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第10話 幕間1

「随分と何も無い部屋だね」


 目隠しを外されて早々、目の前の光景に対して蓮は感想を述べていた。

 運営から一人部屋の外に連れ出された後、目隠しをされようやく解放されたのが今の部屋だった。

 中央には椅子がひとつ。後は奥に小さな扉がある。予想が正しければあそこが御手洗だろう。

 背後からカチリという音が一度だけ鳴った後、静寂が幕を下ろしていた。

 ……鍵を閉められたか。

 わざわざ確かめる必要も無い。振り返るのは恰好悪いと歩み、椅子に腰掛けた。

 目が拾うのは代わり映えのない内装で耳が拾うのは微かな環境音だけだった。

 暇だな。それ以外の感情が湧いてこない。

 一人ここで安全が確保されているということに居心地の悪さを感じて、 


「運営側よ、質問はいいかな?」


 堪らずそんな言葉を投げかけていた。

 返答はしばらくなかった。足を組んで、また組み直して、それくらいの時間が経ってから、


「答えは無し、か。これは嫌われているということでいいのかな」


 独りごちる。

 警戒されているのか。または集音するための機材が設置されていないのか。後者はないだろうと推測できる。それではゲームとして盛り上げられないはずだから至るところに隠されているはずだ。

 となれば対話を試みるつもりは無いという意思表示がされているということになる。

 つまらないな……

 それ以上の理由もあるが今はそれが不満だった。

 一応賭けに参加している顧客でもある立場からすると、今の状況、運営の態度はいただけない。

 カメラはあるだろうかと周囲を見渡す。隅から隅まで確認したが天井付近にスピーカーらしきものはあれど、カメラらしきものは見当たらなかったため、ここはあると仮定して進めるしか無かった。


「あと三十六時間、ただこうして座っているだけというのもつまらないとは思わないかい?」


 もはやここに至っては一人芝居だ。それでも蓮は話続ける。


「だから私が勝手につらつらと話をしよう。最初のお題はこのゲームについてだな」


 僅かに誰かが興味を持ってくれれば御の字。それを意識して言葉を選んでいく。


「といっても攻略法などを言う訳では無い。こうも情報が遮断されてしまっては推測するのも難しいからね。今から話すのは運営側と顧客の事だ」


 椅子に浅く腰掛けて前のめりになる。膝の上に腕を置いて、指の先をそれぞれの指に合わせてから、少しだけ険しい表情を見せる。

 口調は穏やかに、ゆっくりと語る前に不満を漏らす。


「しかし、運営側という言い方は面倒くさいね。ボイチェンを使っている君は自分達のことをなんと言っているのかね?」


 どうでもいいことであり大事なことでもある。共通の呼び名は親近感を湧かせる手助けになるし顧客の理解度も上がるからだ。

 それが何を意味するか蓮自身もわかってはいなかったが、期待する反応は帰ってこなかった。

 

「答えないのか答えられないのか。はっきり言わせて貰えばだらしないという言葉以外で評価できないな」


 ため息を漏らす。まぁいいと気持ちを切り替えた時、スピーカーからノイズが鳴っていた。

 ……来たね。

 気付いている。それでも気にかけないように注意を逸らす。

 スピーカーからは先程も聞いた変声が響いていた。


『我々は観察者ウォッチャー、その上に統括責任者ゲームマスターがいます』


「なるほど、監視員ウォッチャー支配者ゲームマスターか。分かりやすくていい」


『ゲームマスターからあなたとのやり取りをまとめるよう指示がありました。オペレーションは私が勤めさせていただきます』


「よろしく」


『事前に通達しますが、こちらが答えられない質問に関しては黙秘させていただきます。それは主にゲームの内容についてになります』


「了解した」


 打って変わって矢継ぎ早に繰り出される言葉に短く頷いて返す。

 少しは面白くなってきたかなと笑みを浮かべた蓮は、


「早速だが質問いいかな?」


『どうぞ』


「顧客からすれば最初と最後は自身の目で確認するとしても丸二日画面に齧り付くということはほとんどないだろう。ライブ配信もされているのだろうが最終日に見どころだけ編集した映像を作るはずだ」


『……肯定します』


 言い淀んだ間にどんなやり取りがあったか、想像するだけで気持ちが昂るようだった。


「それは顧客にしか見ることが出来ない。だから今顧客の一人である私にも見る権利がある、そういうことになるはずだが?」


『認められません』


 刃物を振り下ろすようにすぱっと断られる。

 言い方が宜しくなかったと反省して、


「あぁ、勘違いしないでくれよ。ゲーム中ではなくクリア後の話さ」


『意図が分かりません』


「そうかな? 単純な話、記念品だよ」


『記念品?」


 その声から僅かな感情のぶれが覗いていた。

 それは手打ちの文章やAIの読み上げでは出せない、人間的な反応だった。僅かな可能性だったが懸念していたことでもあったため、それが払拭されたことに蓮はいつもより少しだけ長く息を吐く。

 

『失礼しました』


 何に対しての謝罪なのか。だが蓮はそれを受け入れ、


「ちょっとした身の上話をしよう。私は昔から要領のいい子供だったのだよ。何をやらせても準一級、同年代のほとんどを相手して負けることは無かった。そこで天狗になってへし折られていれば良かったのだがそんな素直な子供でもなくてね。かといって苦労や努力をした訳でもない。他者が求める水準を常に超えた成績を出してしまっていたからだ」


 自慢とも取れる話をつらつらと述べる。

 珍しい話では無い。少し狭いコミュニティではよくあることだ。

 ある意味では最も輝かしく、またある意味では最も愚かだった思い出をしばらく反芻した後、


「君には子供はいるかな?」


『……います』


「そうか、なら出来たことを褒めるよりその過程、取り組む姿勢に目を向けてあげた方がいい。そうでないと手を抜くことを覚えてしまうからね」


 蓮はそう言い終えると片手を顎に置いて一息ついていた。

 なんの話をしていたかなと、つい自問してしまう。

 思いのほか自分の気分が高揚しているせいで饒舌になりすぎているようだった。相手の顔は見えないが久しぶりに長いこと会話をしていることと、胸のつかえがあまり感じられないことが要因であった。

 楽しんでいる。本当に。

 だがそれだけではいけないことを自分に念押しする。今が良くてもゲーム終盤がボロボロでは片手落ちだ。

 蓮は小さく頭を下げて、


「すまない、話が脱線した。今回のことは私にとってとても心躍る事態なのだよ。全力を尽くしてもどうなるか分からない、いいじゃないか。正直金なんてどうでも良かったのさ、あの場を纏めることが出来ればね」


『変人ですね』


「おや、感情的になったね。大丈夫なのかな?」


『はい、ゲームマスターからは紳士に対応しろと命令されましたので』


「良かった。味気ない会話はつまらないからね」


 できればそのボイスチェンジャーも外してほしいが、と思うが言葉にはしない。

 彼も――正確には彼か彼女かわからないが――仕事をしているのだ。ただの駄々を聞いている余裕はないはず。

 一人きりの部屋でも話し相手がいればそれなりに楽しく過ごせる。それがわかって蓮は、


「私のつまらない人生の話に付き合ってくれて感謝するよ。さて、少し一度に話しすぎたかな。時間はたっぷりとあるんだ、ゆっくりと付き合ってもらいたいね」


 裏表のない笑顔を見せていた。

 ゲーム開始からまだ三十分と経過していなかった。

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