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だから彼女を好いていた(3)

 サディアスが孤児院内を歩くと、どこからか子どもたちの元気な声が聞こえてくる。

 この時間の子どもたちは活動的だ。

 まずは、子どもたちが集まっている場所へと足を向けた。


 大きなテーブルがいくつか並んでいて、それぞれ子どもたちは好きなことをしている。


 本を読んでいる子。字を書いている子。絵を描いている子。編み物をしている子――。


 ここにいない子どもたちは、厨房にいるか、もしくは外を駆け回っているのだろう。


「今日は、サディアス様がいらっしゃいましたよ」


 マザー長の言葉で、子どもたちの視線が一気に集まった。子どもたちの目はいつもキラキラと輝いているはずなのに、今日は少しだけ淀んでいる。


「サディアス様が、絵本を読んでくださるそうです」


 それがここに来たときの通過儀礼のようなものだった。サディアスは絵本が並んでいる棚から、適当に一冊抜き取った。だが、それですら違和感を覚える。


「これ、よんで」


 よたよたと男の子が寄ってきて、違う絵本を差し出した。サディアスは手にした絵本を棚に戻すと、男の子が渡してきた絵本を開く。

 やはり、今までと何かが違う。その違う何かがわからないまま、サディアスは子どもたちの前で絵本を読みだした。


 そうすると、様子を見ていた他の子どもたちも、ゆっくりとサディアスのほうに近づいてくる。

 少しずつ子供たちの顔にも明るさが戻ってくる。


「……おしまい」


 サディアスの最後の言葉で、ぱちぱちとまばらに拍手が起こった。


「サディアスさま」


 別の男の子がおずおずと絵本をわたしてきた。


「このご本、直せますか?」


 違和感の謎が解けた。ここにある絵本は使い古されているのだ。たくさん読めば読むほど、本も年季が入るのはわかる。それでも、新しい本は定期的に入ってくるはずで、彼らはよくそういった新しい本を読んでほしいと手にしていた。

 その新しい本が見当たらない。


「直してくるよ」


 蔵書の修繕は、素人には難しい。ここは王立図書館に務めている専門家に頼んだほうが間違いない。


 サディアスは男の子から本を受け取った。中身をパラパラと確認すると、中のページがはずれていた。何度も繰り返し読んだのだろう。


「この本が好きなの?」


 男の子は大きく頷いた。


「勇者が竜をやっつけるから、かっこいい」


 もう一度サディアスは絵本の内容を確認する。彼が言う通り、竜が出てくる絵本だ。だが、竜は国を庇護しているため、尊い存在であると、昔から言われている。

 それなのに、勇者に倒されるとは、その教えに反するような過激な内容である。竜を倒した勇者は、子どもたちが作ったとされる花冠をつけ、民から称えられている場面で終わっている。


