第50話 終了後
蓮は死んだ。
それは紛れもない事実だった。
爆破された病院を後ろに眺めつつ、生存者はヘリの中で物言わぬ死体に黙祷を捧げていた。
納得はしていない。しかし、ゲームの間蓮が運営側と話している内容を伝えると、抗議の声を上げるものはいなくなっていた。
そして、話はこれからのことについてに焦点が当たっていた。
「さて、気になっているだろう賞金のことだが……」
座席に座る参加者を見まわして、ゲームマスターが告げる。
「総額は二千三百億ほどになる。一人当たり二百億とちょっとだな」
提示された金額は天上のもの。想像するには実体験が足りなすぎた。
しかし、参加者の幾人かは首を傾げて、
「なんか……足らなくね?」
「うん……十分多いのだけれど」
一生涯かけても得られるかという金額の前に若干の不満が募っていた。
元々はその十倍以上と蓮が言っていた。そのことを知っているだけに差異が異様に際立ってしまっていたのだ。
ゲームマスターはため息をつくとともに、
「全員生存に賭けた者が君たちだけではなかったというだけだ」
告げる。
「は? まじで?」
「噓などつくものか。そういう酔狂な世界で生き残った者たちが我々の顧客なのだよ」
それにしてもと、ゲームマスターは手元のタブレットに目を落としていた。
賭けの締め切りはゲーム開始時間の五分前。蓮が退出してからその時間までの間に多数の投票先の追加、変更があった。そのせいで全員生存のオッズが著しく下がったのだが、目聡いとみるのか賭け狂いとみるのか判断に困るところだった。
なんにせよ、全員生存は成され、大穴狙いが勝つこととなった。このことは世界経済にも大きく影響するし、勢力図の書き換えも起こるかもしれない。たった一度のゲームで消えゆく人も少なくないのだ。
「賞金については現金手渡しという訳にはいかない。いくらかは同じ資産価値のあるもので支払いとなる。後ほどリストを配布するのでそこから選んでほしい」
ゲームマスターは淡々と告げる。十億までなら用意していたがそれ以上になると厄介なことになる。カバーストーリーもなく大金を得たならまず間違いなく口座は凍結されて調査が入るだろう。
彼らが金を得て解放されるまでどれほど時間が必要なのか。素人の集まりだ、下手な決断はこのゲーム以上に苦しむ羽目になることは目に見えていた。
まずは口の堅いコンサルタントを探さなければならないがその発想はあるだろうか。ゲームマスターは喜色と少しの不安を浮かばせる顔を見つめながら、
……ああ、なるほど。
そういうことか、と蓮の言葉を思い返していた。
それを言う義理はない。それでもやりくるめられた相手に小さな反抗をするほうが格好悪いと思い、
「君達が良ければだが、賞金について信頼のおけるコンサルタントの用意がある。既に金はもらっているから、こき使ってくれてかまわないよ」
皆が不思議そうな表情を向ける中、ゲームマスターは先に本部へと向かわせた人物に連絡をしていた。
ゲーム開始から一年が経っていた。
蓮の一回忌ということでゲームに参加していた一同が墓の前に集まっていた。
それぞれが花束を置いていく。かける言葉はそれぞれだがどれも言葉数は少ない物だった。
日本には帰れていない。売られたという事実を知ってから、元の生活に戻ることが出来なくなってしまったからだ。
明確に誰に売られたのかはわからないが、心当たりなら誰にでもあった。益人やキルカなど、心当たりが多すぎて絞り込めないほど。
そのことに一番憤慨していたのは源三郎だった。自分が殺してしまった少女の家族が売ったのなら、償いなど不必要どころか制裁が必要だと思っていた。賞金のすべてと引き換えにでも知ろうとした彼を春夏が止めていた。
「彼女に償いたいなら、彼女の愛した両親を害するのは違うはずよ。もうこれ以上関わらないほうがいいわ」
納得はしていない顔でも矛先を収めた彼は、以降国際協力団体に加入してボランティア活動に従事していた。
その春夏はまだ何もしていない。スイスに用意されたホテルで他の参加者とまだ身の振り方を考えているところだった。
唯一、ヘルマンだけは資産運用のすべてを任せてインドネシアで事業を始めていた。小さな飲食店を経営しているがその本意は誰にも分らない。
あの日から、まだ歩き出せない面々はこれからどうするか。それはいつか時間が解決する問題だった。
「帰りましょうか」
春夏が颯斗の隣で腕を組んで言う。その逆の手をキルカが掴んで軽くにらみつけていた。
その様子を、益人と桜が後ろから眺めていた。
「颯斗さん、いい加減どっちか選べばいいのに」
「おばさん二人じゃ無理だろ」
直後、益人に向かって二つのバッグが投げつけられる。
ブランド物のバッグは益人の身体にぶつかると、地面に落ちる。もったいねえなとつぶやいた益人は拾い上げると持ち主に手渡して、
「更年期でイライラしてんのか。閉経早いな」
無言で拳銃が眉間に刺さる。
慌てて止めようとする桜と、うんざりとした様子の颯斗が視界にいた。
あの日から、ぬるま湯のような生活が続いている。人間を腐らせるような甘い香り
で満たされた日常だ。
……やり切って死んだんだな。
空を見上げ、旅立った蓮の顔が少し羨ましいと益人は感じていた。
―終―