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第28話 幕間3-1

『もう一つの大切なこととは?』


 スピーカーから流れる音に、蓮はくっくと小さく笑い、

 

「そうだね。今言ってしまったらオーディエンスもつまらない思いをするかもしれない。宿題だ、三時間後に君の回答を聞きたい」


 そういうと目を閉じて椅子の背もたれに深く背中を預けていた。

 小さな寝息が聞こえるまでそれほど時間はかからなかった。





「と、言われたんですが」


 蓮が眠ってしまってから約一時間後。

 その様子を男性、先ほどまで蓮と話していたウォッチャーがモニター越しに見つめていた。

 黒のスーツ姿で首元から『穂刈』とかかれた社員証をぶら下げている。中肉中背の飾り気のない会社員という見た目だが左手の薬指にはシルバーのリングが輝いていた。

 蓮がまだ眠りの中にいることをたびたび確認しながら、

 ……大事なこと、ね。

 頭の中には先ほど蓮に言われたことが渦巻いていた。

 相手が蓮でなければ苦し紛れの問いかけに過ぎないと一蹴するところだが、今回はそれでは済まない。ただ言えることにも限界があって、その判断をするのは穂刈ではなかった。

 そう考え、穂刈は後ろに立つ男性に声をかけていた。

 四十そこそこ、白髪が目立つがきっちりと固められた頭髪に身体にぴったりとあった濃紺のスーツ。深いしわの刻まれた顔はうつろにモニターを眺めていた。

 呼称するならばGM(ゲームマスター)。このゲームの総責任者だった。


「そうか」


 初老の男性は短く答える。そのあとに続く言葉を待っていた穂刈はいつまでも返事がないことに戸惑っていると、


「どうした? 考えないのか?」


 目が合い、逆に問われて、


「いえ、よろしいのですか?」


「質問の意図がはっきりしないな。何が言いたい?」


「私には彼が深読みさせて情報を引き出そうとしているように思えてならないのですが」


「かもしれないな」


 そこで初めてGMの表情が和らいでいた。

 それも一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻ると、


「だからどうした。顧客の中には彼の話を待っている者もいる。今更止めることなど出来はせんよ」


「止めるべきです」


 男性がきっぱりと進言する。

 ただGMは手を振り、


「出来ん。それに情報を出す出さないは我々が決められることだ。それに気をつければいいだけの事だろう」


「それは……そうですが」


「気をつけたまえよ。君の一言で今後のゲームの行く末も左右するかもしれんのだから」


 その脅しにも似た言葉に周囲にいた他の同僚にも緊張が走る。

 うまくやらなければ。失敗した時の損失は一個人でどうにかできるものではないと理解しているからだ。

 期待が重い。穂刈はそのことを考えて目を閉じる。この場ではGMの次に年長であるがまだ三十歳と幾つかしか歳を重ねていない。アドリブと適応力が求められる蓮の対処を任されたことは荷が重く、しかし他の誰でもない自分が選ばれたことが嬉しく思っていた。

 

「頑張りたまえ」


 GMは最後にそう言い残してモニタールームから退室していた。

 通路に出てすぐの部屋に入る。そこは休憩室となっていて仮眠や、簡単な軽食などを取れるようになっていた。

 GMはそこで愛用のカップにインスタントのコーヒーを淹れながら、


「どこまで気付いているのか、私も楽しみだよ」


 一人暗い笑みを作っていた。





『答えは出たかね』


 目を覚ました蓮がスピーカーに向かって話す姿がモニターには映っていた。

 十分ほど前に目を開いた蓮はしばらく椅子に座ったままの体勢でいたが、ゆっくりと立ち上がると軽く体をほぐすように体操して、また席に戻っていた。


「……いえ」


『そうか。その脳内は計り知れないが、きっとゲームマスターに相談したのだろう』


「はい」


『その様子だとにべもなく追い返されたと言った感じかな』


 なぜわかる、と穂刈は眉をひそめていた。声は機械で変声されていて顔も見ることができない。それなのに相手の機微を正確に察知する蓮の洞察力が怖くて仕方がない。

 モニター越しに見つめる目が本当は全て見えているのではないかという疑念を持たせ、返答を遅らせてしまう。それがいけなかったのか、蓮はため息をひとつ向けると、

 

『沈黙は肯定と捉えられても仕方ないと思うがね』


 落胆のような声色に穂刈は形容しがたい不安を覚えていた。

 この映像は世界中にいる顧客が閲覧している。基本的にゲームのイニシアチブは運営側になければならないというのに、蓮のいいように手玉に取られている姿を見られるというのは信用問題に値する。

 不味いですね……

 不気味な蓮の存在に穂刈は気を引き締める。これ以上、無様な真似を見せれば自分の立場にも関わると思って。


「それで大切なこととはなんでしょうか」


『その前にだ。少し考えたことを話したい』


「先に質問に答えてください」


『急かさないでくれ。時間はあるし、これはヒントなのだよ』


「ヒント?」


 驚き、声をあげてから、やってしまったと後悔する。

 感情を表に出せば彼は目ざとくそれを察知する。わかっているはずなのに、注意しているはずなのについ口が先に動いてしまう。

 そこからどれだけの情報が流れてしまうかは未知数だ。だから極力抑えなければと穂刈は強く念じていた。

 しかし、もう遅い、と気付くまでそう時間はかからなかった。


『肩肘張らずに聞いてくれればいい。歳は三十五、六。男性で小学生程の子供がいる』


「なにを──」


 穂刈がなんの話だと言う前に蓮は話を続けていた。


『子供は女の子だな。家庭環境は非常に良好、年に数回の旅行に行き、全てが日本国内だ』


 ……そんなはずは無い。

 いや、あってはいけない。不可能だ。

 穂刈は震える手を強く握る。背中からは状況が気になった幾人かの同僚の視線が突き刺さっているのを感じていた。

 

『性格は真面目で部下からは少し弄られる場面もあるが、表立って敵対する相手も居ない。上司からの信頼も厚く、勤続年数は十年ほどといった感じかな』


「それ以上話すのを止めなさい!」


 怒号。そのあと直ぐにマイクの音量をゼロにする。

 やってしまった……

 突然の大声を聞きつけ、同僚の一人が穂刈に駆け寄ると、


「どうした、大丈夫か?」


「あ、あぁ。問題は無い」


 問題ないわけあるものか。

 そう自分を叱咤するがもう遅い。

 モニターでは微かに笑い声が聞こえ、

 

『そう、これは君のことだ。身長は平均よりも高く痩せ型。髪は白髪が混じり始めて少し気にしている。学生時代は運動部に所属し副キャプテンを経験。その後有名大学に入学、ここまではあっているかな?』


「何故……」


 何故知っている。震える声は最後まで言うことが叶わない。

 蓮はしばらく笑ったままでいたが、急に真顔になると疲れたように息を吐いた。 

 

『ただの推測だよ。子供がいるのにこんな時間まで仕事をしているということは未就学児であることは考えにくい。それでいて四十を超えて徹夜というのも辛いだろう。間を取って三十代中盤と判断したのさ。子供が女の子というのも騒ぎたい盛りの男の子の相手は一人では大変だろうという感じかな。大方出張と言ってこの仕事をしているのだろうから埋め合わせのために過剰な家族サービスを行っている』


「旅行先については?」


『こんなゲームを開催しているのだから少なからず悪意に晒されることになる。ましてや動画編集という名目で必要なら何度でも。ならなるべく安全安心を心掛ける気持ちが強く出てしまうのさ。子供がいるならばなおのことね』



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