「他にはどんな本が好き? 次にくるとき、いくつか新しいのを持ってこよう」


 サディアスの言葉に子どもたちは次々と好きなお話を口にした。


「おひめさまが出てくる絵本」

「おいしい食べ物が出てくる絵本」

「動物がたくさんかつやくする絵本」


 子どもたちの言葉に耳を傾けながら、サディアスはゆっくりと立ち上がった。

 いつまでも一か所にとどまってはいけない。


「では、次は、たくさんの絵本を持ってくるよ」


 次にサディアスは、石盤(スレート)で字の練習をしている子どもたちの様子を見て回る。


「じょうずに書けているね」


 教師がついているわけでもない。それでも彼らは手本を見て、丁寧に石筆で文字を書いていく。石盤いっぱいに文字を書くと、布で書いた文字を消し、次の文字を書く。


「サディアス様……」


 字を消し終えた女の子が、ふとサディアスを見上げた。


「ラティアーナ様は、もう来てくださらないのですか?」

「ラティアーナ様は、聖女をやめてしまわれたから」


 それ以上、どう答えたらいいかがわからなかった。来ないと言い切って、彼らの期待を奪うようなことはしたくない。だからといって、嘘もつきたくない。


「この字は、ここを少しはねたほうがいい」


 無理矢理、話題を変えた。


 とりあえず一通り子どもたちの様子をみておきたい。次は編み物をしている子どもたちへと足を向けた。


「きれいに編めているね」


 サディアスが声をかけると、女の子はぽっと頬を赤らめた。


「あの、サディアス様」


 女の子は頬を赤らめたまま、サディアスを見上げた。


「なに?」

「サディアス様は、編み物がわかりますか?」

「ごめん。僕は、編み物をしないから」

「そうですか。ちょっとわからないところがあったので、教えていただきたかったのです。ラティアーナ様が来てくださらないので……」


 ここでもラティアーナである。子どもたちにとって、ラティアーナが教師役だったのだ。


「ラティアーナ様は、もう、来られないのですか?」

「ラティアーナ様は聖女をやめられたので。詳しいことは神殿に聞かないとわからないのです」

「そうなのですね」


 彼女の表情は暗くなった。


 なんとも言えない重い気持ちを抱えたまま、サディアスは他の場所へと移動する。厨房ではマザーと子どもたちが夕食の準備に取り掛かっていた。

 保管されている食材をちらりと確認したが、マザー長が言っていた通り、その量が十分ではないように見える。むしろ、キンバリーが寄付をしているのだから、もう少しましな食材を用意できるのではないだろうか。


「状況は、わかりました……」


 あまりにもの現状に、喉の奥がひりひりとした。以前、ラティアーナがまだ聖女であったときに訪れた孤児院は、こんな状況ではなかったはず。


 マザー長は深く頭を下げた。


 外からはにぎやかな子供たちの声が聞こえている。何をしているのかと思って、外に出てみると、力に自信があるような男の子たちが、薪割りをしていた。こういった力仕事は、人を雇っていたはずなのに。


 ちらりと、マザー長に視線を向けると、彼女は目を逸らした。


「資金が、足りておりませんので……」


 彼女の言葉で理解した。

 他の人に頼めば報酬が発生する。その報酬を支払えないのだ。


 キンバリーの寄付金は、どこに消えたのだろうか。


 孤児院の視察を終え、サディアスは馬車へと乗り込んだ。王城へと向かう。

 カラカラと車輪の回る音が聞こえてくるが、その音は頭の中を勝手に通過していく。深く沈思に耽る。


 半年ほど前、まだラティアーナが聖女であった頃に訪れた孤児院と、今日の孤児院では状況が大きく異なっていた。


 ラティアーナの存在は、孤児院にとっても大きく影響を与えていた。特に子どもたちへの影響は計り知れない。

 ラティアーナを慕っていた子どもたちは、彼女からたくさんの教えを乞いでいた。そんな彼女の代わりになれるような人物は、ぱっと思い浮かばない。

 本来であればアイニスがその役に望ましい。だが、彼女には無理だろう。ただでさえ、現状に手一杯なのだ。


 ラティアーナはどこでも特別な存在なのだ。


 それは、サディアスにとっても――。

 それでもキンバリーの婚約者だからという事実が、その想いに枷をつけた。

 それは今も変わりはない。


 キンバリーがラティアーナを必要としているから、こうやって彼女の足跡をたどっているだけで。


 ぎゅっと、胸がしめつけられた。

 彼女がいなくなる前にこの気持ちをぶつけていたら、現状は変わっていたのだろうか。

 ラティアーナは、自分の隣で微笑んでいたのだろうか。


「……さま、サディアス様」


 侍従に呼ばれ、現実へと引き戻される。

 どうやら、王城へと着いてしまったようだ。


「庭園を散歩してから、戻る」


 サディアスの言葉に、侍従は頭を下げた。


 日は落ち始め、作り出された影もだいぶ長い。

 この庭園は、よくラティアーナと話をした場所だ。


 風に乗るかのようにして歌声が聞こえてきたような気がした。

 頭を振って、その幻聴を追い払った。


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