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だから彼女はいなくなった(1)

 ミレイナに両親はいない。数年前の厄災と言われる大雨で、両親は家屋ごと山に呑み込まれた。ミレイナも一緒にいたが、奇跡的に助かった。奇跡的に助かったが、家族を失い、家も失った。


 そんなミレイナが行きついた先は孤児院である。

 ここには彼女と似たような境遇の子が多かった。そのため、生活は弱肉強食。取り分けられたはずの食事は、ぼやぼやしていると奪われてしまう。

 生きるために奪い奪われながら、それでも自分より小さな子には分け与える。


 孤児院もけして余裕のある場所ではない。

 みんなが必死になってその日を生きていた。


 ミレイナに転機が訪れたのは、十歳の時であった。神殿から神官たちがやってきて、巫女となる女性を探していた。

 そこで彼らの目に止まったのがミレイナだった。珍しい髪の色に魅せられたのだろう。彼女の髪は、晴れた空を思わせるような色。


 孤児院から神殿へと生活の拠点を移したミレイナは、巫女と呼ばれるようになった。毎朝、眠っている竜のために祈りを捧げるところから一日が始まる。


 竜は、五年前に聖女と共に厄災から人々を守ってくれた。その役目を終え、永き眠りについているとのこと。だから、聖女もいない。

 神官たちと他の巫女たちと、竜に祈りを捧げ、質素倹約な生活を繰り返す。それでも孤児院よりは、食事はよかった。

 奪う人はいない。分け合う相手もいない。自分に与えられた分を、自分のために食べる。


 ミレイナが神殿に来てから十年目。

 竜が目覚めた。


 竜が目覚めると、竜の世話をする聖女がすぐに選ばれる。聖女の役目は、穢れで汚れた竜のうろこを磨くこと。このうろこのすべてが穢れで覆われると、厄災が訪れると言われているからだ。大なり小なり、うろこの汚れと比例するとも言われているが、その辺の真相は竜にしかわからない。


