第14話 初日 16:00-3
他のペアが探索に出かけている中、拠点すぐの部屋で益人はベッドに寝転がっていた。
焦点の合わない目は天井を見上げ、浅い呼吸を繰り返している。
それ以外何もしていない。そんな益人を眺めていたのは和仁だった。
「あのぅ……」
和仁はベッドの横で立ち尽くしていた。所在なさげに眉を下げ、視線の先は益人の顔に注がれていた。
その声を聞いても益人は動かない。蛍光灯の光を遮るように腕で目を隠して、
「疲れてんだよ、少し待て」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「探索しなくていいんですか?」
「するよ。するけどちっとは休憩させろって言ってんだよ」
「じゃあ僕は何をしていれば……」
顔色を伺う和仁に、小さく腕をずらして益人は睨み付ける。
……めんどくせえな。
先程とは違う種類の面倒くささに、益人は強く目を閉じる。
疲れているのは本当で、主に精神的なものだった。先程の緊張が遅れてやってきていた。
他のペアが精力的に活動できていることが不思議なくらいで、頑張るや努力とは無縁に生きてきた人生だった。それこそ自分に花丸を上げたいくらいにはここまで頑張ってきている。
だから人に頼りきりでこれ以上頑張らせようとする和仁の態度が気に入らない。
「座ってれば?」
「……皆にはなんて報告するんですか?」
それくらい自分で考えろと心の中で呟く。
それなりな人数が集まればこういうやつも出てくることはわかっていた。むしろ少ないくらいで世の中に出ればもっと酷い奴なんていくらでも見てきた。
面倒だとは思うが怒る程のことでは無い。益人は軽くため息をついてから、
「殺戮者の音がして動けなかったでいいだろ。聞き間違いだからって責めるやつはいねえよ」
答えた。返事は無かった。
……納得はしてねえか。
和仁が今どういう顔をしているか分からないが良心と言い訳がせめぎ合っていることはよく分かっていた。目標まで皆で協力しなければいけないのにサボっている。それを問い詰められた時自分に被害が及ばない言い訳を探しているのだ。
だから、
「でも皆で協力するって決めたじゃないですか」
「他人が勝手に決めたことだろ。俺は賛同なんてしてねえし、やらねえとも言ってねえ。ただ少し休憩するだけだ」
「それじゃあゲームクリア出来ないですよ」
追求が激しくなる。それに比例して益人の中で熱く込み上げてくるものがあった。
それを沸騰させる必要は無い。そう思えるくらいには冷静な一面を持ちつつ、
……後で変に爆発するよりかはマシか。
自分が、ではなく他の参加者が。
皆が皆、冷静でいられるとは思わない。思いつくだけでも何人か明らかに水が合わない奴がいる。そいつと和仁の間で拗れる方が面倒なことになるよな、と考えていた。
だから益人は上体を起こすと、キレのある動きで腕を伸ばし和仁の胸倉を掴んでいた。
「うるせえな! じゃあお前に何が出来るんだよ。結局一緒になって座ってるだけじゃねえか」
一気呵成に捲し立てる。
目は鋭く、眉間に皺を作り、なるべく口は大きくを意識して。
とんだ猿芝居だなと思いながらも、和仁は目を大きく開けて固まっていた。
好都合だと、益人は続ける。
「俺は俺の事を褒められた人間じゃないってわかってるけどな、善人ぶって自分から行動しない奴よりマシだ」
「そんな……」
ようやく口を開いた和仁の声は震えていた。
その顔がどうにもおかしくて吹き出しそうになる。
どうにかこらえた益人は、なら、と言って、
「一人で動いてみろよ。死ぬも生きるも全部お前の責任だけどな。出来るのか、それが?」
和仁は息を飲んで、下唇を噛んでいた。
何を考えているかわからないが、興味ないと益人はベッドに戻る。
……少しはましになればいいけどな。
三分、五分と経過しても動く気配はない。そろそろ起きて探索しなきゃなと、益人が目を開けた時、
「面と向かってそう言われたのは初めてです」
「……だろうな。そんなやつばっかでつるんでたらそうもなる」
「はい。後で裏で愚痴を言うくらいで表面上ではへつらうばかりで。本当は変えたいって思っても勇気も出なくて」
「あっそ」
ありふれた話だ。興味ないと冷たく返答する。
