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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

切り裂き姫は愛する妹に拒絶され、幼女化する

作者: ヤスゾー

 その姫君、絶対無敵。

 立ちふさがるものは、ただ「死」あるのみ。


「うおおおぉぉぉ!!!!」


 大勢の兵士達が一人の姫を取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。

 姫は愛器のロングソード二本を持ち、鋭い目つきで相手を睨んだ。とても17歳とは思えぬ気迫だ。


「……」


 敵兵達が刃先を向け、あわや串刺しというところで、姫は身体を翻す。

 その速さは疾風が如く!

 相手が虚をつかれたところを狙い、姫は次々と兵士達をなぎ倒していく。

 先ほど、大勢の兵士達が士気を高め、進撃していたはずなのに。

 ものの数分で、彼らは屍と化したのだった!




「お見事でございます」


 敵兵が退いて行くのを見計らって、長く白いひげを生やした魔導士が姫に近づいた。

 彼は魔法を使って、姫の傷ついた身体を癒し、返り血で汚れた鎧を綺麗にしていく。

 鎧といっても、重苦しい金属を全身で覆っているわけではない。

 急所となる胸には鉄製のガードが施されているが、基本はショートパンツにロングブーツといった装いである。


「今回の強化魔法も良かった」


 風が吹くと、姫の長い黒髪がなびき、国花であるザモラの花を象った髪留めも、静かに揺れた。


 戦場だと言うのに、このような軽装な姿でいられるのは、魔法のおかげだ。

 この世界に「攻撃魔法」はない。

 傷や病気を治す「治癒魔法」、全てのもの性能を強くする「強化魔法」が全てだ。

 ゆえに、この世界では、動きやすい衣服に強化魔法をかけて戦うのが主流であった。

 十七歳の少女が、たった一人で大勢の兵士と倒せるのも、強化魔法のおかげ。

 もちろん、少女自身に剣術のセンスがある事が大前提だ。


「すげーな。これ、世界最強と言われたズハイヨツ国の特殊軍隊だったんじゃねえの? 一人で倒したのかよ」


 魔導士の後ろから、七色の髪色をもつ若い男が現れた。

 髪色も派手だが、着衣している服も原色だらけの派手な男だ。しかし、その頭の回転の早さは尋常にあらず。わずか十九歳にして、この国の軍師の一人であった。


「世界最強?」


 姫はロングソードの刃先についた血のりを振り落とし、二本同時に鞘へ収めた。


「群がるハエかと思った」


 どんな強敵も切り裂き、たった一人で国一つを滅ぼすとまで言われた最強の姫君・ヘルガ。

 人は彼女を「切り裂き姫」と呼ぶ。



⚔ ⚔ ⚔


 この世界に、「慈悲」や「情け」という言葉はない。

 なぜなら、強き者こそが国を治める「王」であり、勝者こそが「正義」だからだ。

 「殺られる前に殺れ」が世界の常識である故、どこでも戦争が絶えない。


 ここ、キテム国も戦争真っ只中であった。

 王が前線に出て、次々と国を滅ぼしては領土を広げていくので、敵が増えるのは必然。

 父王が留守の間、キテム国を守っているのが、この国の第一王女ヘルガだ。

 老魔導士アーロンと天才軍師グリゴリーの協力の元、次々に襲ってくる敵をなぎ倒し、国を守っているのである。


 強敵ズハイヨツ国との戦いの後、ヘルガ姫は王城に戻り、最上階へと足を運んだ。


「姫。お召し物を変えられては……」

「いい。構うな」


 魔法で綺麗にしているとはいえ、未だに戦闘服の姿でいる姫の周りに、侍女たちがドレスを持って囲む。

