第45話 二日目 14:00-2
「すまないがすこし出てくる」
静寂の中、急に立ち上がった源三郎は一言残して扉へと向かっていた。
「どこに行くんですか?」
視線を向けた和仁が言う。それに源三郎はただ淡々と答えていた。
「自分のタスクを終わらせようと思う」
「危険ですよ」
「かと言って他に人がいる状況ではできないことなんだ。そう考えると今が一番いい」
やると決めた目は一ミリも揺らぐ様子がない。
……そんな。
勝手にされたら残っているのは子供が一人。誰かが来た時に守るには心許ない。
行かないで下さいと和仁が口を開こうとした時、
「行ってください」
「……すまない」
桜の許可を受けて源三郎は出ていってしまった。
扉を閉めた余韻を感じながら、
「……行っちゃった」
どうしようと和仁は頭を悩ませていた。
今からでも追いかけた方がいいだろうか。しかし俯いて座るばかりの桜は動く様子もない。この場に彼女一人を置いていくことも出来ず、身動きが取れないでいた。
その時、膝に顔を埋めていた桜が小さな声で思いを吐いていた。
「すみません。私のせいで」
「そ、そんなことないよ。僕も、悪かったし」
「調子に乗ってたんです。私でも何か貢献出来る、一人でも大丈夫だって……子供っぽいですよね」
「仕方ないよ、誰だって間違えることはあるしね」
このまま地面に沈んでいきそうな程落ち込んでいる桜を和仁は何とか引っ張りあげようとしていた。
落ち込むのは分かる。しかしいつまでもそうしては居られないのだから。
ただ、顔を上げた桜は真っ直ぐ和仁の目を見つめると、
「なら人を撃ったことあるんですか?」
「いや、それは無いけど」
「じゃあ黙っててください」
「……ごめん」
なにこれ?
謝りつつもそう思わずにはいられなかった。
それからどれだけの時間が経ったのか。
手持ち無沙汰で特にやることもなかった和仁は扉をじっと見張っていた。
緊張感のない表情で見つめる先は小一時間変化がない。
そろそろ飽きてきたなと思った矢先、
コンコン、コンコン。
ノックする音に、和仁は頭を跳ねあげる。
二回に二回。初日に決めていた合図通りのノック音は知人であることを示していた。
「うーっす。って一人いねえな」
間髪入れずに入ってきたのは益人だった。
後ろに一人、いや二人連れて現れた彼に状況の説明をする。
「あ、おかえりなさい。源三郎さんならタスクをクリアしに行っちゃって」
「ほーん。面倒見るって言った割にはすぐに投げ出したか」
文句にも聞こえる内容をさして興味なく益人は口にする。
そういう人だと既に認識しているため別になにか思うところもない。しかし桜は違っていた。
「彼はそんな人じゃないです」
「んな事わかってるわ」
吐き捨てるように言うと、益人は手近なところに腰を下ろしていた。
次いであとから入ってきた二人も居心地悪そうに恐る恐る座る。
責任者のような立ち位置の彼はその一切を無視して水に口をつけた後、
「で、そこで塞ぎ込んでる小娘と何かあった?」
和仁に目を向けてそう話していた。
急に話を振られ、驚き目を見開いた和仁は、
「いや、慰めようとはしたんですけど上手くいかなくて」
「あーそりゃそうだろ」
納得するように何度か首を縦に振る益人が理解できない。
落ち込んでいるところを心配した。普通なら感謝されるくらいの内容なのに何故なのか。
すると益人は目を祐子に向けると、
「お前ならこいつに慰められたらどう思う?」
「え、えーっと……」
ちらりと横目で見る祐子は、直ぐに視線を戻していた。
言いずらそうに誰にも聞こえない小声が漏れ、その後、
「ちょっと……嫌です」
それだけははっきりと聞こえていた。
「えっ、なんで?」
「なんでって慰めるって上からだからだろ?」
「僕はそんなつもりでは言ってないです」
「それがどうかしたか? 大事なのは受け手の方だし、そこんところ抜けてるっていうか八方美人というか。熱がない、他人事──」
「言い過ぎですよ!」
槍玉に挙げられボロくそに言われることについ声を荒らげていた。
……酷いよ。
みんなのために頑張ろうとは思っている。結果は今のところでていないが努力を認めてくれてもいいはずだ。少なくとも轟々に非難されるのは間違っている。
なのに益人はしれっと、
「まぁ、友達とかいなさそうだよな」
「そんなことないですって」
「まぁお前はそれでいいかもしれねえけど癪に障る奴もいるってことだ。それで昨日も殴られてんだからあんま余計な気ぃ回さねえ方がいいんじゃね」
「う、はい」
そう言われてしまうと言葉が出てこなくなる。引いたはずの痛みが颯斗の表情とともに思い出されて震えるようだった。
その益人は言うだけ言って興味を無くしたのか、首を曲げて桜を見ると、
「で、小娘はいつまで塞ぎ込んでんだ?」
「ほっといてください」
「辛気臭えな。別に気にすることでもねえのによ」
何気なく呟いたのだろう言葉を正しく理解出来たものはおらず、桜でさえしばらく惚けた後激しく首を振っていた。
「ふざけてるんですか?」
「えっ、何が?」
「人を撃っておいて気にしない人なんていないでしょ!」
そうだと一同頷く。
完全な事故ならばもしくはと思わなくはないが自らの意思で照準を向けたのだ。言い訳のしようがない。
しかし益人は渋々首を縦に振ると、
「確かに俺だったら許さねえけどあいつは甘そうだしな。子供のやったことにガーガー言う奴でもねえだろ。頭じゃなくて良かったですね許してくださいって言ったらどうにかなるんじゃないか?」
「煽ってるじゃないですか。それで本当に許してくれますか?」
祐子の問いに益人は知らねとだけ返す。
「適当な……」
誰の言葉か分からないほど誰もが同じ感情を益人に向けていた。
「いいだろ、別に。ガチの人殺しもいるんだから誤射くらい大目に見るって」
「ガチの人殺しで悪かったな」
唐突に扉が開いたかと思うと、そこには源三郎が立っていた。
五体満足で、怪我の後もない。服装もきれいなままで、
「おう、おつかれさん」
その様子に、気軽に益人は話しかける。
「あ、どうだったんですか?」
「別棟一階に行ったらたまたま会ってな。拍子抜けするくらい簡単に取れた」
告げる源三郎の手には何もなかった。
既に祭壇へ捧げた後なのだろう。なんにせよまた一人タスクをクリアしたことは喜ばしかった。
……本当に、心からそう思える。
益人と源三郎はその時の様子を共有していた。手に入れた宝石は祭壇に捧げると爪ががっちりと掴んで離れなくなった。スマホには調剤室で使えるだろうパスコードが表示されていたが、宝石を他の用途で使うことはできなくなってしまっていた。
最後にどっちでもいいかと話を締めた益人に、黙るだけだった桜があの、と声をかけていた。
「んあ? どした?」
「私、まだやり直せるんでしょうか?」
「やり直すも何もなあ……」
返答に困ると唇を歪める益人は、弱弱しく見つめる桜の目を見て、小さくため息をついていた。
「わーったよ。一緒に謝ってやるから、それで許してもらえるように願ってろ」
「……はいっ」
久しぶりに泥の中から太陽をのぞかせた桜の笑顔に、益人は不貞寝するように寝転がっていた。
「……あの、俺は?」
今の今まで静かにしていた男子、碓井 一佐の声は誰にも届かず部屋の中で煙のように消えていた。