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第37話 二日目 12:00-1

 予定時刻の二分前に春夏と颯斗はそこにいた。

 目の前には丁字路が、その壁の向こうは御手洗がある。


「……間に合ったか」


 少しだけ肩を上下させながら、颯斗は大きく息を吐く。


「ごめんなさいね。足手まといになっちゃって」


 申し訳なさそうに眉を寄せる春夏は、はいと水を手渡していた。

 ここまで階段を上がって来たのだが、背中を庇いながらゆっくりとしか進めない春夏に颯斗は背中を貸していた。

 間に合わないことは最悪だと、議論する間もなく無理やり乗せて階段を二階、三階と上ることになったため、ペットボトルの水を一息で飲み切る程には疲れていた。

 はあと、息を吐くと、


「気にすんな。それよりこれからだぞ」


 空のボトルを投げ捨てた颯斗はかすかに聞こえる足音の方へと目を向けていた。


「あら、早かったわね」


 なんの躊躇もなしに先の通路から出てきたのは女性だった。

 ランタンに火をつけた彼女はラフな格好で短く揃えられた金髪は少し乱れている。目は薄い灰色でランタンの光が瞳の中で揺らめいていた。

 その後ろから大柄な男がゆっくりと顔を出すと、


「またせたか?」


「丁度だよ」


 スマホを見せながら颯斗は言う。


「随分頑張ってるみたいね。似合ってるわよ」


 女性は二人の服装に目をやると、揶揄するような笑みを浮かべていた。

 安い挑発だと、鼻を鳴らす颯斗に、


「それで? 全員生存の糸口は見つかったのかしら?」


 打って変わって鋭い目付きを向けていた。


「当たり前でしょ? そうじゃなかったらここにこないわよ」


「それにしてはギャラリーが多いみたいだけど?」


 一歩前に出た春夏に左手に持ったスマホの液晶を眺めた女性が言う。

 ギャラリーとは他の五人のことだろうと春はすぐに予想がついていた。刺激しないように、しかしもしもの時には出てこられるようにと階段の辺りで待っていて貰っていることがバレている事実に、背中に汗が伝う。

 そして、


「勿論説明してくれるわよね?」


 空いている右手が背中に回ると、取り出したのは黒々とした、拳銃だった。

 照準はしっかりと春夏の心臓を捉えてブレることがない。その圧に数歩後ずさりながら、

 

「あとで紹介するつもりだっただけよ。必ずあなたたちは協力してくれると信じているからね」


「信じる? ばかばかしい」


 吐き捨てるように言う女性は二歩、三歩と大きく前に進んでくる。

 その狙いが階段から覗く彼らを視認する為だと気付いたのは、女性が通路まで辿りついてからだった。

 女性は一瞬銃口を天井へ向けると、すかさず発砲をする。

 その音は鈍く乾いていて、しかし天井からは破片がパラパラと降り注ぐ。

 

「騙されたって事でいいかしら? 覚悟は出来ているのよね?」


「そんなに簡単に行くと思ってるの? こちらにはあなたの知らない情報も武器も多くあるというのに?」


 再度銃口を向けられ、春夏は笑みを浮かべて両手を広げてみせる。

 武器を一つも持たずに、一歩ずつ距離を詰めていく。背中には守る者がいる。それだけで重たい足も何とか前に動かすことができていた。

 ……威嚇射撃ってことはそういうことでいいのよね?

 先程、わざと天井を狙った理由を考えていた。それがまだ交渉が生きているという証左ならば諦める理由がない。

 今にも飛び出しそうになる颯斗を手で止めながら歩み寄る。既に彼我の距離は飛びかかれば重なるほどに近い。

 銃口の中まで見えるほどの距離になった。まだ動かない。しかし目だけはお互いにしっかりと繋がっていて瞬きする余裕もなかった。


「キルカ、分が悪い」


 その均衡を破ったのは、女性の後ろで見守るだけだった男性だ。

 彼はキルカと呼ばれた女性の右肩に手を乗せるとゆっくり腕のほうにずらしていく。慎重に、春夏の中心を狙っていた銃口を下に向けさせていた。

 少しの時間の後、完全に腕を伸ばしきったキルカは、


「……わかったわ。そこまで言うなら協力する」


 ため息一つの後、拳銃を腰の後ろへと戻していた。

 っ、はあぁぁ……

 表情筋を動かさず、しかし頭の中で大きく息を吐く。どれだけ吐いても実際の肺の中は硬い空気が居座っていて気持ちが悪い。

 生き残った。それも最善の状況で。ちらと目を向けるとほのかに笑みを浮かべる颯斗の姿があった。

 心臓に悪いと目で訴えているようで、春夏はウインクで返していた。


 そして、

 

「ありがとう」


 差し出した手は、小気味いい音ともに平手打ちされてしまう。


「馴れあうつもりはないの。違和感を感じた時点であんたたちを殺す。それだけは覚悟することね」


「よろしく頼む」


 腕を組んでそっぽを向くキルカとは正反対に、男性は礼儀正しく礼をしていた。

 じーんとしびれる手をさすりながら春夏はにこやかな顔を崩さずに、


「よろしく。魔女さんと恋人さん?」


 その一言に、静電気のようなぴりっとした空気が流れる。

 訝し気に目線を向けたキルカが口を開き、


「……アドオン?」


「いいえ、私のスキルと推測ってところかしら」


 生存者がいる時点で積極的には動かないだろう。ならば消去法で残る二つを言ったに過ぎなかった。

 どうやら外れてはいなかったと、春夏は笑みを強くする。


「言葉に偽りはないってことね」


「そういうことよ」


 そして二人は強く握手を交わしていた。




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