帰路
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「良かったね、悪い子じゃなくてさ」
帰り道、隣で歩く陽花が夜空に向けて呟くように言った。私はため息をついて、同じように空を見上げる。
夕暮れから、夜へ。街灯が照らす夜道を、幽霊と一緒に歩く。恐怖もなにもあったものではない、いつもの日常。周りに誰もいないことを確認しながら私は陽花と会話をして帰路についていた。
「ああ。おかげさまでいい暇潰しになったよまったく」
「えへへ。……でも、美月もなんだかんだ、人がいいよね」
「あ?」
「いっつも、お化けとか幽霊の話を聞くとなんだかんだ言いながら、しっかり私と調査してくれるんだもん。悪霊が、誰かに悪さをしないようにって」
「買いかぶるなよ。別に私はそんな慈善事業をしているわけじゃない」
「またまたー」
けらけら笑う陽花の方を見ないように、私は空を見上げ続けて歩いた。
私が、こんなことに付き合う理由。
深い理由は、あるようで、ない。小さい頃から私は、人には見えないものと会話をしたり、遊んだりしていた。
それは人間よりも、その人たちの方が私をしっかり見てくれていたからだ。
見えないものと遊ぶ私に対してますます周囲の大人や友達は私を不気味に思うようになり、離れていった。みんなが離れていくから、見えないもの達と遊ぶしか手立てがないという悪循環。気付けば、友達はおろか両親でさえも私から離れている。
私が見えているものは、同時に私を見てくれている。自分では認めたくはないし、陽花には決して言いはしないが……私はどこか、幽霊や怪異に対して依存をしているのかもしれない。私はそう思って、自嘲気味に笑った。
「逆に聞くけど、陽花はどうしてこういう話があると調査をしようと言い出すんだよ」
「ん?あたしは……」
考え込むように顎に手を置く陽花。
コイツも、元はさっきの子どものように、ある場所に留まり続ける幽霊だった。私の通っている学校の元生徒で、数年前に亡くなっている女生徒。元陸上部で、身体を動かすことがなによりも好きなお気楽幽霊。死んだ時で時間が止まっているから……私と、同い年だ。
……死因は、交通事故。学校近くの道路で、信号無視の乗用車に跳ね飛ばされ……即死。当時の新聞記事をネットで見て分かったことで、陽花自身は死んだ時の記憶は殆どないらしい。
生前のこともあまり多くは語りたがらない幽霊ではあるが、何故か私にくっついて行動していて……しまいには、一人暮らしの私の部屋に居候をしている状態だ。
大手企業に勤めている私の両親は、私を早い段階から手放したがり私を他県に引っ越させて一人暮らしをさせた。アパートを借り、毎月相当額の仕送りを貰って生活している。それは、私にとっても居心地のいいことだ。
だがコイツが住み始めて事実上の事故物件と化した私の部屋。今もこうして同じ帰り道を歩き、同じ場所を目指している。
……陽花は、私となにがしたいのだろう。何度か聞いた話だった気がするが、私は改めて彼女に問うてみた。
猫のような大きくて丸い瞳いっぱいに夜空の星を浮かべながら、彼女は答えた。
「あたしと一緒で……誰にも見えないし、気付いてもらえない人たちが、悲しい思いをしていたら嫌だなぁ、って」
「……ふーん」
陽花らしい答えだ。元気いっぱいで、お気楽だけれど、悲しんでいる幽霊も人も放っておけない。自分のことを擲ってでも誰かを助けたい……そんな妙な幽霊。私はその答えにため息をついた。結局は……私もコイツも、同じなのだと。
そんな私の横目に、にっこりと笑ってこちらを見てくる陽花が映った。
「……なんだよ」
「……ありがとね、美月。あたしのこと、見つけてくれて」
「……」
「あたし、美月に見つけてもらっていなかったらきっと、自分が死んだことも気付いてなかった。美月が見つけてくれたから、こうしてこの世界にまだいられる。……楽しい、嬉しい。きっと生きている頃より、そう思っているかもしれない。……だから、ありがとう」
「……」
私は陽花のことをわざと見ないようにしながら一歩先へ早足で歩いていった。
「私としては、早いところ成仏して欲しいところなんだがな。いつまでも私の部屋にいられて近所から苦情がきたら困る」
「えー!?苦情がくることなんてしないよー!ちょっとテレビ借りてゲームしたりとかしてるだけだし」
「誰もいない部屋でゲームだけ起動して勝手に進んでいる状態なんだぞ。怪談以外のなにものでもないだろ」
「だ、誰にも見られないって!気をつけるから」
「ゲームをしないという選択肢はないんだな」
……ひとりぼっちだった部屋に、今は一人の幽霊が住み着いている。騒がしく、うざったい毎日。……だが、かけがえのない毎日。そんなことは陽花には言えないが、内心私はそう思っていた。
幽霊の見える私と、人間に見ることのできない陽花。
お互いに、人間には見えづらい存在。奇妙で、煙たがられ、遠ざけられる存在。
だからこそ、私も陽花も、一緒に行動をしているのだろう。私は勝手に、そんなことを思っていた。
「ねえ、美月」
「ん?」
「またなにか噂になっていたら、あたし達で解決しようよ。お金にもならないし、人間から感謝されるわけじゃないけど……きっと、あたし達にしかできないことだからさ」
「……」
私は少し間を置いて、陽花の方は向かずに瞳を閉じてにやけてみせた。
「考えとく」
「素直にオッケーしてよー。もー、毎回それなんだからー」
「まあ、また今回みたいに暇だったら付き合ってやるよ」
「絶対だからね」
……『相棒』。
ふと、そんな気恥ずかしい言葉が頭によぎった。
学校や、街に溢れる怖い噂、奇妙な噂、不思議な噂。そんなものを調査して、解決する人間と幽霊。二人にしかできないことが、そこにはきっとあるはずだ。
……人は誰しも、そんな自分にしかできない役割を探し続けているのかもしれない。そういう意味では、私も陽花も……役割があるだけ素晴らしいことなのかもしれない。
いつかは死ぬ存在。いつかは消える存在。そんなもの同士がくっついた儚く脆い関係だけれど……消えゆく時までは、大切にしよう。
我が家までもうすぐ。
夜道をのんびりと歩く私の傍には、普通の人に見ることは出来ない元気な同級生が歩いている。
この広い世界で、誰にも知られていなくても。私と陽花は、見つめ合える。
それがあるだけ、きっと私達は……幸せなんだろう。
ほんの少し心の暖かさを覚える、いつもの帰り道を私達は歩いていった。
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