 だが、ヘルガ姫は歩みを止めない。

 最上階には彼女にとって、何物にも代えがたい「宝物」が待っているのだ。


 それは……。


「おかえりなさい、おねえちゃま」

「オルたぁぁぁぁあん!!!」


 城全体に響き渡るような絶叫が、こだました。

 切り裂き姫ことヘルガ姫の目はとろけ、口元は緩み、頬は恍惚としている。

 そう。ヘルガ姫の「宝物」とは、12歳年の離れた幼い妹の事である。

 ヘルガは妹オルガを抱きかかえ、そのマシュマロのような頬に何度も何度も頬ずりをした。


「オルたん、かわいいよ~! オルたん、最高だよ~~!!」


 あまりの興奮に、よだれが出ている状態だ。

 幼いオルガはそれを気にする事なく、姉の髪を小さな手で撫でた。


「たたかい、たいへんだった?」

「そんなの、オルたんを守るためなら、何てことないよ~~!」

「おねえちゃま。いつもありがとう」

「ぶはっ!!!!」


 天使の笑顔に、姫、鼻血を噴射。

 ヘルガの戦闘服だけでなく、オルガのピンクのドレスも血で染まり、真っ赤になってしまった。

 見かねて、オルガの乳母アンナが歩み寄る。


「ヘルガ様。落ち着いてください」

「だって、だって! 私のオルたん。こんなに可愛くて可愛くて可愛いんだよ!!」


 ヘルガは自分の鼻を押さえているが、鼻血が止まる気配はない。

 このままではますます汚れてしまうと、アンナはヘルガ姫の腕からオルガ姫を引き離した。


「あ、そうそう。オルたん。今日はいいお土産を持ってきたの」


 オルガを喜ばそうと、ヘルガはある物を取り出した。

 それは右腕だった。

 人間の。


「きゃあああああ!」


 アンナ、絶叫。

 切り落とされてからまだ時間は経っていないのか、腐ってはいない。しかし、明らかに人の肌の色ではなくなっていた。


「ほら、見て。面白いのよ。ここを引っ張ると、指が動くの」


 切り落とされた箇所から飛び出ている細い骨を引っ張ると、右手の親指が動いた。

 面白いでしょ? とヘルガは笑うが、アンナは再び絶叫した。


「嫌ああぁぁ!!」


 二度にわたる絶叫に、さすがのオルガも泣いてしまう。


「うわあぁぁぁん!!」


 こんなの幼い子供に見せるべきではない。

 思わず、アンナはオルガの目を手で覆った。


「ヘルガ様、それはオルガ様にはまだ早いかと……。ずっと泣いておられます」


 切り裂き姫の機嫌を損なわないように、アンナは言葉を選ぶ。

 夫を亡くしたアンナにとって、この仕事は幼い息子と生きていくために、必要不可欠だ。ヘルガ姫の機嫌を損ね、職を失うわけにはいかない。


 ヘルガは少し考えて、泣き喚くオルガに謝った。


「そうね、ごめんね。捨てておくわ」


 そう言って、窓からその腕を雑に投げ捨てる。

 下から「ぎゃー! 空から腕が落ちてきたぁ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。

 同情を覚えながらも、アンナは聞こえないふりをするしかない。


「さ、さあ、お召し物を変えましょう、オルガ様」


 逃げるように、アンナは部屋の奥にオルガを連れて行く。

 オルガはまだ涙目だったが、素直に「うん」とうなずいた。


「おねえちゃま、まっていてね。おきがえしたら、あそぼうね」

「待ってる待ってる! おねえちゃんもおきがえして、待っているから!」


 ニコニコ顔で、大きく手を振っている。鼻血はダラダラ出っ放しだ。

 こうやって見れば、ただの面倒見のいい姉だ。

 人の腕を平気でオモチャにするような人間には、とても見えない。


(これが切り裂き姫……)


