第46話 二日目 18:00~三日目
夜の時間を迎え、拠点には来訪者達の姿があった。
それを快く受け入れた結果、総勢十人という密集具合に、
「なんか手狭ね」
荷物の整理が一段落した春夏が拠点の中を一周見渡した後、微妙な表情を浮かべて言った。
今更移動するには物資が増え過ぎた。それに代わりになる大部屋はあるにはあるが、瓦礫が散乱していたり電気がつかなかったりと条件が悪い。現状でも全員が横になるくらいのスペースはあるがまったく接触しないという訳にはいかない。
それも明日までと考えれば耐えられる。ただその明日になるともう一人増えてしまうのだけれど。
……彼は今何をしているのかしら?
今ここにいない元凶のことを考えていると、
「あいつ何してんだろうな……」
誰に向けた者でもない声を、颯斗は発していた。
上にいるのか下にいるのかすらわからないが颯斗は天井を見つめていた。遠くを見ている姿が故人を惜しむように見えて、くすりと笑みがこぼれる。
対照的に不満を顕わにした顔だったのは益人だった。
「こっちが苦労してるってのに一人ぬくぬくしてるかと思うといらっとするわ」
相変わらずのひどい言い方に、
「そもそもこの状況を作れたのは彼のおかげなんだから……気持ちはわからなくは無いけど」
大変だった。命の危険もあった。一歩間違えたら取り返しのつかない状況になっていただろう。その綱渡りもようやく終わりが見えて来たというのに、成果を横取りされたらたまらない。
とはいえまだ最後のピースはまだ見つかっていない。肝心要の最後の一つ。それが欠けてしまえばすべてが水の泡だ。
「そっちで何か成果はあった?」
問うが、帰ってきたのは首を横に振るだけだった。
「芳しくはないな。どうしても最後のひとつが見つからない」
「そっか……」
源三郎が申し訳なさそうに言う。
情報共有はすべて終わっている。十人分の頭があっても一歩も前に進んでいない状況に焦りが見えていた。
解法はたった一つしかないはずだ。一つ一つ洗っていくと、残りの手段が減っていく恐怖が生まれてくる。
特に、スマホの初期化が奴隷商に使えないことが判明した時は皆口には出さなかったが落胆は大きかった。二人の奴隷に二人の解放者。計四人分浮く計算だったが、奴隷商の追記欄に背景と同色で書かれている文字があり、
『ゲームを通して奴隷は一人のみ』
初期化する前に気付けて良かった。そう言うことしかできなかった。
結局は浅知恵かとくじけそうになる。努力をあざ笑うかのような運営の顔が思い浮かんで最悪が脳裏にちらついてしまう。
だから極力考えないようにと、口を動かしていた。
「明日、彼にすべてを賭けましょう」
「薬はどうする?」
「……それも明日、じゃ駄目かしら?」
恐る恐る春夏は提案する。
良い提案だとは思っていない。それどころか不和の元になるとわかっていても言わざるを得ない。
現状、生存者以外は薬を得ることができる。生存者ですらただの時間の問題だ。
つまり蓮のことを考えなければゲームはクリアしたも同然だった。
彼が出てきたとき、そんな状況だったらどう思うだろうか。逆に今までゲームに参加していなかった彼に優先的に薬を渡すというのもどうなのか。絶対に納得しない誰かが出ることがわかっていて、でも卑怯な真似はしたくなかった。
「あー、すまん。よく考えずに変なこと聞いた」
逡巡っぷりに、言いだした益人が頭を下げる。意図を察したのだろう、できればもう少し早く気付いてほしかったなと、思わなくもない。
話がまた気分を掘り下げるほうに向かっていると感じて、春夏は顔を上げる。その目にはつまらないそうに議論を眺めていたキルカの姿が映っていた。
彼女は一度大きく欠伸を見せびらかして、
「あ、あぁごめんなさいね。昨日はよく眠れてないからきついのよ」
