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だから彼女から奪った(1)

 アイニス・ウィンガはウィンガ侯爵家の養女である。


 もとは、デイリー男爵の娘であった。そのデイリー男爵も男爵位を授かったのはここ数年で、その前は商売人であった。

 商売を成功させ、一代で財を築き上げ、その結果、男爵位を授かったのだ。このように結果を出した者には爵位を与えるのが、レオンクル王国の方針ともいえよう。


 デイリー商会は王都で暮らす人たちを相手に、雑多なものを扱っている商会である。それが隣国の貴族と繋がりを持ったことから、安くて質のよい衣類を扱い始めた。

 そうすると上流階級の人間たちは、こぞってこの商会で服を仕立て、その出来栄えに満足した者は口々に自慢を並べ、その自慢からデイリー商会のよさが広まっていく。

 人のうわさとは、いい意味でも悪い意味でも恐ろしいものだ。

 その真偽すら確認せずに、鵜呑みにする。そういった者たちが、デイリー商会と取引を始める。


 王都一の商会となるまでも、大した時間を要さなかった。

 デイリー商会と取引のある針子や製糸業者など、さまざまな人の生活が潤った。国への経済効果を高めた点が評価され、デイリー商会の会長は男爵位を授かったのだ。


 そのとき、娘のアイニスは十歳であった。また彼女には十歳年上の兄――イーモンもおり、デイリー商会がここまで大きくなったのは彼の活躍があったともされている。


 こううまくいくと、人間とは次の欲が出てくるもの。


 イーモンが年の離れた妹を使って、貴族ともっと深いつながりを持つことを企み始める。

 手っ取り早いのはアイニスを嫁がせること。こちらの資金をちらかせればいい。金が欲しい貴族どもは食いつくのではと、彼は考えた。


 だから彼女がウィンガ侯爵の養女となったのもイーモンの作戦である。ウィンガ侯爵は、先代侯爵が早くに亡くなったことで、若くして侯爵位を継いだが先代ほどの技量はなかった。だから、イーモンに丸め込まれた。


 それでもウィンガ侯爵は、いずれは十八歳年下のアイニスとの結婚も考えていたようだが、イーモンは侯爵以上のとのつながりを狙っていた。


 侯爵令嬢という立場を手に入れれば、王城へと足を運ぶ機会も訪れる。現にウィンガ侯爵が自由に出入りできる、そういった立場にあるのだ。


 イーモンの目論見はうまくいく。


 王太子キンバリーが聖女と婚約したという明るい話題が駆け巡ったのは、アイニスが十七歳のときである。

 イーモンはウィンガ侯爵に、アイニスと聖女がどうにかしてつながれないかを相談すると、やはり彼は王城に出入りしているだけのことはあった。

 アイニスを聖女の相談相手として紹介するとのこと。聖女は神殿暮らしが長いため、貴族とのつながりがないのだ。


 そして、聖女の話し相手として地位を手に入れたアイニスは、ラティアーナとサロンでお茶を楽しんでいた。

 彼女との初顔合わせである。


 解放感溢れる大きな窓から差し込む日差しはやわらかく、穏やかな空気が流れていた。白を基調としてある調度品は品があり、テーブルの足には葉が舞うような装飾が施されている。