 オルガ姫には悪いが、この場に息子キリトがいなくて良かったと、アンナは思わずにはいられなかった。



⚔ ⚔ ⚔


 それから十年後……。

 第二王女・オルガは立派に成長した。

 どこの戦場に出しても足を引っ張ることなく、他の兵士達と引けを取らないほど強くなっていた。


「姉さま。彼らをどこへ連れて行くの!?」


 赤のミニスカート、胸にはプロテクター。黒々とした髪を短く切った、この戦士こそオルガ姫である。

 この頃のキテム国の領土は、十年前と比べて二倍となった。

 当然、敵も二倍。

 しかし、それでも国土を守れているのは、二人の姫君が盾となり矛となり、守っているおかげである。


「オルたん。今日も大活躍だったわね」


 第一王女ヘルガは勢いが衰えない。

 今回の戦いでも、敵兵を刻んで刻んで刻みまくっていた。

 朝から戦い続け、日没になった今でも疲れが出ていなかった。


「彼らは捕虜じゃないのか!? 武器を捨て、降参した、と聞いているぞ」


 オルガは姉ヘルガの後ろに並んでいる、たくさんの敵兵達を指さした。みな、両手を後ろで縛られ、一列に並べられていた。その顔は青ざめ、目は虚ろ、かなり疲弊している。


 ここ数年、この世界でも「降参」という心得が出てきた。

 武器を捨て、両手を挙げた場合、攻撃してはならぬという新しい決まりだ。

 だが、新しく出来たルールゆえ、それを適用しない国や武将は当然出てくる。


「コウサン? 何それ?」


 そう言うやいなや、ヘルガ宙を舞った。

 縛られた兵士達の列に入り込み、ロングソードを振り回していく。

 あっと言う間に、捕虜達は刻まれ、次々に倒れていった。

 為す術もなく、オルガはその様子を見ている事しかできない。


「あ……あ……」


 ものの数分で、絶命した捕虜達。


「もうオルたんは優しいんだから。それじゃあ、いずれ寝首をかかれちゃうぞ☆」


 ヘルガの愛用のザモラの髪留めが夕日に反射する。彼女は死体の山に踵を返して、陣地へ帰っていった。


 ヘルガの軽い口調とは反対に、オルガの表情は重い。

 先ほどまで生きていた命を見渡して、拳を強く握る。


「あちゃー。遅かったか」


 後から軍師グリゴリーと魔導士キリトがやって来た。

 道化師のような派手な衣服を着ているグリゴリーは、七色の髪の上から頭をかく。


「最近は、「敵の命も大事な命」みたいな風潮があるからさ。こういうのは困るぜ」

「うっ……。すごいな……」


 キリトはむせかえる血の匂いに、鼻をつまむ。

 魔導士キリトはオルガの乳母アンナの息子だ。

 年の近いオルガとは、子供の頃よく遊んでいた幼馴染である。

 そんな彼も、今や国を代表する魔導士となっていた。


「大丈夫ですか? オルガ様」


 戦場で傷ついた幼馴染の傷を、キリトは心配する。

 だが、今のオルガは身体よりも心の傷の方が深かった。


「大丈夫。それより埋葬しよう。……手伝ってくれる? キリト」


 乳母アンナの影響だろうか。

 妹姫のオルガは姉とは反対で、敵にも味方にも生死関係なく思いやりを表わした。


「もちろん」


 ふんわりとした笑顔で、キリトは応える。 

 彼の優しさを象徴するその笑顔に、オルガの心が少し癒される。

 魔導士キリトは、第二王女と軍師に強化魔法をかけた。

 これで固い地面を掘りやすくなったはずだ。


「え、俺も?」


 まさか自分にもかけられると思わず、軍師は己を指さした。

 だが、キリトは穏やかに笑うだけだ。


「やりたくなければ、別にいいんですよ」

「……ちっ。わかったよ」


 負けた人間の事なんか知った事ではない。

 本心はそうであったが、近ごろ流行りの「友愛精神」の事を考えると、グリゴリーも従うしかなかった。




 価値観の違いがあれども、何となく上手くいっていた姉妹であった。

