洗濯物干し器
「はあー、暇だぁー」
お昼も過ぎたが、今日はまだ一人も客が来てない。
何故だ? 立地の問題なのか? 確かに、街の中央から離れた場所だが、人が居無い訳ではない。・・・・何故だ?!
『カランカラン』
はっ! 客か!
「エル君、調子はどうだい?」
「何だ、マーサさんか」
やって来たのは、近所のおばちゃんのマーサさんだ。このお店を譲ってくれた、お爺さんの知人で、ちょくちょく様子を見に来てくる。
「何だとは何だい。それでどうだい、お店の調子は?」
「見れば分かるでしょ。マーサさんも、世間話しをするくらいなら、何か買って下さい」
「そう言われてもねぇ、欲しい物はとくには・・あら? コレは何だい?」
マーサさんが腰を屈め、棚から気になった物を手に取る。それは、木製の洗濯バサミだった。
「それは、洗濯バサミです」
「洗濯バサミ? 何に使うんだい?」
「何って、洗濯物を干す時に・・」
マーサさんを見ると、ポカーンとしていた。洗濯バサミは、この世界に無い物だ。口で説明しても、分かって貰えるかどうか。
「実演した方が早いかな。ちょっと待っていて下さい」
マーサさんにそう告げて、店の奥へ。取りに行ったのは、物干し竿になりそうな長い棒と、洗濯物の代わりとして使う洋服だ。
「お待たせしました」
「何だい? 棒なんて持って来て・・・・」
「まあ、見ていて下さい」
棒を引っ掛けて、そこに洗濯バサミで、洗濯物を干して見せる。
それを見ていたマーサさんは、目を丸くしていた。
「こ、これは?! ふむふむ」
マーサさんは、洗濯バサミや洗濯物を触ったりして、感触を確かめ、「なるほどなるほど」と声を漏らした。
これは・・・・チャンスだ! そうだ! 後、これも売れるかも!
「マーサさん、こんなのもあるんですよ」
そう言って取り出したのは、木製のハンガーだ。これも実演して見せると。マーサさんは、驚いて更に目を丸くした。
「・・・・エル君。コレは幾らだい?」
おっ! 買う気になった!
「えーと、洗濯バサミは10個で、小銅貨5枚です。ハンガーは一つで5枚になります」
「んーー、よし! なら、洗濯バサミは20個で、ハンガーは四ついえ、五つちょうだいな」
「毎度あり、合計で中銅貨1枚と小銅貨10枚になります」
「はい、お金。これがあれば洗濯物を干すのが楽になるよ。よく風で飛んでいくからね」
「そう言えば、良く路上に洗濯物が落ちてますね」
「そうなんだよ。せっかく洗ったのに、また洗い直しなんてたまったもんじゃないからね」
「そうですよね。あっ、買ってくれたからオマケでコレあげます」
マーサさんに、洗濯バサミがいっぱい下がっている奴をあげた。
作ってみたはものの、正直、名前知らん。俺はジャラジャラと呼んでいる。
「何だいコレは! 洗濯バサミが、いっぱいぶら下がってるじゃなあか!」
「俺はこれで、よく靴下なんか干しますね」
「いいのかい? 貰っても」
「はい、コレはまだ試作なんですけど、使って見て下さい」
「それじゃあ、遠慮なく貰っていくよ。じゃあね!」
「はい、ありがとうございました」
その数日後だった。店に沢山の人が押し寄せたのは・・。
「洗濯バサミってを頂戴!」「ハンガーってのはどこだい!」
「ちょっと! 私が先よ!」「早い物勝ちだよ!」
「おや、今日は繁盛したじゃないか」
「マーサさん。これは一体どうなってるんです?」
「私が使ってるのを見てね、どこで買ったか聞かれたんだよ。それで、エル君の店で買った事を教えたって訳さ」
「それでこんな状況に・・・・」
この世界に来て初めて、狭い店内を埋め尽くす程の人が押し寄せた。
・・・・やっぱり、そこまで繁盛しなくてもいいかな。
騒がしい店内に、何故かそう思ってしまった。