第6話 初日 12:00-2
扉の先は完全な暗闇だった。
不用心だ、という時間もなく行われた行為に小さくため息が漏れる。
「暗っ、なんにも見えねぇぞ」
「……誰かが隠れていたらどうするつもりだったんだ」
つい小言が口に出る。
話合いが出来れば利を説いて説得できるかもしれない。しかしそんな暇もなく襲われたとしたら身を守ることを優先してしまうし、その前に殺されてしまう可能性も否定できない。
颯斗の表情は見えないが、それ以上に聞こえた舌打ちが彼の感情を正しく表現していた。
嫌われている。わかっている。それを理性で押さえるだけの頭はある。それだけわかれば十分だと源三郎は考える。
必要以上に馴れ合う気はなかった。一時的な協力はしても最期まで誰かと共に行動する気はない。それはゲームが始まる前から考えていたことで、条件が変わってしまった今でも馴れ合いだけは避けるようにしていた。
そういう意味では颯斗の態度は好都合だった。
「いつまでそこに突っ立ってんだ。扉、開けっ放しでいいのかよ」
突き放すような棘のある言葉に源三郎は見えないとわかっていても軽く頷く。
「あぁ。一長一短だが、外の音が拾えた方がいい」
「そうかい」
それだけ言うと颯斗の気配が目の前から消えていた。奥に、手探りで進んでいるのだろう。衣擦れと浅い呼吸のかすかな音だけがその存在を主張していた。
……探索、しないとな。
明かりがないというのはそれだけで恐怖を生むには十分だ。一歩動くことすらためらいを振り切る必要がある。せめて棒きれ一本でいいから欲しいと思うのは自然なことであった。
それでも手探りで、壁に手をつきながら左へゆっくりと進んでいく。上、中、下と手を当ててその分だけ足を滑らせるように動かす。何にもぶつからなければまた手を伸ばしてを繰り返す。
最初に手が変化を感じたのは二歩ほど進んだあたりだった。硬く大きなものが指先に触れる。上から下まで、そしてつま先と手のひらを当ててようやくそれがただの内壁だとわかった。
部屋の角にいる。今度は今触れている壁を背にして探索範囲を広げていく。
その直後のことだった。
「な、なんだ!?」
ガツンと、何かが床に落ちた。そんな突然の衝突音に声を上げる。
音の出処は間違いなく部屋の中。それも入り口ではなく奥の方からだ。
「なんだって、棚、いや机か? 引き出し開けたら引っ張りすぎて落っことしただけだけど」
「……あまり驚かすな」
心臓が早鐘を打ち、軽く汗が滲む。二度三度大きく呼吸をしながら源三郎は文句を言う。
「暗いんだから仕方ないだろ。それよりもまだそんなところで何してんだ?」
「手探りで進んでいる。暗いからな」
「いや、スマホ使えよ」
沈黙。
源三郎は小さく震える手でズボンのポケットからスマホを取りだして画面を起動する。背景が黒い画面は頼りない発光をしていた。
その画面を目の前から外し視線の先を照らすように向ける。
「見えないぞ」
「うっすら見えるだろ」
無茶言うな、という前にほんの少しだけ視界に映るものがあった。光源を近づけていけば白いパイプが長く伸びていて、その奥には布地が見えていた。
手すりのついた病院のベッドだと認識した時、
「ちゃんとやってくれよ」
「……すまん」
源三郎はそれ以上のことが言えなかった。
暗くてよかった。紅潮した頬を見られずに済んだのだから。
以降、探索は順調に進んでいった。
依然として暗く、近くまで行かなければ何があるかはっきりとわからないが、手探りよりはましな状況で六畳ほどの部屋を二人で探していれば十分もかからない。
「……何もないな」
颯斗がベッドに腰かけながらそう話す。
部屋にあったのはベッドと机、後は椅子が一脚しかなかった。解体すれば何か使えるものもあるかもしれないがその道具はない。
「一部屋にどれだけ時間をかけるかだが……」
源三郎は最後まで言い切らずに言葉を濁していた。
今いるのは入院するための病室があるフロアなのだろう。一フロアがどれほど広いかはまだ解明していないが十程度と仮定してもこのペースなら百分。二十を超えていたら予定の時間では探索しきれない。
しかし雑に探索してしまっては大事なものを見逃してしまいかねない。その両天秤のどちらに比重を置くかを決めかねていた。
迷う。迷う時間もないかもしれないことがさらに迷わせる。まだゲーム開始して間もないのに方針を決めてもいいのかどうか。
動きのない源三郎に、
「もうこの部屋にはなんにもないだろ。探してないところなんて……ベッドの中くらいだぜ?」
「……そうだな。触った感じ何があるようにも思えないし次に──」
ぐっと体重をかけてマットレスを押し込む。何もない、それを証明するためだった。
……なにか、あるか?
それはかすかな違和感だった。ベッドのスプリング越しに伝わる凹凸を指先が拾ったような気がしていた。
「どうかしたか?」
「いや」
そう言いながら源三郎はマットレスの下に手を滑り込ませる。
真ん中、右、左とまさぐると、ない、ないの次に違う手触りのものがあってそれを掴みだす。
……これか。
明るい場所ならば鈍色に光る銃身がその存在感を強く表していただろう。
自動式のハンドガンだった。源三郎は慣れた手つきで感触を確かめながら状態を確認していた。
「……それって本物か?」
ガチャガチャとなる金属音を不審に思った颯斗が近寄り画面で手元を照らす。うっすらと照らされたハンドガンは退廃的な魅力を醸し出していた。
「本物だ。中のマガジンにも玉が詰まってる」
ハンドガンから抜き出したマガジンはずっしりと重く、重心に偏りがないことから最大数装填されていることがわかる。
「おいおいまじかよ」
「なんだ、怖気付いたのか?」
「……うっせえよ」
その声には自分を鼓舞する意味合いもあったのだろう。動揺を隠せないからか先ほどよりも声量が大きくなっていた。
「うるさいのはお前だ。誰かいたらどうする」
源三郎はハンドガンを元の状態に戻しながら諫める。
非常用の武器を図らずとも入手できたことは大きい。使わないに越したことはないが、使わなければいけない時に手元にないというのは恐ろしいことだ。
とはいえ抜き身で持っていていいものではない。都合よくホルスターがあるわけではないためいずれはそれについても考えなくてはいけないだろう。
そんなことを考えていると颯斗が緊張を含んだ声で尋ねてきていた。
「……お前が持ってるのかよ」
「使い方、知ってるのか?」
知っているわけがない。わかったうえで質問する。
返事はすぐに来た。
「わかったよ。でもそれをこっちに向けんなよ」
「当然だ」
源三郎が答えると、颯斗はベッドの上を叩き始めた。
ドスドスというくぐもった音とともに埃が立ち上る。
「何をしている?」
「……もう一個くらいないかって探してんだよ」
「使えないのにか?」
「これから必要になるだろ。早めに使えるようにしとかないと皆を守れねぇからな」
颯斗の言葉は真剣味があり、焦りすら感じ取れた。
やめておけ、と日常ならば言うだろう。現在ですら子供にそんな覚悟を決めて欲しくない。
だから、
「こんなもので守れるのは自分の身だけだ」
言ってから後悔する。本心から出た言葉だがそんなことを言う資格などないというのに。
しかし颯斗は気にした様子もなく、
「道具だ、使い方次第だろ」
臆することなく真っ直ぐに答えていた。
……若いな。
嫌味ではなく、好感を持てる意味で、源三郎はそう思っていた。