 しかし、ある出来事をキッカケに二人は仲違いをしてしまう。


 それは、妹オルガの縁談から始まった。


「オルたん……いえ、オルガに縁談?」


 キテム王国の謁見の間。

 この国を動かす大臣達や公爵を中心とする諸侯が、数多く集まっていた。

 王座に座るのは、第一王女のヘルガだ。

 相も変わらず、戦三昧の父王は、政を全て第一王女ヘルガに任せていた。

 しかし、戦いの鬼である彼女だけでは、とてもうまく政を回せない。そこで、軍師グリゴリーが宰相を務め、ヘルガをサポートしていた。

 公務の間に浮上した事案について、王座に座る姉ヘルガは眉をしかめる。水色のプリンセスラインのドレスを着た彼女は美しくたおやかだ。とても切り裂き姫には見えない。


「別におかしくねえだろう? オルガ姫さん、もうすぐ十六歳なんだから。妙齢だろう」


 この宰相は頭がいいのだが、敬語が話せない。

 だが、いつも最適格な指示を出すので、父王もヘルガも彼の無礼な口調を許していた。


「姉さま。私……」


 オルガ本人は、この謁見の間にいる。

 赤を基調としたAラインのドレスを着た彼女は、姉と同じで、戦の時と違う顔を見せる。今は落ち着いた清楚な令嬢そのものであった。


「婚姻を通して、我が国と同盟を組みたいんだろうさ」


 宰相グリゴリーが進言すると、ヘルガ姫は首をかしげた。


「おかしい」

「あん?」

「なぜ、オルガが? 私には今までそんな話なかった」

「……誰がお前みたいな女、嫁にするんだよ……」

「……」


 次の瞬間。

 グリゴリーの首筋に短剣が当てられていた。

 謁見の間にいる誰もが息を呑む。

 いつ、剣を抜いたのか、誰も見る事は出来なかった。さすがは「切り裂き姫」ともいうべき、早業である。

 冷たい感触に、宰相の背中に冷や汗が流れる。


「もう一度、聞く。グリゴリー。なんで、私には縁談がないのだ?」

「あ、あまりにも偉大で美しく、話しかけづらいんだろうな……」


 見え透いたお世辞を言って、何とか言い逃れをする。


「そう」


 淡々と言い捨てると、ヘルガは短剣からグリゴリーを解放した。

 そもそも殺す気はなかった。

 グリゴリーを失ったら、戦はともかく政が立ち行かなくなってしまう。


「オルガが嫁ぐことはない」


 ヘルガは妹の縁談をはねつけた。


「オルガはずっと! 私の側にいるべきだ。そんな、見知らぬ男に、可愛い妹はやれない」


 その言葉を聞いて、オルガは不本意な結婚が避けられたと安心した。と、同時に不安にも襲われた。

 姉の庇護という名の鎖が、自分を縛っていくようだった。


「姉さま、私……」

「ね、オルガ。あなたはどこにも行かないでしょ?」


 玉座から立ち上がり、姉は妹の隣に歩み寄る。

 その顔は他の人間に見せる事のない、優しい笑顔を浮かべていた。

 だが、妹オルガは寒気を覚えた。


「ね、姉さま……」

「ずっと私と暮らしていくの。あなたもそれを望むでしょう?」

「……」


 オルガは唇をかみしめた。

 周囲が姉を咎める事はない。姉は代理でありながら、絶対王君である。たまに悪態をつくのは、グリゴリーくらいなもので、基本、皆、ヘルガ姫に服従していた。

 切り裂かれてはたまらないからだ。


「私、結婚したい人がいるんだ……」


 故に、ただ黙っていても誰も助けてはくれない。

 自分を助けられるのは、自分だけなのだ。

 それはどの世界でも、どの時代でも同じだ。

 オルガは勇気を振り絞って、自分の意志を姉に伝えた。


「……はい?」


 ヘルガは自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 今まで素直にいう事を聞いてきた妹が、何か歯向かうような事を言ったような気がする。