「ごめんなさい。こんなこと言われても迷惑ですよね」
「別に。さっきまでいろいろ言ってたのは俺だし」
そういうと、益人は仰向けの体を転がし、肩肘ついて掌に顎を乗せる。
目の前には眉を八の字にしてうつむいている和仁がいた。
「益人さんはここに連れてこられるまでは何をしてたんですか?」
「別に、ただの営業だよ。田舎のジジババ相手によくわかんねぇもん売りつける商売をしてただけさ」
「それって──」
「半分詐欺みたいなもんさ。客と揉めたこともある」
つまらない話だと、益人は鼻で笑う。
「そうでもしないとこっちがクビになるんだ。まあ無断欠勤を三日もしてりゃ結局クビだろうけどな」
今は手元にない会社用の携帯の着信履歴のことを考えると憂鬱を通り越して笑えてくる。辞めるとわかっていれば意外とすっきりした気分でいられた。
「腐るほどの金なんて要らねえ。ほどほどでいいんだよ、人生なんてな」
「僕も来年卒業して就職なんですけどどうですかね」
「どうって言われてもな。所詮会社が求めてることなんて大したことないんだ。成績が良かったらもっと働かされるし悪かったらクビになる。目立たずそこそこで定年までやるしかないだろ」
「定年、ですか」
先の長い話に和仁は何度か頷いていた。
……若いっていいねえ。
社会人になって仕事をしていると時の流れが異様に早く感じられる。それにつれだんだんと身体は動かなくなり、健康診断の結果が悪くなっていく。その実感がないことが羨ましいと感じるほどには年を取ってしまっていた。
「命がかかってるってのになんの話しをしてるんやら」
呆れたように益人がつぶやく。
なんの意味もない雑談だった。ゲームにも人生にも必要のない、くだらない会話。
なんでこんな話をしてしまったのだろうかと、若干の気恥ずかしさを感じていると、
「僕、ちょっと周りを見てきます」
そう言って立ち上がる和仁を目で追っていた。
「どうした?」
「言ってたじゃないですか、一世一代の大勝負って。僕もそれに乗っかろうかな、なんて……」
後頭部を押さえ、身を縮こませて和仁は話す。
「……わかっているんです。これもただ周りに同調してるだけじゃないかってことくらい。それでもこんな時ではすら人に判断を任せていちゃ格好悪いじゃないですか」
「お、おう」
「子供の頃、ヒーローに憧れてたんですよね。ごっこ遊びってあるじゃないですか、友達と遊ぶ時はいつもやられ役だったけど父親と一緒の時は僕はヒーローになれたんです。自分の子供にもそういう胸を張って言えるようになりたいんです」
それだけは胸を張って宣言する姿に、
……変なスイッチ入れちまったかな。
益人は若干の汗を額に滲ませて苦笑いを浮かべていた。
ただ空回りしなければいい傾向だと思い、小さく笑みを作ると、
「で、彼女いんの?」
「いや、まだ……」
「じゃあ子供の話は気が早くないか?」
「そうですけど……」
和仁は唇を尖らせてじとっとした目で睨んでいた。
それを軽くいなし、
「んじゃ、そろそろ行くか」
益人は立ち上がると大きく腕を天に向けて身体を伸ばす。
休息はそこそこ。ただこれ以上は回復しそうにない。自分を甘やかすのはまだ少し先でいい。
動向を見守る和仁を置いて、大股で歩く。扉を開くと後ろから子犬のようについて来ていた。
「で、どっから行く?」
益人は半笑いで尋ねていた。
苦笑する和仁は、周囲を見渡してから一方を見つめ、
「あ──」
「待て」
喉を鳴らした瞬間、それを遮る。
ドシンと、重い物の落ちる音が空気を震わす。それはもう一度、近くの階段から響いていた。
ヤバい。脳が司令を出す前に階段から転がり落ちた影があった。
「ちっ!」
盛大な舌打ちが辺りに木霊する。
それは颯斗だった。着地が上手くできなかったのか床を転がり、すぐに立ち上がる。
「だ、大丈夫!?」
和仁が慌てたように声をかけていた。
その理由は、
「俺のじゃねえ。春夏のだよ」
顔を酷く歪ませた颯斗がそう吐き捨てる。
胸の辺りが赤黒く染め上がっている。出血、一目でその事実が脳に焼き付く。
「薬と包帯、あと人手もいる」
「わかった。何があったか移動しながら話せよ」
益人はそう言って血塗れの彼に近づいていた。
最悪が頭を過ぎる。それにしては冷静な颯斗に一縷の望みを託していた。