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第19話 幕間2

 永い眠りから目を覚ました蓮は、半開きの目で部屋を眺めていた。

 まだ十全に頭が働いていない。浅い呼吸を繰り返しながら特に考えることもせずに意識がはっきりするのを待っていた。

 ……なるほどな。

 ぼんやりとするのは初めてではない。ゲーム開始前に目が覚めた時から、いや、もっと前からけだるいとも違う、妙に頭が働かない時はあった。

 原因はわかっている。ただそれは今の状況には全く関係のないことだと、蓮は切り捨てていた。

 五分ほどの時間が経って、ようやく蓮はうつむいていた顔を持ち上げる。

 椅子に座ったまま二時間近く眠っていた。正確な時間は把握できていないが体感はそう告げている。

 首が痛い。肩も少し硬くなっている。臀部も危うい状況だ。

 自分の体の状態を冷静に分析し終え、蓮は立ち上がる。

 そして、


「そろそろ外の状況に変化が出てきたころかな」


『どうしてそう思うのですか?』


 スピーカーから流れてくる音に、蓮は笑みを浮かべる。


「目聡い者なら時間がないことに気づいて行動するからさ。わかっている質問をするのは感心しないな」


 全身を広げ、大きく呼吸をしながら答える。

 目が覚めたら全部夢だった。そういうことはないという事実を胸に溜めて。


『どうしてそう思うのか聞いているのです』


 いらだちともとれる問いに、


「四十八時間という時間は長い。その間夜を二回迎えるがこの環境で満足に眠ることなんてできはしないだろう。落ちたパフォーマンスで行動するよりまだ体調がいいうちに勝負に出ようとするのが普通だからだよ」


『それは相手も同じと考えるのでは?』


「それを把握できるのであればね。自分は疲れているのだから相手も疲れているはずだ。自分はこんな武器しか持っていないのだから相手もこれくらいだろう。そんな根拠で動ける人間を私は見たことがないよ」


 その言葉に返事は生まれなかった。

 たがら代わりにという訳では無いが、そのまま蓮は話続ける。


「君達はゲームの参加者に全ての情報を渡してはいない。しかし得る方法はある。それに気づいた参加者は時間が経てば不利になるのは自分だけかもしれないという恐怖に駆られるだろう。それなら物資も防衛拠点も万全になる前に電撃戦を仕掛けた方が消耗戦よりも生存率を高められると考えるね」


 まるで戦争だな、と蓮は思う。

 情報だけでは勝てず、情報がなくても勝てず。誰でもジャイアントキリングが出来るが、やはり定石は強く。ゲームバランスを考えた時、何をするにも一長一短のほうが盛り上がる。特に短い時間で行うゲームならばなおのこと。

 大方そんなところだろうねと、蓮は内心でため息をつく。

 性格の悪さが露呈するようなゲームだ。だからこそ手札の多さがそのまま武器になることに気づいたものから生き残る。

 最後に待ち構えるのは運であることは仕方がない。それまでにどれだけの積み重ねが出来るか、古今東西流行るゲームというのはその性質を兼ね備えているものなのだから。

 通常のゲームなら、と蓮は考える。生き残りのため、誰かを殺さなければならない、今回の趣旨にのっとったゲーム運びがなされた場合、 


「人は協力し合える生き物だ。ただ多くてもいけない。過去のゲームでは終盤はほとんどがペアで行動していたのではないかい? ペアが出来て、状況が硬直する前にマージンを取っておきたいと考えるほうがむしろ自然なことのように思えてくるよ」


『……全員生存は可能だと思っているのですか?』


 ウォッチャーの問いかけに、ほうと、蓮は目を開く。

 話の流れを無視する質問だ。しかし都合が悪くなったからという訳では無い。意味の無い話よりも興味のある内容を聞きたいという意思が現れていたからだ。

 蓮は薄く笑い、


「意味のない質問だね。可能かどうかなら可能であると君たちが保証したことだろう」


『そういう意味ではありません。今回のゲームが全員生存できるかどうかということです』


「出来る。まだ誰も死んでいないのであればね」


『その方法は?』


 その問に蓮は押し黙る。

 思いつかなかったからでは無い。頬は吊り上げられ目は細くなり、喉の奥が鳴るほどの笑いを堪えていたからだ。

 しばらく腹を抱えるほど俯いていた蓮は、


「そうか、まだまだ誰も死んでいないのだね」


 目に涙を溜めてそういった。


『私は何も言っていないのですが』


「なら方法という言葉を使わないはずだよ。先読みしたいという感情が表に出過ぎているのさ」


『言っている意味が分かりません』


「あまり自分の考えを話すのは気恥ずかしいのだけどね。もし今誰かが死んでいて私の目論見が破綻しているとして、私に全員生存が可能かなどと尋ねるかね? ましてやその方法など尋ねるはずもない。意味がないからね」