 空耳かと思ったが、それは空耳ではなかった。


「私、キリトが好きなんだ。だから、結婚するならキリトがいい」

「……」


 謁見の間がざわつき始めた。

 そして、みんなが若い魔導士に注目する。


「オルガ王女……」


 大勢の視線が集まる中、若い魔導士キリトはオルガ姫を見つめていた。

 否定もせず、慌てた様子を見せないところを見ると、前からオルガの気持ちを分かっていたのだろう。

 だが、姉のヘルガは許さない。


「な、何を言っているの……?」


 いつも冷静沈着であった姫の声が上ずっている。

 一番信頼していた妹が自分とは違う意見を言ってきた事が受け入れられず、混乱しているように見えた。呼吸が浅くなり、手に落ち着きがなくなってきている。


「キリト? キリト~!?」


 ヘルガ姫は、魔導士キリトを睨みつけた。

 切り裂かれるのではないかと、キリトの周囲にいた諸侯達は彼から一歩退く。


「乳母の息子か!? ハッ! 大した身分でもないし、顔だって人並み! 魔法の力も先代アーロンに比べたら全然、魔力が無いではないか! アハハハハハッ!!」


 オルガ姫は嫉妬していた。

 妹が自分以外に好意を寄せている事が、悔しくて仕方がないのだ。嫉妬の炎がヘルガ姫の心を焼き、らしくない言動を繰り返す。


「オルたんに、あんな男は相応しくない」

「……」


 オルガの勇気は、残酷にも打ち砕かれてしまった。

 妹が姉に絶望したのは、今日だけではない。

 戦場の時だって、敵とあれば次々と皆殺しにしていく姉を何度も諫めたが、聞いてはくれなかった。

 戦は姉の方がエキスパートだから、と我慢してきた。

 しかし、今回、好きなキリトの事を悪く言われて、さすがに黙ってはいられなかった。


「……いだ……」

「え」

「姉さまなんか、大嫌いだ!」


 目に涙をため、オルガは姉に敵意を向けた。

 キリトとは身分が違う。

 それは分かっていた。叶わぬ恋だとも重々承知だった。

 それをバカにされたように、姉に笑われ、たまらず妹は謁見の間から飛び出した。


「オルガ姫!」


 キリトが名前を呼ぶも、ただ虚しく響くだけ。

 ヘルガ姫に一礼し、キリトもオルガ姫の後を追うために、謁見の間から出て行ってしまった。


「……」


 取り残されたヘルガ。

 最愛の妹に「嫌いだ」と言われた。その鬱憤を、周囲の人間を切り刻む事で晴らすのではないかと、皆、ヘルガ姫から離れる。


 そこに。


「大変です!」


 憲兵の一人が、謁見の間に入ってきた。

 肩で息をし、震えている様子を見て、宰相グリゴリーは尋常ではない状況を察した。


「どうした?」

「ズハイヨツ国の軍勢が攻めてきました!」

「えっ!? またかよ!」


 ズハイヨツ国は、十年前にキテム国が戦で大いに負かせた国だ。

 あれで懲りたのかと思ったが、ずっと機を狙っていたようだ。


「国境付近の地図を出せ。あとズハイヨツ国の動きに探りを入れるように、数名の兵士を向かわせろ」


 戦には慣れているグリゴリーは、てきぱきと指示を出す。

 突然の襲撃の報せに、茫然と立ち尽くす諸侯達。

 グリゴリーは手を叩いて、目を覚まさせた。


「何、ボーっとしているんだよ! 戦だ! 戦! 準備しやがれ!!」

「はっ!」


 広間にいる人間は慌てた様子で、謁見の間から出て行った。

 残されたのは、グリゴリーとヘルガ姫だけ。

 グリゴリーもいつまでもこんな所にいられない。すぐにでも軍議に赴かなければいけないのだ。


「おい、いつまでショック受けているんだよ」


 先ほどから動かない姫君に、グリゴリーは大股で近づいた。

 大好きな「戦」と聞いても、ヘルガ姫は反応しなかった。その事に驚きもするが、それ以上に、国の存亡がかかっているのに、全く動かない苛立ちの方が大きい。


「戦争だよ! 戦場に行くぜ! お姫様」

「せんそう?」


 やっと動いたヘルガ姫。

 しかし、何か様子がおかしい。

 いつもみたいなキビキビとした声ではない。


「あん?」

「いや、たたかうのいや!」


 らしくもなく、ヘルガ姫はドレスを揺れし、首を大きく振った。長い黒髪が揺れ、ザモラの髪留めがキラキラと光を放つ。


「な、何、言っていやがる!」


 戦争なのだ! ただをこねている場合ではない。

 グリゴリーが少しきつめに叱りつけるが、ヘルガますます喚いた。まるで子供だ。


「こわい、こわいよ!」

「お、おい……」


 ふざけているのかと思ったが、どうもそうでもないようだ。

 頭の回転が早いグリゴリーは察した。

 最愛の妹オルガに「大嫌い」と言われ、ヘルガの精神は過度なストレスに襲われた。その結果、精神年齢が退化してしまったのだ!


「グリゴリー、そばにいて」


 外見は二十七歳だが、中身は五歳児の姫君がグリゴリーの首元に抱きついてくる。


「えっ!? ちょっ……!」


 離そうとするが、「いやいや」している姫君を無理矢理引き剥がすのも気が引ける。


「参ったな……」


 グリゴリーは、困ったように頭をかいた。

 しかし、どう悩んでも、ヘルガ姫のさせたいようにさせておく事しか出来なかった。




「申し上げます! ズハイヨツ国の兵が国境を攻めてきました」


 キテム国とズハイヨツ国の国境近くで、グリゴリー達は軍営を張った。

 何としてでも、ズハイヨツの侵攻を防がなければならない。


「思ったより、スピードが早いな。キリトとオルガの姫さんは!?」

「今、こちらに向かってきているとの事ですが……間に合うか、どうか」

「そうか」


 涼しい顔をしているが、グリゴリーは内心、焦っていた。

 キテム国の戦力である二人の姫君が、不在な事は相当に不利だ。しかも、強化魔法を得意とするキリトもいない。

 オルガ姫とキリトは、遅れて襲撃の報せを聞いた。急いで、こちらに向かってきているようだが、絶滅した後に到着されても困る。

 何と言っても、キテム国最強の武人・ヘルガ姫が……。


「グリゴリー、たいへん?」


 こんな状況である。

 ずっとグリゴリーにくっついて離れない。「城に残っていろ」と言っても、泣いて喚いて騒ぐ始末だ。戦闘服には着替えさせたが……戦場において、これはお荷物だ。


「お前さ、早く元に戻れよ。一大事なんだよ! わかる? キテム国の危機!」

「いや! おこるグリゴリー、きらい!」

「助けてくれぇ~」


 「きらい」と言いながらも、グリゴリーから離れない。

 退化したとは言え、なぜここまで自分に甘えてくるのか、グリゴリーには分からなかった。もっと甘えるのに、ふさわしい人間がいるだろう。


「……」


 もし、退化によって、自分の気持ちを素直に表しているのだとしたら?

 グリゴリーはある仮説をたてた。


(だとしたら、だ。この姫様は元々、俺の事が……)


 その時だ!


