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だから彼女と結ばれた(2)

◇◆◇◆◇◆◇◆


 テハーラの村は、王都から陸路を使うよりも航路を使ったほうが早い。それは、レオンクル王国が、海に面した国であり、弓なりのような形をしているためである。そして王都がレオンクル王国の北側にあって、テハーラの村が南側にあるからだ。

 王都からは三日ほど船に揺られ、降りた港から二時間ほど馬車に乗って着いた先にテハーラの村がある。


 村の入り口で馬車を降りると、モォー、モォーと牛の鳴き声に出迎えられた。


「サディアス様、まずは村長の屋敷へと向かいましょう」


 連れて来た侍従は二人。目立つ行動はしたくなかった。船の中でも、サディアスをサディアスであると気づいた者はいないだろう。髪と顔を隠すかのようにフードを深くかぶっていた。


「そうだな」


 侍従の言葉に従い、サディアスものんびりと歩き出す。手にしている荷物も最小限である。


「本当に田舎……長閑なところですね」


 侍従の言葉を聞きながら、サディアスは大きく首を振った。右手のほうには地平線が見える。その手前には、牛が放牧されているのか、白と黒の塊が数えきれないほどいる。先ほどから聞こえる声の主だろう。


「サディアス様。村長の屋敷は、あそこです」


 一本道の先の小高い丘にある屋敷。その手前には、似たような家が道の両脇に建ち並ぶ。石灰岩で造られた壁に、茶色の三角屋根。田舎にある、心があたたまるような素朴な家。王都にある建物とは雰囲気もがらっと異なる。

 その先にある屋敷は、他の建物よりも一際大きくでっぷりとかまえていて、村全体を見下ろすかのように建っていた。


 この時間帯は、外にいる人が多い。畑仕事だったり、家畜の世話をしたり。先ほどから、やたらと人の姿が目に入った。だが、サディアスの歩いている道からは遠い場所にいるためか、その人だって指一本分の大きさにしか見えない。


 テハーラの村は畜産業が盛んな村である。そんな動物たちの鳴き声が、よりいっそうこの村に穏やかな印象を与えていた。

 馬車一台がやっと通れるような道を進み、村長の屋敷に着いた。


 侍従が叩き金を叩く。


 コツコツ、コツコツ――。


 しばらくして扉が開くと、エプロン姿の女性が姿を現した。不審そうにこちらを見ている。

 侍従が幾言か声をかけると「旦那様は不在ですので、若旦那様に聞いてまいります」とのことだった。

 侍従はその態度に不機嫌そうな表情を見せたが、ただの使用人に判断ができないのは当たり前だろう。それに、サディアスだって身分を隠して訪れている。それを考えれば、この使用人の態度は妥当なのだ。