『そう思わせているだけかもしれないと考えないのですか?』


「それになんの意味がある」


 急に真顔になり、蓮はカメラを睨みつける。

 もし今誰かが死んでいたとしたら。その時点で蓮がこの場にいる意味を失うため、解放する若しくは何も知らせないまま合流させて絶望する様を楽しむだろう。

 いや、待てよ。それ以外で聞く理由がもう一つだけある。あまりに幼稚でありえない内容のせいで除外していたが、もしそうだとしたらかえって申し訳ないと思う程に。

 蓮は顔の緊張を解し、柔らかい笑みを浮かべると、


「もし、もしもの話だが。笑わないで聞いて欲しい。私が全員生存させるための方法を完全に思いついているとして、次回以降のために何がなんでも情報を仕入れなければならないとゲームマスターから言われているのだとしたら、それは過大評価すぎる。私は馬鹿では無いが神ではないのだよ」


『……わかりました。確かにまだ全員生存はしています』


「ありがとう」


『……本当に全員生存させる方法を思いついてはいないのですね?』


 執拗なまでの確認に蓮は気にした様子もなく、


「あまり行儀が良くないことは承知してるがそのうえで質問を返そう。君は全員生存に一番必要なこととは何だと思う?」


 どう答えるか、蓮も興味があった。

 下手なことは言えない。そこからヒントを得るかもしれないからだ。

 ……そんなこと、わかっているさ。

 それでも何か期待を上回る言葉が出るのではないかと期待していた。

 しかし出てきた言葉は、


『ルールの把握、かと』


 重要であり、ありきたりな答えに蓮はため息をつく。

 真意を隠していると言うよりは思いつかなかったような間に、


「確かにそれも大事だ。だがまったく違う」


 そう断言する。

 そして、


「全員生存できるという発想があるかどうかだよ」


『どういう意味ですか?』


「私はあの時みんなの思考に毒を植え付けた。甘美なかぐわしい毒をね。そのせいで今あの場にいた人間は一方を向いて行動することを余儀なくされたのさ。それがどんなにいばらの道でも他の道を取れなくしてしまっているのだよ」


『……同調圧力ですか?』


 そうとも言う。しかしその言葉では棘がありすぎる。


「理想郷への架け橋と言ってほしいな。そのほうが美しい」


 その両端で悪魔が誘おうとしていようとも、見たいものが目の前にあるうちは歩き続けなければならない。

 こちらの勝手で困難な道を歩ませてしまっていることは自覚していた。戻ったら一発くらい殴られる覚悟もある。ただ後悔だけは無い。

 蓮は椅子に座り、

 

「撒いた毒は感染を続ける。あの場にいなかったものと会えば、彼等がとる行動はまず説得からだ。相手が一人なら団体で行動している相手に無茶はできない。必然と話を聴くこととなる」


 全てが全て、そう上手く行くとは限らないことはわかっていた。それでも人の善性を疑う理由にはならない。


「敵だと思っていたものが敵対しないということはひどく安心感を生む。そして敵対よりも得があると見せれば表面上突っぱねたとしても相手に疑問を植え付けることができる。後はそれが芽吹くのを待つだけでいい」


『芽吹く、とは?』


「攻略法さ。一つの視点からでは見つけられないものをたまたま見つけてしまった。それを手土産に協力の意を示せば貢献度は高く、集団での発言権も得られる。これなら遅参組も協力しやすい」


『そううまく行くと?』


「さあ? 私は全知全能ではないのでね、何でも知っているわけではないのだよ」


 蓮は両手を肩の高さまであげて、肩を竦めていた。


『いきなり無責任なことを言うんですね』


「無責任な状況にさせているのは君たちなのだけどね。なんの手土産もなく登場する羽目になることを考えると今から頭が痛くなる思いだよ」


『最大の貢献をしているように思えますが』


 思わず吹き出して笑う。

 何を持ってその言葉を言ったのか。顔が見れないことが非常に残念で仕方がない。

 

「冗談としては傑作だね。皆命を懸けて行動している中でぬくぬくとかくまわれている人間など疎まれて当然だろう。いつだって下の人間は支配層の文句を言うものさ」


『支配層、ですか』


「もちろん例えだ。君も同じような愚痴をこぼしたこともあるんじゃないか?」


『黙秘します』


 黙秘、ねえ……

 その言葉に一瞬だけ躊躇いがあったことを見逃さない。つついてもいいが、野暮かもしれないなと考えて、


「失礼、今そこで言えるはずもないね。配慮が足りなかった」


『訂正します。愚痴を言ったことはありません』


 軽く怒気すら感じられる台詞が早口で降ってくる。

 おかしいなと、蓮は首を傾げていた。ちゃんと配慮したはずなのに相手を怒らせてしまった。その理由がわからず、頭上を見上げても答えは書いていなかった。

 ただ怒らせてしまったものは仕方がないと、


「そういえばだが、先程一番大切なことがあると言ったがもう一つ、優先度は下がるが大切なことがあるのだよ」


 独り言のように呟く声は、返事を待たずに続けていた。


「それに彼らは気づけるかどうか、時間はないが期待して待つとしよう」

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