「おい!」

「来たぞ!」

「道を開けろ!」


 外が騒がしくなってきた。

 兵士達の声色からして、敵兵ではないようだ。


「グリゴリー、何をやっている!?」


 軍営に現れたのは、オルガ姫だった。

 後ろには魔導士キリトもいる。

 ありがたい事に、二人とも戦闘服に着替えていた。

 緊張感が一気に緩む。


「オルガ! キリト!」


 間に合わないと思っていただけに、グリゴリーは喜びの悲鳴をあげる。これで、希望の光が見えてきた。

 しかし、オルガ姫はグリゴリーを責める。


「敵の目をかいくぐり、ここまで来た。今の戦況は酷すぎる! すぐそこまで敵が来ているぞ! 姉さまがいるのに、何故、こんな苦戦しているんだ!?」

「その「姉さま」がこんなんだからだよ!」


 グリゴリーは自分の背中にくっついている、「切り裂き姫」を指した。

 長く黒い髪にザモラの髪留め。間違いなく、ヘルガ姫だ。

 だが、雰囲気が違う。背中を丸くし、何かに怯えているように、こっちを見ている。


「え? ね、姉さま……?」

「いや!」


 オルガが声をかけると、姉は身体を震わせて、グリゴリーに抱きついた。

 少し戸惑ったが、グリゴリーは「よしよし」とオルガ姫の肩を優しく抱いた。

 この姫君は、自分に気があるのかもしれない。

 そう考えると、グリゴリーはヘルガ姫が可愛くなってきてしまったのだ。


「姉さま、どうしたの!?」


 オルガは目を白黒させ、言葉を失った。

 自分の知っている姉ではない。まるで別人ではないか。


「お前が「嫌い」なんて言うから! ヘルガの姫さん、こんなになっちまったんだよ!」

「私のせいで……!?」


 自分の「嫌い」の一言で、姉がおかしくなってしまった事に、オルガは驚きを隠しきれない。姉は強い人間だと思っていた。あんな一言で、ここまで変わってしまうなんて……。


「姉さま……」


 オルガは、弱くなくなってしまった姉の髪をゆっくりと撫でた。

 しかし、姉のヘルガはグリゴリーの腕にしがみつき、こちらを見ようとしない。


「うわああ!」

「大変だ!!」


 突然。

 周囲がざわつき始めた。

 オルガ姫が現れた時と違い、その声は悲鳴である。


「お、お逃げ下さい!」


 兵士達が軍師達の前に現れる。その姿は血だらけであった。


「……敵が……敵が……すぐそこまで……」


 兵士は最後まで報告出来なかった。

 後ろから鋭い刃物で喉を刺されてしまったからだ!


「いたぞ! キテム国の姫君だ!」

「捕らえろ!」

「殺せ!」


 刺された兵士の身体が崩れ落ちると同時に、次から次へと敵兵達が押し寄せてくる。

 百人近くの兵士達が、ギラギラと光る刃を向け、軍師や魔導士、姫二人を囲んだ!

 ズハイヨツ国が誇る特殊軍隊だ!


「しまった!」


 ここまで敵を近づけさせてしまったのは、グリゴリーの落ち度だ。いつもなら、敵の動きを上手に読んでいたはずだ。しかし、戦力外になってしまったヘルガに動揺し、上手く状況を判断出来なかった。


「くっ!」


 オルガ姫は自分のロングソードを抜き、戦闘態勢に入る。


「キリト!」

「はっ!」


 キリトが魔法を詠唱し、己の手のひらに集中した。

 次第に、オルガ姫の身体が光り、その光はオルガ姫の胸のあたりに集中し、次第に消えていく。強化魔法が完璧にかかった証拠だ。


「来い!」


 今、ここにいる四人の中で、まともに戦えるのはオルガ姫しかいない。

 オルガ姫自身、それを承知で敵兵達と刃物を交える。

 だが、一対百ではいくらなんでも勝ち目はない。

 それが「切り裂き姫」と呼ばれたヘルガ姫なら、話は別だが。


「姉さま! お願い! 元に戻って!」


 しばらく兵士達の相手をしていたオルガ姫だが、ものの数分で苦戦を強いられる。

 グリゴリーやキリトも剣を抜き、何とか応戦する。しかし、すぐに押されてしまう。その度に、キリトが回復魔法を使用するが、とてもじゃないが長い時間はもたないだろう。


「くそっ……!」


 元々、戦士ではないグリゴリーは肩で息をし、周囲を睨みつける。

 グリゴリーが好んで選んだ派手な軍服は、どこもかしこも擦り切れていた。

 だが、彼の後ろでうずくまっている姫君は傷一つ付いていなかった。グリゴリーが身を呈して、彼女を守っているからだ。


「お姉さま……」


 オルガ姫は左肩を斬られ、左腕を重たそうにぶら下げている。

 どす黒い血が流れ、その目は光を放っていなかった。


「「嫌い」だなんて言って、ごめんなさい……」


 最期に、妹は姉に自分の気持ちを伝えるため、グリゴリーの近くに何とか戻った。

 姉ヘルガは妹オルガを一瞥するが、すぐに目を伏せる。妹とは言葉も交わしたくない様子だ。


「キリトの事を悪く言われて、私、嫌だったんだ。……でも、あれは本心じゃないよ……」


 言っている間にも敵は容赦しない。

 オルガの背中に大きく斬りつける。


「おらぁ!」

「っ!」


 赤い衝撃がオルガを襲う!

 痛い。

 熱い。

 今、キリトの魔法をかけてもらえれば命は助かるだろう。だが、もうその後が続かない。

 オルガは死を感じて、涙ながらに姉の艶のある黒髪に触れた。


「本当は大好きだよ……姉さま」


 そう言って、オルガ姫は倒れてしまった。


「とどめだ!」


 勝利を確信し、敵兵が剣を振り上げた。


「オルガ!」


 キリトは血相を変えて、オルガの元へと駆け付けようとする。

 しかし、敵兵たちが邪魔をして、なかなかそちらには行けない。


「……」


 ずっとうずくまっていたヘルガ。

 彼女の頭の中に、オルガの言葉が何度も繰り返される。


「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」


 妹のオルガが自分に「大好き」って言った。

 「大好き」って……。


「キテム国の姫君、覚悟!」


 剣がまっすぐオルガの身体をめがけて振り下ろされる。


 しかし。


「……っ!?」


 死の剣は、オルガに届かなかった。

 その前に、敵兵の頭と胴が分かれてしまったから!


