壱 その少女は雪の中で裸足でマッチを売り歩いていた
「おい 目え開けろ!マツ!!」
乱暴に揺り動かされている、ぶたれる前に覚醒しなくては!
なんとか目を開ける
突然 覆いかぶさって来た大人に 打ぶたれる!!っと身を竦めようとした時
「目を開けたあ!」
「生き返った~!!!」
見知らぬ人に抱き着かれて 泣かれた
何が起こっているのかわからないけれど 考える前に私はまた眠りに落ちた
雪が降るなか 私は裸足でマッチを売り歩いていた
マッチは一つも売れていないから 帰っても家には入れてもらえない
それどころか 打たれるだけだ
寒くて 悴む手でマッチをすった そうしたら ずっと前に死んだはずの
おばあちゃんが現れて…
「…おばあちゃん」
「はいはい マツや ここに居ますよ」
優しく手を握られて重い瞼をあけると そこには おばあちゃんが居た
マッチを売っていたワタシのお婆ちゃんじゃあないけれど
確かに 私の おばあちゃんだ
「おばあちゃん ありがとう」
そう言って また 目を閉じる
黒髪に黒い目の女の子 初めて見る綺麗な衣装を着ている
大事に大事にされているけれど せき込む顏はとっても白い
それから 見たことがない風景や 食べ物?
苦そうなのは薬だろうか?
この女の子は誰?
声がした この女の子の声だろうか?
この場所を渡します どうか 私の代わりに 私の周りの人を大事にしてください お願いします 私はここから消えますから お願いします
「…待って!」
「大丈夫 どこにも行きませんよ」
優しい声がして おでこを撫でられる
目を開けなくても分る お母さんだ それから お父さんの気配もする
私の中のあの女の子の心がそれを感じて 涙が流れた。
それから数日 うつらうつらとしながら あの女の子、マツと心の中で話をした
生まれつき病弱なマツは 大事に育てられたからかとても優しい娘だ。
七つのお祝いを過ぎて 少し丈夫になったかと両親が安心したのもつかの間 はやり病で寝付いてしまった
夢うつつの中で 自分の身体の中に誰かの魂を変わりに入れれば 身体は残るという声がして お願いします と返事をしたら 私が来たのだそうだ
身体さえ残れば、それで両親が悲しまずに済むなら 何も思い残すことは無いと覚悟していたマツは 私が引き留めたことで これからも自分が存在出来る事になり それをとても喜んだ
マツだって本心では私に身体を譲ることなく家族と一緒に居たいと望んでいたのだ。
大事にしたいような過去も、家族も、 こだわるようなものは何も持っていない私は マツの過去を受け入れ 二心で ここで、この身体で生きていくことに何の異存もなかった。
床上げをする前の日に 布団の中から 両親を見上げ
「おばあちゃんに会った」
と言えば ババ様がおマツの命を救ってくれたのだ と両親は号泣した
私とマツが出会ったあの日に たしかに手を握ってくれたおばあちゃんは1年前に亡くなっていた。
私がマツの身体に入ったからか マツは丈夫になっていき 庭の桃の花が咲くころには
大人に暴力を振るわれて怯える私も すぐに寝付いてしまうマツも居なくなっていた。
そして どこからか桜の花びらが庭に舞い込むころには
私とマツは殆ど一心になっていた。