。


 だったら押しかけて仲間になった方が確実だって言ってたよ」


 悔しいけど正解だ。


「ふたつ目の質問の答えはちょっと恥ずかしいな。


 ハクヤは私に新しい理想を見せてくれた人なの。ほら、前に旅に出たいと言ったでしょ? 実はお金はもう十分貯まってたんだ。

 でも旅に出なかったのは、戦うのが怖かったから。私の能力は戦いには向いてないし、戦うこと自体好きじゃない。だから心のどこかでは諦めてたんだ。私はなんだかんだで一生旅に行かないかもしれないなってね。


 そんなときハクヤのことを知った。マツヒデさんから聞いたよ。知識や道具をフル活用して、魔物から全部逃げながら旅をしてきたって。


 それを聞いたとき、そんなのアリ!? って思ったし、同時に凄いとも思ったよ。皆は『卑怯逃げのハクヤ』とか噂してたけど、私はそんなこと思わなくって、むしろこれこそ新しい理想的な旅の手段だって直感したの」


 俺は何も言わない。ちなみに本人も『卑怯逃げのハクヤ』。この称号に納得しちゃってますよ。


「だからハクヤ、あなたの旅の仕方に憧れてるの。これで理由になってるかな」

「あ、ああ。十分理由になってる。なんかありがとう」


 少々照れくさい。だがヒカリ、この子もまた、俺と同様に戦わずに冒険する道を選んだんだ。仲間としては文句なしだ。


「じゃあ、ヒカリ。もうひとつ聞いていいか?」

「何?」

「ヒカリの女神の加護を知りたいんだけど」

「そうだよね。たぶん役に立つよ。気付いてるかもしれないけど」

「いや、わかるわけないって。そんなことよりハードル上がってるけど」

「ヘーキヘーキ。じゃ、見ててーー」


 ヒカリが両手を前に出して手のひらを上に向け、大きな荷物を抱え込むようなポーズを取る。


 直後、目の前が輝きだすと、手の上に人間ひとりが入れそうなほど大きなカバンが現れた。白い直方体でスーツケースのような形をしている。大きさに反して重さはそれほどでもなさそうだ。ここで俺は今更ながらヒカリが手ぶらで馬車に乗り込んできたことに気付く。当たり前のことだが、荷物なしでは冒険できないのに。


 ヒカリは現れたバッグをスーツケースと同じように開いてパンや酒の入った瓶を二つずつ取り出した。それぞれひとつを俺に渡してきて微笑む。


「そのパンはさっき入れたやつだから焼きたてだよ。オーナーからの餞別なんで食べてね。これが私の能力、『マジックバッグ』っていうの。このカバンの口より小さいものなら何でも入れられて、しかも体積は百分の一に縮小されちゃう。つまりバッグの大きさより百倍の容量があるってことね。


 残念なのは保存状態が普通のバッグと同じで一切変わらないところかな。バッグの中は時間が止まっていて、いつまでも保存できるみたいな機能はついてないんだよね。生ものみたいな賞味期限があるものなんかは腐っちゃうかもしれないから注意だね。

 ただ、魔気もほとんど使わなくて済むの。バッグを出すときと消すときにちょっとだけ。ま、私は他に使える魔法なんてないから魔気を節約できても意味ないんだけどね」


「凄い! 凄いじゃねえか!」


 俺が望んでいた能力だ。


 逃げるために様々な道具を使う俺としては願ってもない加護である。


 無限に収納できたり、時間が止まってどんな食料も新鮮なまま保存できたりすれば最高ではあったが、それはさすがに物理法則を無視しすぎる。地球なら一週間は旅行できそうなサイズのスーツケースに百倍も入れば文句などあろうはずがない。


「でしょ。役に立つって言ったじゃん」

「ああ! ホントに理想的な能力だ」

「えへへ」


 ヒカリも嬉しそうにしている。これはよりスムーズに旅ができるかもしれないな。




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TIPS

 魔法について②

 転移者は女神の加護がない限り、魔気を体内に蓄積できません。蓄積できたとしても使える魔法は限られています。その代わり、蓄積できる魔気の量が現地の人の数百倍だったり、使える魔法がマジックバッグのように特殊なものだったりします。また、女神の加護によっては例外として複数の魔法が使える場合もあります。

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