開ききっていない目を押さえながら頬杖をついていた。
……二人だけだったんだものね、仕方がないか。
そう思っていると、不思議と眠気が感染したのか、次々と欠伸する音が広がっていく。
これじゃ今日は話にならないわねと思うと同時に瞼が重くなる。目処が立った、やることはやった。緊張が解放され、知らずの間に溜まっていた疲労が一気に噴き出していた。
夜警は必要だ。それを言わなければいけないのに睡魔が強く襲ってくる。
「一佐」
消えゆく意識の中で益人の声が聞こえる。
「な、なんだよ」
「見張っとけ、寝る」
それ以上何も言わなかったのか、その前に寝てしまったのか分からないが、死んだように眠っていた。
深夜を過ぎ、日付が変わる。
最終日が始まっていた。
拠点の中は寝息のみが響いて不器用な協奏曲を奏でていた。
その中で颯斗は偶然目を覚ましていた。
特に理由はない。いや、あえて言うのであれば一メートル以上離れていたはずの益人がなぜか近くまで来ていて、その腕が腹の上に乗っかった衝撃のせいかもしれない。
なんだかわからず邪魔だなと弾いた後、そのまま落ちるように寝ていたのだが、再度嫌がらせのように腕が乗ったせいで中途半端に目が覚めていた。
無理やり覚醒させられた不快感を胸の内に秘めて、上体を起こす。流れるように落ちた益人の腕に目をやりつつ、これ以上近寄られたくないと壁のほうに這って進む。
……ふう。
スマホの画面を見れば既に日付が変わっている。泣いても笑っても最終日だ。悔いが残る結果だけは避けなければならない。
大丈夫と心の中で呟いてみる。安心材料にはならないが少しだけ気持ちが上を向いていた。
と、視界の隅で動く物の存在を目がとらえていた。
桜だ。あの事があってからまだろくに話せていない。
彼女は目を覚ました後、軽く周囲を見渡していた。それほど広い部屋ではないからすぐにお互いの目線が交差する。
一瞬バツの悪そうな顔をのぞかせていたが、すぐにそれをひっこめると、毛布替わりのぼろ布を身体に巻き付けながら近くに寄ってきていた。
壁を背に、座る二人。しばらく無言の時を過ごした後、
「……ごめんなさい」
消え入りそうな声を颯斗の耳はしっかりと拾っていた。
「ん、あぁ。別に」
周囲に気を使って最小限の音量で答える。
謝られるとは思っていた。だから、
……もっと早く言っとけばよかったな。
撃たれた直後は憤りもあったが、今となっては大した問題ではない。どうしてそうしたのか事情も理解していたし、まさか撃つとは思ってもみなかったが、その前兆を放置したのは自分でもあった。
気にしていないの一言が言えず、余計な心労をかけていたことに、申し訳なさが募る。だから取り繕うように颯斗は言葉を重ねていた。
「あの時の正解なんてなかったんだ。少し違えばそっちの方が正しかったかもしれねえ。結果論だけで責める気にはなれねえよ」
「ありがとうございます」
「気にすんな」
会話はそこで途切れていた。
お互い、それ以上の話を用意していなかった。
そのことが居心地悪く感じ始めた時、
「なになに、逢い引き?」
近くで寝ていたはずのキルカが顔だけ向けて声を飛ばしていた。
「ババ臭いこと言ってんじゃねえ」
「減らず口ね。ぶっ殺してやろうかしら」
「ちょ、駄目です!」
「冗談よ。騒ぐんじゃないわ」
ふふ、と鼻を鳴らしたキルカは四つん這いで颯斗に近づくと、その隣に座っていた。
首を少し倒してしなだれかかるキルカに、
「暑い」
「あら、照れてる? そこは年相応の反応なのね」
「うるせえ」
言葉数少なく答える颯斗を揶揄するように笑っていた。
その距離感の近さに違和感を覚えつつ、言いたいこともなくなった桜はじゃれあいから目を逸らしていた。
夜が明けるまで、もうそれほど時間は残っていない。