 少し離れた場所に、キンバリーがつけたのか、侍女たちが姿勢を整えて立っている。ここからでは、彼女たちにまで話し声は聞こえないだろう。


『ラティアーナ様は、南のはずれのテハーラの村の出身なのですか?』


 アイニスは紺色の瞳をくりくりと大きく広げた。南のテハーラの村といえば、田舎だ。ただの田舎ではない。ド田舎である。

 石造りの可愛らしい家が建ち並び、牛がのんびりと道を歩いているようなところである。


『はい。ご存知かとは思いますが、あそこはとても長閑な場所でして。向こうとこちらの生活の違いに、今でも戸惑うことがあります』

『ラティアーナ様が神殿に入られたのは、十四歳の頃とお聞きしておりますが』


 これもイーモンから聞いた情報である。

 イーモンはどこからともなくラティアーナの情報を手に入れていた。いつ頃神殿にやってきたのか。どこの出身か。

 表面的な内容であるため、どうして? という部分はまったくわからない。それはイーモンの力をもってしても、調べられなかったようだ。


『はい。突然、あのような辺鄙なところに神官たちが来られまして。聖女の素質があるとのことで、こちらに参りました』


 アイニスはラティアーナから神殿での話を聞きたかった。いや、どちらかというと、どうしたら聖女になれるのかという話だ。

 あんな田舎に、なぜ神官たちが足を運んだのかも気になった。神官たちは、聖女に相応しい女性を、自分たちの目で見て回ったのだろうか。そうであったとしても、まずは近い場所から見て回るのではないのだろうか。

 アイニスの元に、神官たちは来ていない。その差はいったいなんなのか。


『聖女の素質とはどのようなものでしょうか』


 少しだけ身を乗り出してみた。聞きたい。教えてほしい。


 だがアイニスの問いに、ラティアーナは「わかりません」と答えた。

 聖女になれる条件を聞きたかったのに、教えたくないのか本当にわからないのか、ラティアーナはそれ以上言葉を続ける気はなさそうだった。

 少しだけ目を伏せ、目の前のティーカップを見つめている。


 アイニスは困ってしまった。これでは話が続かない。アイニスも社交的な人間ではないが、ラティアーナと仲良くしなければならない。少なくとも、次にも会う約束ができるような関係になっておきたい。

 何か、話題を振らなければ。きゅっと胸が詰まる。


『ですが、ラティアーナ様は、竜とお話ができるのですよね。もしかして、それが聖女の素質と呼ばれるものではないのでしょうか?』


 にこやかに微笑んでそう言えたはず。そして、当たり障りのない内容であり、アイニス自身が仕入れたい情報でもある。


 その言葉にも、ラティアーナは首を横に振った。


『竜とお話ができるのは、すべてはこの首飾りのおかげです。これが聖女の証であり、これを身に着けることで竜との会話が可能となるのです』

『その首飾りさえあれば、誰でも聖女になれると?』


 ラティアーナの話はそう聞こえた。

 だが、彼女はアイニスの問いに答えず、静かにカップを傾けて紅茶を口に含む。

 カップの中味が空になった頃、ラティアーナは神殿に帰る時間だと言葉にした。


 ラティアーナから、欲しい答えはもらえていない。すべてが曖昧なまま。


『まだ、キンバリー殿下とお会いしていないのではないですか?』


 アイニスはそれまでの時間つぶしの相手だったはず。


『いえ。今日は、キンバリー殿下とお会いする予定はありませんでした。今日はわたくしの友人となる人物とお会いする予定となっておりましたの』


 少しだけ首を傾げて、彼女はにっこりと微笑む。


『ラティアーナ様は、私を友人とお呼びしてくださるのですか?』

『少なくともわたくしは、そう思っておりますが。アイニス様はいかがですか?』

『いえ……恐れ多いです』


 恥ずかしくなり顔を伏せる。だが、恥ずかしさの他にも安堵感が込み上げてきた。


 義父となったウィンガ侯爵からも、そして実兄であるイーモンからも、聖女の最も近しい存在になれとしつこく何度も何度も強く厳しく言われていたためだ。


 聖女に近づけば、自然と王太子との距離も近くなるというのが、二人の考えのようだ。そして、あわよくば聖女からキンバリーを奪えとも思っている二人なのだ。


『アイニス様。これからも仲良くしてくださいますか?』

『はい、ラティアーナ様。これからもどうぞよろしくお願いします。何か困ったことがあれば、どうか私を頼ってください』

『まぁ。心強いお言葉をありがとうございます』


 ラティアーナは静かに微笑んだ。

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