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だから彼女を好いていた(1)

 ラティアーナは、三日に一度、孤児院を訪れていた。孤児院は王都の外れにある。

 マザーと呼ばれる女性が、身寄りのない子どもたちを預かって世話をしている。マザーとなる女性も、この孤児院の出身である者が多い。


 ラティアーナが孤児院へ足を運ぶと、すぐに子どもたちに見つかってしまう。


『ラティアーナ様、ご本を読んでください』


 新しい絵本を抱きかかえて、子どもたちはラティアーナに駆け寄った。子どもたちは、それぞれ見たことのない絵本を手にしている。


 この本は、王城から送られてきたものだろう。ラティアーナが定期的に孤児院を訪れていることを知ったキンバリーが、いくつか本を贈ったのだ。

 マザーはすぐにお礼状を書いたが、キンバリーは未来ある子どもたちのためにと、返事をよこしたらしい。


 その話をラティアーナはマザーから聞いた。だが、キンバリーに確かめようとは思わなかった。

 子どもたちはラティアーナのことが大好きである。


 本を読んで――。

 一緒にお菓子を作ろう――。

 編み物を教えて――。

 追いかけっこをしようよ――。


 それぞれの子どもたちが、それぞれラティアーナを誘う。一人しかいないラティアーナはそれらを同時にこなすことなどできない。


『ちょっと待っていてね。順番よ』


 彼女がそう言うと、子どもたちも素直に言うことをきく。


 ラティアーナが本を読む。子どもたちは黙ってそれを聞いているが、本に書かれている字を覚えようとする。そうするとラティアーナは、石盤(スレート)に真似をして字を書いてみましょうと言う。


 子どもたちはラティアーナの言う通りに、石盤に字を書き始める。

 そうやって字の練習をし始めた子どもたちに「また、後で見にくるわね」と言葉を残して、厨房へと移動する。


 そこでは別の子どもたちがお菓子を作ろうとしているところだった。子どもたちはラティアーナを待っていたのだ。


『ラティアーナ様、お菓子を作りましょう』


 厨房の作業台の上に並べられている小麦粉は、王城からの寄付金で購入したものだ。この小麦粉で、子どもたちはビスケットを作る。

 ラティアーナはビスケットの作り方を子どもたちに教えると、マザーには火を使う時だけ注意するようにと言づけて、次の部屋へと移動する。


 その部屋では、子どもたちが編み物や刺繍をしていた。

 ここにいる子どもたちは、少し年上の子どもたちだ。自分のことはある程度自分ででき、マザーの手伝いもするような年代。そして、本当にあと一、二年でこの孤児院を出ていかなければならないような子どもたち。