 だが、奇妙な事はまだ続いた。

 軍営中に悲鳴が充満した。

 姫君や魔導士や軍師の声じゃない。

 敵兵の声だ!


「な、何!? どうしたんだ!?」


 先ほどまで自分たちを襲っていた兵士達が次から次へと倒れていく。

 百いた兵が、一斉に倒れていく様子は圧巻であった。


「うわああ!!」

「に、逃げろ!」

「退却!!」


 大勢の敵兵の中に一人の戦士が暴れ回っている。二つのロングソードを荒々しく振り回し、次から次へと兵士達を切り倒していく姿は、まさに鬼神であった。


 ヘルガだ!

 切り裂き姫・ヘルガが復活したのだ!


「オルガ!」


 敵兵が逃げまどっている間に、キリトがオルガ姫に駆け付ける。

 彼女は肩と背中から大量の血を流している。息は浅い。放っておけば、死んでしまうだろう。

 キリトはすぐに回復魔法をかける。


「大丈夫そうか?」


 よろめきながら、グリゴリーは倒れているオルガ姫を心配する。

 魔法が効き始めているのか、徐々にオルガの血色が良くなっていった。


「ええ。……しかし、驚きました」

「ああ」


 グリゴリーとキリトは目の前の光景が信じられなかった。

 先ほどまで、死の覚悟をしていたのに。

 あっという間に形勢が逆転した。

 これで、オルガ姫の傷が癒えたら、間違いなく、キテム国の勝利だ。


「ん?」


 ふと、グリゴリーは胸元に何かが引っかかっている事に気付いた。

 キラキラと光を放つ髪留め。ザモラの髪留めだ。


「あ。あいつの……」


 持ち主であるヘルガ姫に返そうと思ったが、今はそれどころではない。

 外では、自国の兵士たちがまだ生き残っているはずだ。彼らの数を確認し、戦況を立て直す事が先決である。

 グリゴリーは、そっとザモラの髪留めをポケットにしまいこんだ。

 


⚔ ⚔ ⚔


「ヘルガ姫、万歳!」

「オルガ姫、万歳!」


 劇的な逆転の結果、キテム国はズハイヨツ国に勝利した!

 キテム国の謁見の間は、拍手と歓声の嵐だ。

 これで当分ズハイヨツ国は攻めてはこないだろう。諸侯達は、王座の前に立つ二人の姫君に対して、何度も何度も「万歳」を唱えては称賛し、その功績を称えた。


「魔導士キリト、こちらへ!」


 謁見の間に響くように、ヘルガ姫はキリトの名前を呼んだ。

 諸侯たちは静まり返り、一人の若者に視線を送る。


「はっ!」


 呼ばれたからには、前に出なくてはならぬ。

 キリトは前に進みでると、ヘルガ姫の前に出て一礼した。

 ヘルガ姫の後ろでは、オルガ姫が心配そうに様子を見ている。


「姉さま……」


 あれほど大勢の前で、キリトを馬鹿にしたのだ。また同じことを繰り返すのかと、内心不安だった。

 ヘルガ姫はキリトを一瞥し、ため息まじりにこう言った。


「キリト。そなた、オルたん……いえ、オルガの事、大切にできるか?」

「……え」

「姉さま。それって……」


 予想外の言葉が出てきた。

 オルガもキリトも目を丸くし、言葉の意味を理解しようとする。

 つまり、それは……。


「出来るか、出来ないのか。聞いている」


 ヘルガは悔しそうに、寂しそうに尋ねた。

 本当はこんな事を言いたくない。

 そんな本心が隠せていない。

 しかし、今回の件で思い知らされた。

 自分という存在は、妹の愛があるから維持できるのだ。なら、その笑顔を守ってやるのが使命なのではないか。


「……はい、出来ます」


 キリトは、はっきりとヘルガ姫に返事をする。

 そして、魔導士は姫君の前で膝まずいた。


「第二王女オルガ様。子供のころからお慕い申し上げておりました。どうか、私と結婚してください」

「……っ!」


 オルガは口元を手でふさいだ。

 身分違いの恋だと諦めていた。決して叶わぬ夢だと。

 しかし、夢に見ていた光景が、現実として目の前にあるのだ!


