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検証


――


 夕暮れから夜になっていく学校というのは、とにかく不気味なものだ。

 若く幼い男女の活気溢れる声が徐々に消えていき、巨大な校舎と校庭は暗闇と静寂が支配し始める。教室の灯りが消えていき、やがて図書室、音楽室……次々と、部屋の照明が消えていく。

 日は落ちていき、自転車置き場や校門など、局所的にその場所を照らす蛍光灯しか道標が存在しなくなる。広い校庭にはもはや僅かな空の明るさと隣接する道路の街灯が遠く照らす淡い光しか明かりはないのだ。


「わー、夕方の学校と校庭は雰囲気あるね。これは確かに、幽霊出そう」


「実際いるんだから厄介だな」


「……それ、あたしのこと?」


「少なくともお前以外に今のところ何も見えないな」


 朝木陽花は、私の隣を普通に歩いている。幽霊らしくふわふわと空中に浮かんだり、柳の下に立っているわけではない。


 大体の幽霊は、人間と大差なく暮らしている。死んだと認識していないヤツもなかにはいるが、陽花の場合は人間らしく生活したい、というのが理由だ。

 私が幽霊を見える人間で、死んだ自覚をしていなかった陽花と――たまたま、関係を持ってしまった。そして幽霊であることを自覚した陽花はこんな風に私についてきて、同族である幽霊を助けようとするのだ。

 迷惑な話だ。幽霊が見えるという忌むべき特異体質を持つ私としては、なるべくこの性質から離れたいというのに。コイツはしつこく私に取り憑いてこんな話を持ち込んでくるのだから。


 ……まあ、いい暇潰しになる時もあるけれど。


「……噂じゃ、この辺りか」


 私と陽花は、学校裏の焼却炉の辺りまで来た。

 この辺りは特に明かりが少なく、昼間でも薄暗くてジメジメした印象を受ける。校舎にかけられた大きな時計を見れば、間もなく夕方五時。春のこの時期は、暗闇が支配をし始める時間だ。


「えーと、なんだっけ。男の子の幽霊が、一緒に遊びたくて、悪さするっていう噂だっけ?」


「そんな感じらしいな。どこまで本当か分からんが」


「実際に被害とかあったのかなあ。その幽霊に引き込まれたとか、事故にあったとか……」


「ないだろうな。大抵はなにか見間違えたものを幽霊だと信じ込んで、悪霊に仕立て上げただけの噂話だよ」


「……うーん。でも、なんだか……気配は、するかも」


「……」


 学校という場所が、呼び込みやすい(・・・・・・・)場所だというのは、実際にそうだ。

 広くて、大きい。賑わいがあり、活気がある。しかし夜になれば、これ以上に静かな場所はそうそうない。過ごしやすい場所へ集まりたがるのは、なにも人間だけではないという話。

 ……そして人間や、その恐怖を餌にするような厄介なものだとすれば……これまた、好奇心旺盛で多感な学生の集まる学校という場所は格好の餌場なのだ。


 校庭とて、例外ではない。

 この焼却炉まわりの陰鬱な空気。電灯の明かりも届かず、校舎に隣接しフェンスに囲まれ、空気も澱んでいて重い。まるで校庭からこの場所だけ切り取られているような一角だ。


 ……ここは、いてもおかしくないかもしれない。



 ――たっ、たっ、たっ、た。


「……え?」


 私達には、確かに聞こえた。


 小さな、足音だ。それはまるで私達の周りをぐるぐる回るように、あちこちから。焼却炉の後ろから。校舎の影から。……私達の背中から、聞こえてくる。


 ――たっ、たっ、たっ、た。


「……そ、ん、で……。あ、そ、ん、で……」


 続けて、小さな声。

 子どもの、高い声。遠くで聞こえたかと思えば、耳元に近づいてくるように近くなり、また遠くなる。足音と一緒に、遠く、近く、遠く……。何度も、聞こえるのだ。


「あ、そ、ん、で……。あそ、んで……。あそん、で……くすくすくす」


 小さく、掠れているが実に楽しそうなその子どもの声。物陰から、背後から聞こえる足音と声は、気のせいかどんどん頻度を増していくように思えた。


「……美月」


「ああ、これは……噂通りだったかもな」


「ど、どうしよう……。話、できるのかな……」


 霊や怪異の類いには、大きく分けて二つのタイプがある。

 会話ができるタイプと、できないタイプだ。人間にも共通して言えることであるが、こちらの話を理解できるか否かがコミュニケーションの第一歩となる。

 だがこの世への恨みや、妬みが強すぎるタイプ。それに私達では理解が出来ないような古来から伝わる呪いや……下手をすれば、神仏。そういったものに関しては、そもそもが私達では意思疎通をとることができないのだ。


「あ、そ、ん、で……。あそんであそんであそんであそんで……!」


 声は、どんどんと多く、そして近くなっていく。

 一人の男の子のものであるのに、まるで複数人いるかのように。ぐるぐると取り囲むように私達の周りから聞こえてくる声はやがて―― ぴたり、と止まった。


「「……」」


 私と陽花が息をのんで辺りの様子を確認しようとした時。


 目の前に、その子どもは現れた。


「 あそんでよおおおおおーーーッ!!! 」


――


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