 だからこそ編み物や刺繍を学び、工場で針子として働けるようにと、今から練習をしている。そして作ったものはバザーで売り、孤児院のささやかな収入に当てている。


 バザーには収入を得る以外の役目もあった。こうやって子どもたちが作ったものを売ることで、子どもたちの才能を他の人に示す場でもあるのだ。

 過去にも、バザーで売っていた刺繍をすばらしいと褒めた商人が、その刺繍をした子を針子として雇っている。


『ラティアーナ様、ここがよくわかりません』


 細かい刺繍では、編み図から読み取るのも難しい場合もある。そういったときは、ラティアーナが言葉で丁寧に教える。


『こちらの糸をここに通してみましょう。そう、そうよ。上手にできましたね』


 ラティアーナの言葉で、子どもたちの顔もぱっと明るくなる。


『他にわからないところはないかしら?』


 こうやって子どもたちは、刺繍や編み物の腕をあげていく。

 そんな子どもたちの様子に安心したラティアーナは、建物から外に出た。


 外では、まだ幼い子たちが元気に走り回っていた。


『ラティアーナ様、追いかけっこをしましょう』


 五歳くらいの男の子に手をひかれて誘われたラティアーナは、すぐに鬼ごっこの輪に混ざる。


『きゃ~』

『ラティアーナさまが追いかけてくる~』

『にげろ~』


 子どもたちの元気な声を聞きながら、ラティアーナも一緒に走り回る。

 そうこうしていると、マザーが子どもたちを呼びに来た。


『おやつができましたよ』

『では、そろそろ中に戻りましょう』


 ラティアーナの言葉に従う子どもたちは、一列に並んで中へと戻る。その一番後ろを歩くのはラティアーナだ。


『うわぁ、いいにおい』


 食堂に入ると、ビスケットの甘いにおいが漂っている。


『ラティアーナ様に作り方を教えてもらったんだよ』


 子どもたちはおやつの時間となる。

 それを微笑みながら見送ったラティアーナは、マザーに挨拶をして神殿へと戻っていく。


 彼女が孤児院へくるときは、遠くに神官の姿が見えた。それはラティアーナの護衛だったのだろう。




 ラティアーナは孤児院で子どもたちに字を教え、おやつを共に作り、刺繍と編み物を行い、元気な子どもたちと外を走り回っていた。

 それを終えると、子どもたちと一緒におやつを食べた。


 些細な時間であるが、彼女はそれらを通して子どもたちに自立できる力を身に着けさせていたのだ。


 本を読めば自然と文字を覚える。覚えた文字を書かせることで定着する。

 おやつを作るのは、料理をするための基本事項を教えるため。刺繍や編み物は針子として働くために必要な技量であるし、外を走ることで体力をつける。

 もちろん、子どもたち自身はそれに気づいていないし、もしかしたらマザーも気づいていないかったのかもしれない。

 彼らが孤児院から出たときに、少しでも使える力を身に着けてほしいという思いがラティアーナにはあったのだ。


 今ではデイリー商会のお針子として働いている少女は言う。


『ラティアーナ様のおかげで、こうやって仕事を得ることができました。針子としての仕事はもちろんですが、読み書きも少しはできますので』


 ラティアーナが孤児院に足を運んだのは、たった二年であったのに、それでも子どもたちはめきめきと能力を身に着けていたのだ。


『ラティアーナ様が……聖女をおやめになったとお聞きしたのですが……』


 彼女もどこか言いにくそうに尋ねてきた。それでもラティアーナがどうしているのか、気になっているのだろう。

 ラティアーナが今、どこで何をしているのか、誰も知らない。神殿ですら把握していないのだから。


『そうなのですね……。ラティアーナ様には、感謝しても感謝しきれません』


 彼女は微かに微笑んだ。



 さらに、同じくデイリー商会で働いている少年も口にする。


『ラティアーナ様が孤児院に来て下さるようになったのは二年前ですが、それまでと僕たちの生活はがらりと変わりましたよ』


 彼は体力があるため、主に商会で扱う商品の荷下ろしを行っている。


『それまでは、僕たちもマザーも。ひもじい思いをしていましたからね。ここだけの話ですが……』


 そこで彼は少しだけ声を落とす。


『昔から寄付というものはあったらしいのです。だけど、その寄付は孤児院ではないところに流れていたみたいなんですよね。誰の寄付がどこにいっていたんでしょうね。不思議です』


 そう言って首を傾げた彼は、本当に不思議そうに目を細くしていた。


『だけど、ラティアーナ様が孤児院に来てくださるようになってから、その寄付というものがきちんと届くようになったんです。最初の寄付と、届けられた寄付が同じところからのものかどうかはわからないですけど』


 この子は賢い。

 だがそこで、彼は商会の人間から呼ばれた。


『あ、すみません。もう、休憩時間が終わるので』


 貴重な時間に付き合わせて悪かったと言うと、彼は『久しぶりにラティアーナ様の話ができて嬉しかったです』と、笑みを浮かべていた。


 ラティアーナは孤児院の子どもたちから好かれていた。そして、同じくらい感謝されている。


 ラティアーナは今、そんな子どもたちのことをどう思っているのだろう――。



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