 不機嫌そうな侍従をなだめるため、サディアスが声をかけると、彼はばつが悪そうに顔をしかめた。この状況をすぐに理解したようだ。


 ふたたび扉が開くと「若旦那様がお会いになるそうです」とのことで、中へと招き入れられた。


 テハーラ村がレオンクル王国の一部になったのも、ここ数十年のことだと聞いている。だから国直轄の村であり、その村をまとめている村の代表を村長と呼んでいる。

 村が国の一部となったとき、当時の国王は村長に男爵位を授けた。

 それが今の村長の前の村長であると記憶している。

 男爵位は一代限りのものであるため、村長が村長になるときに、国王はその村長に男爵位を授けている。


 村長の屋敷といっても、しょせんは田舎の屋敷であり、内装もどこか野暮ったく感じる。それでも掃除は行き届いていた。


「どうぞ、こちらの部屋です」


 ホールを抜けて応接間へと案内された。


「すぐに若旦那様が来ますので、こちらでお待ちください」


 サディアスはソファにゆっくりと腰をおろした。侍従たちは、彼の後ろに並んで立つ。

 この光景で、案内した使用人も関係性を把握したのだろう。

 手早くワゴンを運んできて、サディアスの前にだけお茶と菓子を置く。


「お待たせして申し訳ありません。カメロン・キフトです」


 そう言ったカメロンは使用人に目配せをした。彼女は一礼して、黙って部屋を出ていく。


「まさか、サディアス殿下自ら、こちらに来てくださるとは思ってもおりませんでした」


 サディアスが名乗る前から、彼はサディアスがサディアスであると見抜いたようだ。


「そんな不審な目でみないでください。金色の髪と葡萄色の瞳。レオンクル王国の王太子殿下と同じですよね。それに、侍従を連れてまでこんな辺鄙な田舎にくるとなれば、その王太子殿下の弟であるサディアス殿下である可能性が高いと、そう考えただけです」


「そうですか。では、何も隠す必要はなさそうですね。あらためて自己紹介をさせてください。僕はサディアス・レオンクルです」


 カメロンは微かに口元をゆるめている。だが、その目は笑っていない。サディアスを警戒しているのだろう。


「それで、サディアス殿下はなぜこちらに? わざわざそのように身分を隠してまで。まぁ、こちらとしては、そうやって隠れるかのように足を運んでくださって、助かりますけどね」


 言葉の節節に棘を感じる。


「えぇ、今回の訪問は非公式ですから」

「なるほど。いや、以前。神殿から神官たちがやってきましてね。そのときは、村全体が大変な騒ぎになったものですから」


 そこでカメロンは苦笑した。神官たちの訪問を快く思っていなかったのが、その様子から感じ取れた。


 サディアスが目の前のカップに手を伸ばす。


「田舎のお茶ですから、サディアス殿下のお口に合うかどうかはわかりませんが」

「いただきます」


 使っている白磁のカップも悪くない。縁には金の刺繍が施され、ゆるやかに湾曲した取っ手は、手に馴染む。


 一口飲んで、カップをテーブルの上に戻す。


「なかなか、癖になりそうな味ですね」

「牛糞で作ったお茶です」


 カメロンは笑いつつそう言った

 後ろに控えていた侍従が身体を強張らせたが、サディアスはそれを制した。


「あぁ。言葉足らずで申し訳ありません。牛糞を堆肥にしたという意味です。牛糞を堆肥にして、茶葉を育てます。まぁ、茶葉はこの村では作っていないのですが、牛糞の堆肥をおろしているので。このお茶は隣の町の特産品です」

「なるほど……」


 だが、アイニスにすすめられた隣国のアストロ国のお茶よりは好みかもしれない。

 もう一度カップに手を伸ばして、一口飲む。

 その様子をカメロンにじっくりと見られた。サディアスの訪問を快く思っていない。それだけはひしひしと感じた。

 サディアスがカップを戻すのを見届けてから、カメロンは口を開く。


「話が逸れてしまいました。サディアス様はどういったご用件でこの村に?」


 カメロンがサディアスを試しているようにも見える。


「聖女であったラティアーナ様は、テハーラの村の出身であるとお聞きしたのです。ラティアーナ様にお会いできないでしょうか?」


 カメロンの右目がひくっと動いた。


「ラティアーナという者は、この村にはおりません」

「ですが、ラティアーナ様はこちらの村の方だと。今の聖女のアイニス様が、ラティアーナ様本人から聞いたようです。それに、先ほどもあなたは、数年前に神官がこの村を訪れたと、そうおっしゃいましたよね」

「なるほど。ですが、今の聖女はアイニス様とおっしゃるのでしょう? なぜ前の聖女を探しているのです?」


 そう尋ねたカメロンの眼は、笑っていない。


「ラティアーナ様にお伝えしたいことがあるのです」


 サディアスは、少しだけ視線を下げた。ラティアーナに伝えたいことはたくさんある。キンバリーのこと、アイニスのこと、神殿のこと、竜のこと。そして、孤児院のこと。


「それは、どういった?」


 カメロンの眼が鋭くなった。


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