 聖女に選ばれた女性は、月白の首飾りを神殿から授かる。そうすると、聖なる力と呼ばれる不思議な力が与えられる。

 その力をもって、竜の世話をし、国を厄災から救う。


 神殿が聖女として選んだ女性は、ミレイナだった。


 他の巫女からは羨望の眼差しを受けるなか、神官長より月白の首飾りを授かった。

 すると、身体の奥から何か特別な力が湧き出てくるような、そんな感じがしたのだ。

 それが聖なる力と呼ばれる不思議な力である。


 月白の首飾りを肌身離さず身に着けているミレイナは、竜の言葉が理解できるようになっていた。


《腹が減った》


 そう言って竜が食べるのは、人々の穢れである。人を憎み、恨み、妬む気持ちが竜の糧となる。

 穢れを食べた竜は、うろこが汚れる。それをせっせと磨くのが聖女の役目。

 その仕事をさぼると、竜は穢れにまみれ異臭を放ち始める。

 異臭がし始めると、神殿で暮らす者たちに迷惑をかけるだろうからと、聖女はそうならないようにうろこを磨く。


 竜のうろこが汚れるのは、竜が人々の穢れを引き受けているから。その結果、この国は人々が穏やかに過ごせているのだろう。

 聖女となったミレイナは、そう思っていた。

 だから、竜のうろこをせっせと磨く。

 人々が末永く、安穏たる生活を送れるようにと。


 そんな彼女が、ユリウスと出会ったのはその頃だった。


 ユリウスは王国騎士団に所属する騎士で、主に王城の警備を担当していた。


 ミレイナも聖女として王城を訪れることはちょくちょくあった。

 王妃主催のお茶会。そういった名目で訪れることが多かった。


 でもその日は、お茶会の雲行きが怪しかった。

 いつも目立たぬようにと質素なドレスで参加しているミレイナだが、ミレイナがどこかの女性の婚約者を誘惑したとか、そんな話の流れになったのだ。


 ミレイナにとっては寝耳に水の話である。

 そもそも、この場に参加している女性の名前すらよくわからない。どこかの貴族の令嬢らしいのだが、その家名ですら覚えられない。

 彼女が顔と名前が一致している女性は、王妃くらいである。さすがにここだけは覚えた。


 本当は来たくもない茶会なのに、神殿からは王族とのつながりは重要だからと、背中を押されて渋々と参加しているだけにすぎない。

 それなのに、身に覚えのないことで言いがかりをつけられている。

 そして、こういうときにかぎって、主催者である王妃は席を外している。

 いや、彼女がいないからこそ、こういった話題があがったのだ。


 妬み――。


 竜が好きそうな穢れである。


 その結果、ミレイナは参加している女性の一人から熱々の紅茶をかけられた。なぜこのような流れになったのか、ミレイナ自身には心当たりがない。

 彼女たちに言わせると、()()()()()()()が頭にくるらしいのだが、ミレイナにはさっぱりわからない。


 その場にいた侍従や騎士たちが間に入り、それ以上の問題には発展するのを防いだ。

 問題があるとしたら、ミレイナのドレスくらいだろう。いくら質素なドレスといえども、紅茶によって汚れている。その結果、汚れたドレスで、神殿に戻らねばならない。


 ミレイナは軽く息を吐いた。


 聖女は基本的には神殿から出ない。神殿から出るときには、神官が護衛と称して共をする。だが、王城に来る時だけは王城側が護衛と迎えを出していた。


 その日、護衛についてくれたのがユリウスだ。

 神殿には自分のほうから説明すると彼は言った。

 ミレイナには非がなかったことも、こちら側が悪かったことも、すべて説明し謝罪をすると。

 場合によっては、後日、王妃からの謝罪が届くかもしれない。

 だけど、今は王妃が不在で確認できないから、わかり次第連絡すると。

 帰りの馬車の中で、彼はそう伝えてきた。


 ユリウスはとても誠実な騎士であった。


 神官長もユリウスの態度に免じて、今回の件は大事にしないと約束した。それでも今後は、王族主催の催し物への参加について考えさせてほしいと口にする。

 ユリウスはその言葉を国王に伝えると言い、王城へと帰っていった。


 それからしばらくして、王妃から謝罪が届いた。

 神官長もそれには気分をよくし、ミレイナに今後も王族とよい関係を築くようにと命じる。

 ミレイナはその言葉に従った。従うしかなかった。


 それからというもの、何かしら用があって王城に行くときは、ユリウスが護衛についてくれた。

 どうやら彼は、聖女の護衛を命じられたらしい。とても名誉であると、口にしていた。


 閉鎖された空間の中で、ミレイナが知り合える異性というのは限られている。たびたび彼の優しさと誠実さに触れ、ユリウスに惹かれないわけがなかった。

 それでもその気持ちを踏みとどまらせていたのは、やはり聖女という立場があるため。


 けれども、そう思っていたのはミレイナだけでなかったようだ。

 二人は、人の目を盗んで、二人切りで顔を合わせるようになる。

 聖女の近くには、必ず巫女がいた。それは、例のお茶会での事件を受け、お目付け役に神殿側が寄越したのだ。第三者の目が光れば、ミレイナに嫌がらせもできないだろうというのが神殿の考えだ。単純であるが、効果はあるだろう。


 だから、ミレイナはなかなか一人になれなかった。それでも彼女は王城の敷地内は安全だから一人にしてほしいと口にする。


 共に神殿で暮らしている巫女だから、聖女の仕事の大変さを理解しているのだろう。特に、竜の世話。大きくて異臭を放つ生き物。うろこを磨く作業は、体力と気力を使う。


 巫女もミレイナに同情したのだろう。


 ほんの少しだけ、一人になれるのを許された。


 そのわずかな時間を使って、ミレイナはユリウスと会った。

 言葉を交わす時間も限られている。となれば、伝えられないことは手紙に託す。

 幾言か他愛のない話をするだけ。


 そんなささやかな時間がミレイナの楽しみな時間でもあった。


 ミレイナは歴代の聖女の中でも、月白の首飾りとの相性がよかったのかもしれない。

 聖なる力によって、感じられないものを感じられるようになった。それで気になったのが、ベッドの下の床下の場所だった。理由はないけれど、気になった。

 気になったら、それを確認したくなる。


 ベッドの下をのぞき込み、床板に手をかける。驚いたことに、これは簡単に外れる作りになっていた。いや、もしかしたらそれすら聖なる力によるものにちがいない。その力に導かれて、ここを見つけたのだ。


 床下から出てきたのは、手紙だった。誰宛てに書かれた手紙かはわからない。宛名は書かれていなかった。

 自分宛ての手紙ではないだろうと思いつつも、それを手に取って読んでみる。

 結局、誰宛てに書かれた手紙でもなかった。

 だた、聖女と竜の関係について書かれていた。読み進めていくうちに、手紙を持つ手が震える。


 これは、他の者には知られてはならない内容だ。


 ミレイナはすべてを読み終えると、手紙があった場所にそれを戻した。


 今までこれの存在が明らかにされていないことを不思議に思いつつも、震える手で床板を元に戻した。


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