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だから彼女と別れた(4)

 そもそもアイニスは、ラティアーナの友人にどうかとウィンガ侯爵自らが売り出してきたのだ。


 神殿で暮らしていたラティアーナが、いきなりこちらの生活に馴染むのは難しいし心細いだろうと。同い年の娘がいるから、彼女の話し相手にどうだと。そんな提案だったような気がする。


 昔から王城を自由に出入りできるような身分のウィンガ侯爵の話は、キンバリーも素直に受け入れた。

 ラティアーナにそのことを話すと、彼女も静かに頷いた。


 その後、アイニスも我が物顔で王城に出入りするようになったのだ。王太子の婚約者の話し相手という立派な役目を与えられたと、アイニス本人は思っていたにちがいない。物憂げなラティアーナと違い、アイニスはどこか自身に満ち足りていた。


 だが、ラティアーナだって毎日王城に来るわけではない。神殿での生活があり、竜の世話だってある。孤児院に足を運び、慈善活動も行う。その合間をぬってキンバリーに会いにきて、さらにアイニスとお茶をする。

 その生活を想像しただけでも、彼女が多忙であるとわかる。


 さらに、食事は先ほどキンバリーが口にした質素なもの。むしろ、あれを食事と呼んでいいのだろうかとも思えてくる。

 彼女の身体は限界がきていたのではないだろうか。よく倒れずにいれたものだと、逆に感心してしまう。


「アイニスもラティアーナが変わってしまったと言っていた。出会ったばかりの頃は謙虚であったのに、日に日に横暴さが増していくと……。きっとそれは、私が神殿に金を出してしまったのが原因なのだろうな……」


 サディアスにはラティアーナからそんな様子が感じ取れなかった。

 彼女が王城に足を運んでも、キンバリーがアイニスと一緒にいるときは邪魔をせずに庭園のいつもの場所に座っていた。花冠を作っていたときもあったが、木に寄り掛かって目を閉じているときもあった。


 わずかながらでも手に入れた自由な時間を、彼女は心静かに過ごしていた。


 そんな彼女に気がついたサディアスは、彼女の隣に座って幾言か言葉を交わした。今思えば、彼女の時間を奪ってしまったのではないだろうかという後悔も押し寄せてくる。それでもサディアスは、彼女と話をしたかった。


 ラティアーナも笑顔で受け入れてくれた。

 彼女は変わっていない。むしろ変わったのは、彼女の周囲ではないだろうか。


「私はアイニスと神官長の言葉を信じ、ラティアーナに婚約破棄を突き付けた」


 そこでキンバリーは、ふぅと息を吐く。


「だが、今になって思うよ。アイニスと神官長が言っていたことは、本当に真実だったのだろうか、と」


 悔しそうに目を伏せる。


 サディアスは、この兄が愚かでかわいそうだとも思った。ラティアーナの話をきちんと聞いていれば、どこかの矛盾に気がついたはずだ。むしろ、彼女がそのような人間ではないと、わかったはずだ。


「兄上は、ラティアーナ様ときちんと話をすべきでしたね」

「そうだな……。失ってから、大事なものの存在に気づく。それでは遅いというのに」


 この世に当たり前なんて存在しない。だが、いつものことが当たり前になり、それのありがたみが薄れていく。


「兄上が気にされているのであれば、ラティアーナ様に謝ったらどうですか? もしくは、感謝の気持ちを伝えるとか」

「感謝の気持ち?」

「ラティアーナ様は、貴重な時間を使って、兄上の執務を手伝っていたわけですよね。それに対して、きちんと礼を口にしたことはありますか?」


 その言葉を噛みしめるかのように、キンバリーは考え込む。

 サディアスはその様子をじっと見つめ、彼の次の行動を待つ。


「なかったな……。もしかして、彼女がすんなりと婚約破棄を受け入れたのは、私のせいでもあったのかもしれないな……」

「兄上。ラティアーナ様にきちんと謝りましょう。そして、兄上の気持ちをきちんと伝えるべきです」

「私の気持ち?」

「兄上は気づいていないのですか? ラティアーナ様の話をされるときは、嬉しそうな表情をされているのですよ。ラティアーナ様に好意を寄せていたのではないのですか?」


 指摘された彼は、恥ずかしそうに口元を左手で覆った。きっと、にやけるそれを見られたくないのだろう。


「兄上。だから、彼女と別れるべきではなかったのですよ」

「そうだな……」


 たった一言であるのに、キンバリーからは後悔が滲み出ていた。


「アイニス様のことは、もう一度きちんとお考えください。将来の王太子妃として相応しい相手であるかどうか」

「だが、彼女はラティアーナから聖女の力を引き継いでいる。それがある限り、彼女は私の婚約者なのだよ」


 そうだった。ラティアーナはあの日、聖女の証であり聖なる力の源となる首飾りをアイニスに与えたのだ。


 ラティアーナには未練がなかったのだろうか――

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