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だから彼女を騙した(1)

 神殿には国を庇護する竜がいる。その竜の世話を行っているのは神官と聖女である。

 また神殿には、聖女や神殿で生活する者たちの世話をする巫女と呼ばれる女性たちもいる。巫女は聖女と異なるため、竜には近づかない。竜に向かって祈りを捧げるだけ。


 特に聖女には、竜のうろこを磨くという仕事があった。このうろこを磨く仕事は、意外と重労働であるが、その大変さを知っているのは、もちろん聖女のみである。

 それでも聖女が竜のうろこを磨かねば、宝石のように輝くうろこは次第にくすんでいき、すべてのうろこが穢れで覆われたときには、この国へ厄災をもたらすと言われている。だから聖女は、竜のうろこを磨く。


 だが、聖女だって不老不死ではない。そのため、聖女が不在になると竜は眠りにつき、竜が眠りから覚めると聖女が選ばれる。

 聖女は竜のうろこを磨くために選ばれ、竜はうろこを磨いてくれる聖女がいなくなれば、長き眠りにつく。


 聖女が先か、竜が先か――。

 それが竜と聖女の切っても切れない関係でもあった。


 ラティアーナの先代の聖女が神殿にいたのは、今から二十年ほど前と聞いている。だが、正確な年まではわからない。


 その先代の聖女が不慮の事故で亡くなったため、竜は眠りについた。

 竜が眠っている間、不思議なことに厄災は訪れない。レオンクル王国は年中穏やかな気候を保ち、嵐も干ばつも害虫被害も起こらない。それが、二十年ほど続いた。


 だが、その竜が突如として目覚めた。

 永き眠りから竜が解放されたとなれば、竜の世話人として聖女を決めなければならない。


 聖女は、貴族の娘だろうが、孤児であろうが、竜が気に入った娘であれば誰でもよい。年齢も、特に決まっていない。それでも選ばれるのは十代後半から二十代前半の女性が多かった。


 それは、竜のうろこを磨くという重労働も関係しているのだろう。それに耐えられるだけの体力が必要だ。


 十数年ぶりに目覚めた竜は、いきなり「ミレイナの娘を連れてこい」と言った。

 そうやって竜が一人の女性を指名するのも、異例中の異例である。今まで聞いたことがないし、文献にも記載されていない。

 いつもであれば、神官が聖女に相応しい女性を選び、その女性を竜に引き合わせ、その中から竜が選んでいた。竜がどのような基準で、複数いる聖女候補から一人に絞るのかはわからない。


 また、ミレイナとは先代の聖女の名である。その聖女に娘がいたなど、神官たちは知らなかった。


《あれの記憶が流れてくるからな……。我に隠れて穢され、子を産み落としていた》


 竜が寝そべりながら、神官たちに命じる。


《一か月以内に娘を連れてこなければ、この国がどうなるか。賢いお前たちならわかっているのだろう? 我のうろこは徐々に汚れ始める。お前たちの憎悪が、我のうろこを穢すのだよ》


