第22話 初日 20:00-3
苦笑が生まれる。
嫌な感じではなく、仕方がない子供を見るような目に源三郎は肩を狭くしていた。
そして一息つくと、
「次は聖職者ね。これもまた面倒くさいわ」
目線はそのままで春夏が言う。
そのスマホの持ち主は源三郎だった。面と向かって面倒だと言われ、
「そうか?」
素直に認めたくない気持ちが口から出ていた。
……そんなに面倒か?
源三郎はスマホに視線を落とす。表示されているタスクは文字数だけ見れば少ない方だ。やることも二つだけと考えれば他にもっと面倒くさいタスクがあると思っていた。
だからと反論する前に益人が、
「祭壇もアイテムも見つかってねえし、そもそもアイテムってどんなんだよ」
「それらしいものといえば……女神像とかですか?」
「生贄って可能性もあるぜ」
益人が和仁を驚かすように笑う。
それは無い、と源三郎は思い、口に出す。アイテムと書いてある以上形ある何かであって人では無いはずだ。
和仁も頷くと目を細めて益人を見る。
「怖いこと言わないでくださいよ」
諌めるような物言いに、冗談だよと鼻で笑っていた。
その飄々とした態度に源三郎は顔を顰めていた。無気力さを隠す様子がないのに、なんだかんだちゃんと考えて行動する彼の本質がいまいち掴めないでいた。
要注意人物ではあったが成果もあり問題も起こしていない。逆に自分はと言えば説得に失敗し、探索では目立った成果もない。
発言力など気にする必要はないのだけれど、嫉妬よりも情けなさが胸の内を閉めていた。
そんなことを考えているとつい視線が下がる。幸い誰にも見られることも無く、
「まずは祭壇を見つけることからね。追記は、うん、言うことないし、次行きましょう」
春夏の言葉で源三郎の役職については締めくくられていた。
残り二人、益人と桜の役職だが、桜はまだ四苦八苦中なので、自然と視線は益人に集まっていた。
彼は一度全員を一瞥すると頭を軽く掻いて、
「職人なあ。アイテム合成ってどうやるんだ?」
「くっつける、って言う訳では無いわよね」
冗談めいた感じで春夏は言うが、手にはナイフと拳銃が握られていた。
それがゆっくりと益人の目の前まで運ばれてくる。彼は顔をしかめて春夏を見るが、観念したのか両方の凶器を受け取りどこかくっつく場所はないかと合わせ始めた。
「……まあそうなるわよね」
「お前がやらせたんだろうが!」
後方へ雑に投げ捨てた益人が怒鳴る。ナイフならまだしも拳銃は暴発の危険があるため一同は身体を固くして非難の目を向けていた。
その視線に睨み返す益人に対して、和仁が、
「合成と言うと釜とか鍋ってイメージですけど……」
「俺は楽器を作ってるんじゃないんだぞ」
……楽器?
どこからその発想になったのか疑問が浮かぶ。自分が知らないだけでそういう映画かアニメでもあるのかと周囲を見るが、誰もが首を傾げて苦笑いを浮かべていた。
だが、そこを追求する意味はないため春夏が話を切り替えるように言う。
「ところどころ不親切よね。この説明」
「一筋縄にはいかせてくれないという事だな」
いずれ探索をしていればとっかかりが掴めるだろう、と源三郎は言うしかなかった。
……結局全部それで済ませていないか?
探すものが明確になることはよいことであるので一歩突っ込んだ情報共有が無意味になることはない。しかし大きく進展したかといえばそうではない。
時間が無くなっていく中で、希望の光が細くなる中で朗報がないということがどれだけ心に重くのしかかってくるか。停滞は後退と同じ。求められているのは常に良い変化だった。
まだ大丈夫、円座を組んでいる顔ぶれはそう言っている。だがそれがいつまでもつか。
一人沈んでいる源三郎をよそに颯斗が視線をめぐらせていた。
そして、標的を見つけると、
「最後は……奴隷商か」
ようやく作業が終わった桜と目を合わせて言う。
手に持った布を抱えながら小首を捻る彼女は、
「奴隷ってどういう意味なんですかね」
「さぁ、試してみるか?」
相変わらずの軽口を叩く益人に桜は笑って返していた。
……やらないよな?
二人の関係がわからず、ともすれば直情的に実行してしまいそうな危うさがあった。
やり方は簡単だ。スマホを相手のスマホに向けて奴隷にするというボタンを押すだけでいい。桜は今スマホを操作していないがいつでもできる状況ではあった。
奴隷になるとどうなってしまうのか。もし取り返しがつかないのならば絶対に阻止しなければならない。
源三郎は手を前に突き出して、
「やめて置いた方がいい。やるにしてももう少し情報が集まってからでもいいだろう」
「それだと遅くないか?」
「奴隷になったらクリア出来ないという可能性が否定できないからな」
「そんなこと言ったらどの役職だって同じだろ」
益人に強く言われ、続く言葉が浮かんでこなくなる。
つい先ほど盗賊のタスクを消化したばかり。一人クリアしたなら続きたいと思うのが普通であり、そのための方法はわかっている状況で否定するならばしっかりとした理由が必要だった。
奴隷という言葉が怖い。そんなものは理由にならない。
額に浮かぶ冷汗をぬぐうこともできず、まっすぐ見つめる益人の目に負けじと目で返す以外出来ることがなかった。
険悪とは違う、嫌な方向へ向かう話し合いに春夏はストップをかける。
「ちょっと! 言い争ってる時じゃないでしょ。とにかく今わかっている事を整理しましょう」
「……すまなかった」
源三郎は軽く頭を下げる。内心ほっとしたことを隠して。
対して益人は何事もなかったように胡坐に肘を乗せ、軽く握った拳に顎を乗せて欠伸をかいていた。
気にしていない。というよりかは気にする必要もない。そう顔が物語っていた。
……だろうな。
彼はただ自分の思っていることを口にしただけだから。それを肯定されようが否定されようがその人の意見であって自分に害も益もなく、周りがどちらの意見を参考、重用しようが気にしない。
それを無責任と取るか民意を尊重しているととるか。それすら益人にとってどうでもいいように思える。自己完結の化け物、そんな言葉が源三郎の脳裏に浮かんでいた。
話し合いが無くなり場に静寂が訪れる。それを破ったのは一人しかいない。
春夏は軽いため息をつくと、
「総括して、通常の手段じゃ狩人のタスクはクリア出来ないんだからそこをどうにかする裏技を見つけるべきね」
「すみません」
「あなたのせいじゃないわ。むしろ仲間にいてくれて良かった」
「そうなんですか?」
そうよ、と春夏が和仁に笑みを向ける。
「知らない人だったら情報共有の前に殺し合いになってたかもしれないしね」
その光景を想像したのか、和仁は一瞬大きく身震いをして苦笑いを浮かべていた。