弐 死神 他
あの大病以来 私は丈夫になってきたようで、
夏が始まるころには 近所の神社の手習い所へ行くようになった。
そんなある日 手習いの帰りに橋の上でやせこけた みすぼらしい男が声をかけてきた
「おう おマツ 久しぶりだな 最近 お見限りだなあ?」
だれだろう?見覚えがあるような 無いような マツの夢の中には時々出てきたようなきがするけれど…?
その男は 私をジロリと見て ニタと笑った
「ほう そうかい あの婆さんども うまくやりやがったな
ロウソクの火を取り換えるどころか…二人分の命を入れやがったぜ
二人分をかっさらうとはなあ…
それじゃあ オレも あの大鎌をもった死神も 痛み分けって事かい。
恐れ入ったよ
まあ おマツ せっかく婆さんたちが繋いだ命だ、せいぜい長生きするんだな その時のお迎えは俺がいってやるぜ」
男は もう一度ニタアと嫌な感じで笑って 橋の向うへ行ってしまった。
その時になって 私はそれまで動きたくても動けなかったことに気が付いた。
やっと動けるようになって 橋を死神と反対側に渡ったところで 大きく息を吐いた。
どうやったのかわからないが
私たち二人の命を死神達から”かっさらった”のは 私たちのお婆ちゃん達らしい
そのおかげで 私たちは今 生きている。
手習い所では 同じ年ごろの友達も出来た 中でも二つ年上の伊勢屋のおみっちゃん は 私の事を妹の様に可愛がってくれる
手習い所でのお稽古を終わって 境内の木の陰で座ってみっちゃんを待っていたら
町の若い衆が話しながらやって来て 隣の木陰で立ち止まった
「暑いなあ 暑気払いに酒でも飲むか?」
「いいねえ 銭はあるのかい?」
「みんなで出し合えば 酒は何とかなるだろう?」
「で つまみは?」
「つまみまではなあ…」
「あ!昨日 買った豆腐があるはず!だけど あれ? どこに置いたかなあ?」
「ダメだよ この陽気だよ カビてるよ 腐ってるよ!」
「…だよなあ」
「アイツに食わせようぜ あのすかした奴」
「伊勢屋の若旦ちゃんか?」
「おお あいつ知ったかぶりするからな 気に入らないんだよ」
「よし 珍味って言って食わせて その顔をサカナにするか?」
大変なコトを聞いてしまった 伊勢屋の若旦那といえばおみっちゃんのお兄さんだ
私は 急いでおみっちゃんのところに戻って その話をした。
翌日 心配顔の私におみっちゃんがコロコロと笑いながら話してくれた
「おマツちゃんに話を聞いたから 昨日はお兄さんが出かけるのについて行ったのよ そしたら
おマツちゃんが言った通りに若い衆が声をかけてきたわ。
兄さんったらおだてられて 腐った豆腐を食べようとするから 私が『そんなに珍しい物なら私も食べたいわ』って言ったら あの人たち大慌てよ。
伊勢屋のお嬢にそんなモノ食べさせるわけにはいかないじゃない?『腐ったものじゃあるましし 少しくらいいいじゃない』って言ったら青くなってたから 無理やりに奪って 手が滑ったって言って あんな豆腐 投げ捨ててやったわ
後で、兄さんあんな臭い物よく食べようと思ったわねって 兄さんも叱っておいたわ」
流石 おみっちゃん 年の離れたお兄さんにも容赦ないわ…
お兄さんもこれに懲りて 知ったかぶりは止めてくれるといいなとおせっかいな事を思ってしまう
丈夫になってからは 時々 大家をしているお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの所に遊びに行くようになった。
私が生まれた時 と 七歳のお祝いの時に 店子さんにお赤飯を配ったからか 私は長屋では有名人だ
私は 病弱であまりここに来ることは無かったけれど 今では、行くと 店子さん達に囲まれる
「おマツちゃん身体は大丈夫かい?」
「おマツちゃん お守りを縫ったから持っていきな」
「おいら この前 文殊さんでおマツちゃんの無病息災を願って来た」
「あたしは 弁天さん行った時に祈って来たヨ」
「おれなんざ 明日っから おマツちゃんんお為に丑の刻まい…」
「こら!富 それは止めろ」
「イタ 何で殴るんだよ~」
店子さん達は皆で私の無病息災を祈ってくれている
でも 文殊さんや 弁天さんは無病息災を願われて困ったことだろう
それから 富さんの丑の刻参りは阻止されてよかったわ
危なく呪い殺されるところだったわ
今日もお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとで美味しい羊羹を食べていたら店子の熊さんがやって来た
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