 腹の底に響くような声。ずっと聞き続けていると、頭が痛くなるような声。


「ですが、ミレイナの娘がどこにいるのか……。我々には皆目見当がつきませぬ」


 神官長が、こめかみを押さえながら尋ねた。


《なるほど。あやつは、それほどまで巧妙に穢れを隠していたのか》


 くつくつと喉を鳴らした竜は、どこか楽しそうにも見える。


《娘は、この国の南にあるテハーラという村にいる……。この村は、ミレイナの故郷か? いや、違う。穢れの故郷か……。ふむ》


 竜が身体を揺すると、地面も揺れる。ミシミシと神殿の柱が音を立て、ぱらぱらと柱のつなぎ目から、石膏が落ちる。


 竜の言葉は絶対であり、間違いはない。

 神官たちはその言葉を信じ、それに従う。




 神官たちは、すぐに南にあるテハーラの村へと向かった。ここは長閑な村である。

 石造りの民家が建ち並び、どこから鈴の音が響いてくるし、牛の鳴き声が聞こえてくる。

 家のない場所には、田畑と牧草地が広がっており、広い畑では子どもたちが駆け回っていて、ときおり子ども特有の甲高い賑やかな声が耳に入ってくる。

 高い建物もなく、山もない。透き通るような空はどこまでも続いている。

 ここだけ時間がゆっくりと過ぎているのではと勘違いしてしまうほど、穏やかな場所であった。

 そんな田舎に神殿から三人も神官たちがやってくれば、誰だって驚く。


 畑で遊んでいた子どもたちは、立て襟の平服と黒い上着に身を包む神官の姿を見つけると、興奮した様子で大人たちに知らせに走った。となれば、大人から大人へも話しが広がっていく。

 長閑で建物が密集している村だから、あっという間にその話を知らない者はいなくなる。


 神官がわざわざこのような田舎の村をなぜ訪れたのか――?


 誰もがそう疑問に思いながらも、神官に問い質すような者はいない。

 皆、遠くから三人の神官を眺めるだけ。

 神官たちは迷うことなく、この村の代表である村長の屋敷へと足を向けていた。


 となれば、村長の屋敷で神官たちをもてなす必要がある。屋敷に彼らが休める部屋を用意し、食事を振舞う。

 村長とその息子のカメロンは、少々緊張しながらも、神官たちと夕食を共にした。

 長閑な村なので、贅沢な料理など用意はできない。それでも神官たちは始終にこやかに、料理も素材の味が生きていると褒めながら、口にしていた。


 その食事の席で、神官はこの村に聖女がいると言った。


『国のために、彼女を神殿に預けてほしい』


 こんな田舎の村から聖女が輩出されるなど、たいへん名誉なことである。

 そう思った村長は、息子のカメロンと顔を見合わせてから、二つ返事で了承した。

 神官たちは破顔し、感謝の言葉を口にする。


 だが神官が聖女として選んだ女性がラッティと知ると、村長とカメロンは激しく後悔した。

 ラッティは父親と二人暮らしであり、その暮らしは慎ましい。だが、子どもたちから好かれ、村人からも慕われている。

 彼女の父親はこの村の出身であるが、王都の学園へと通い、そこで騎士として王都の警備や要人の警護などに従事していた。

 そこで伴侶と出会い、結婚を機に故郷であるこの村へと戻ってきたのだ。そして二人の間に生まれたのがラッティである。

 自然と、同じ時期に生まれたカメロンと仲良く育つ。

 ただ、ラッティの母親は、彼女産んですぐに亡くなってしまった。


 村長は、カメロンの相手が騎士の娘であるラッティであれば、なんら問題ないと思っていた。何よりも、カメロンがラッティを慕っているし、ラッティもカメロンを慕っている。お互いの気持ちが一番だと、カメロンの母親は言っていた。


 そんな状況でありながらも、ラッティとカメロンのほうが大人だった。

 彼らは現実を受け入れ、別れを惜しんだ。

 カメロンは黙って唇をかみしめ、ラッティの背を見送った。彼らはけして涙を見せなかった。


 ラッティの父親は、幾言か神官に文句を言ったらしい。言い合いしている様子を、村の者が目にしていた。父と娘で二人暮らしをしていたのだから、彼の気持ちもわからなくはないと、目撃した村人も同情する。


 それでもラッティは神官たちと共に、神殿へと向かったのだ。


 だが、その後すぐに、彼女の父親は不幸な事故で亡くなってしまった。

 それは、ラッティが旅立った次の日。農業用水をためておく沼に浮かんでいた。

 沼の周りを散歩していて、足を滑らせ、誤って沼に落ちてしまったのだろうと、村の者たちは思った。

 だが、村長とカメロンはそうは思っていない。


 彼らは、旅立ったばかりのラッティを不安にさせないようにと、しばらくの間、父親が亡くなったことを黙っていた。

 ひっそりとラッティの父親を弔った。

 カメロンは静かに目を伏せた。


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