「姉さま!」

「幸せになりなさい。オルガ」

「姉さま! 大好き!」


 目にいっぱい涙をためて、オルガは姉に抱きついた。

 お互いを大切にしていた事を象徴するような熱い抱擁。しかし、姉妹はいつか離れなければならない。

 名残惜しそうに、姉は妹を送り出した。

 妹は清々しい笑顔で、恋人の前に立つ。


「キリト。そのプロポーズ、喜んで受け入れます!」


 満面の笑顔で、オルガは返事をした。

 キリトは立ち上がり、照れくさそうに頬をかく。

 頬を赤く染める恋人の顔を、オルガは優しく両手で包みこむ。誰も邪魔する事が出来ないほど幸せそうに二人は笑い……そっと唇を交わしたのだった。


「わあぁぁぁ!!」


 二人を祝福するべく、再び、謁見の間には拍手と歓声の嵐が巻き起こった。



⚔ ⚔ ⚔


 ズハイヨツ国の急襲から数年。

 キムテ国は、更に領地を広げた。

 しかし、キムテ国は変わった。

 今までは敵兵を一人残らず殺していたのに、降参した兵士を「捕虜」とし、殺さないという規定を新しく設けた。 

 それにより、無駄な血を流す事がなくなった。

 戦いを好む父王も、白旗をあげた兵には手を出さなくなったという。 

 第一王女ヘルガが、父王に強く要望したらしい。

 それは最愛の妹の気持ちを考慮したためか。

 それとも……。




 その日はとても天気が良かった。気温も過ごしやすく、ついうたた寝をしたくなるほどの心地良さだ。

 グリゴリーは城の園庭で読書をしていた。戦のない、たまの休日はこうして、太陽を浴びながら本を読んでいるが一番心休まる。

 ふと、彼はポケットからザモラの髪留めを取り出した。


「結局、まだ返してないな……」


 この髪留めを見ると、あの時のヘルガ姫が思い浮かぶ。「グリゴリーがいい」「グリゴリー、はなれないで」と言っていた可愛らしい姫君。その姫は……もういない。


「……」


 あの時を思い出すと、グリゴリーの心は零れ落ちそうな切ない気持ちであふれてしまう。

 その気持ちを一生懸命抑え、グリゴリーは優しく静かに、その髪留めに唇を落とした。


「そこにいるのは、グリゴリーか」

「……!」


 聞き覚えのある声がして、グリゴリーは肩を震わせた。

 振り返らなくても、誰が声をかけてきたかはわかる。

 この髪留めの持ち主、ヘルガ姫だ。

 今日は藍色のドレスを身に着けているせいか、いつも以上に落ちついて見える。

 グリゴリーは慌てて、髪留めを服のポケットにしまおうとする。しかし、髪留めが服に引っかかってしまい、なかなか上手くいかない。


「よ、よ、よう! 姫様!」


 何とか笑顔を取り繕って応えるが、手がぎこちなく動いているので、どうしてもそちらに目がいってしまう。

 ヘルガは眉をひそめて、グリゴリーの手元を見た。

 国花のザモラを象った髪留めが目に入る。


「その髪留め……」

「いや、あの、その……」

「それは私の物だ。探していた」


 ヘルガは手を伸ばし、返すように促す。

 要らぬ疑いをかけられる気配はないようだ。


「……ほれ」


 残念だが、グリゴリーは手放すしかない。

 いずれ持ち主の元に返さなくてはいけなかったのだ。


「なぜ、グリゴリーが持っている?」


 返された髪留めが壊れていないか確認しながら、ヘルガはたずねた。

 これは、いつも自分の髪に挿していたはずだ。


「え」


 思わず、声が詰まる。

 正直に言ってしまうと、あの時のヘルガの様子を語らなければならない。

 それは本人にとって、あまりいい事ではないような気がした。


「その、ずっと、お前、俺に……ナニしていたからな……」

「はい?」


 お前は何を言っているんだ? というヘルガ姫の視線が痛い。

 気は進まないが、グリゴリーは告白するしかなかった。


「お、お前、ずっと俺に抱きついていただろう!」

「……なに?」

「その時、それが俺の服に引っかかったの!」

「……」


 ヘルガ姫の動きが止まった。

 だが、徐々にその冷徹な顔に赤みが差してきた。

 退化してしまった時の事を少しずつ思い出してきたようだ。


「……あ! す、すまん。迷惑をかけた……」


 羞恥心が、らしくもなくヘルガに顔を伏せさせる。

 その仕草が、ヘルガにしては可愛らしかった。思わずグリゴリーの胸は大きく跳ねる。


「じゃあ」


 立ち去ろうとするヘルガ姫。


「あ、姫さん!」


 その手をグリゴリーは引き留める。

 ヘルガ姫がゆっくり振り向くと、そこには七色の髪の下で真っ赤になった顔をしたグリゴリーがいた。

 しかし、グリゴリーは逃げる事なく、真剣な目つきで言った。


「ちょっと話があるんだ。……いいかな?」

「……」

 

 それとも。

 ヘルガ姫が愛される喜びを知ったから、か。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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