魔導書(グリモア)
「こんにちはー」
「あっ、おにいたん! いらっちゃい!」
「こんにちは、アンネちゃん」
アンナさんのお店のテコ入れから数日。お店は大繁盛している。
借金取りの連中が、何か仕掛けてくるかと思ったが、特に何も無かった。逆に、チンピラ三人組の親分さんがやって来て、謝罪されたくらい。どうやら、この親分さんが経営してる金貸し屋、闇金では無かった。利息も、街で定められている率を守っている。じゃあ何であんな奴等を? と思った。 親分さんの話しによると。何でも、あの兄貴と呼ばれていた男は、死んだ友人の息子らしい。死んだ友の為、面倒を見ていたが。それを、自分は特別と調子に乗ったとの事。現在は、一番下っぱまで落されたとの事だ。
「あっ、エルさん。いらっしゃい」
「どうもアンナさん。お店は上手くいってるようですね」
「はい。エルさんのおかげです」
シチュールーのおかげでお店は大盛況だ。・・・・今度はカレールーを作ってみるかな? 今のシチューに、カレールーを入れるだけだし。更に繁盛するのでは?
「そう言えば、借金は少し待ってもらえるらしいですね」
「はい。親分さんが迷惑かけたからともう少し待ってくれると。それに、今回は利息分もいらないとおっしゃって・・・・エルさんおかげです。ありがとうございます」
「いえいえ。まあ、これだけ繁盛してれば、直ぐ返せますよ」
「はい! 今月分の返済は問題なく返せそうです」
それを聞いて、俺も少しホッとした。この様子なら、借金を全て返済するのは、そんなに遠くないだろう。
「そうたわ。エルさんも食べて行ってください」
「おにいたん! アンネもいっちょにちゅくったの、ちゃべて!」
「それじゃあいただきます」
「はい」「はーい」
二人は厨房に向かった。俺は空いてる席を探して、そこに座ると。俺の向かいの席に、ナヴィアナさんが座っていた。
「ナヴィアナさん?!」
「おや? 店主ではないか」
「何でナヴィアナさんがここに?」
「噂の、旨いシチューを食べには来たんだ。ふむ・・・・店主がここにいるならちょうどいい」
「ん? 何か御用でも?」
「あぁ・・・・兎に角、用件はシチューを食べてからでいいか?」
「はい」
*****
「それで御用と言うのは?」
シチューを食べ終えた後、何でも屋で話しを聞く事に。
「あぁ、その・・な」
ナヴィアナさんは言い難いのか、モジモジしながらこちらをチラチラと見てくる。それを見て「可愛いなこの人」と思ったのは内緒である。
「言い難い事ですか?」
「あぁ、何だ・・・・実はだな」
「はい」
「・・・・何だ」
「はい? あの、声が小さくて聞き取れなかったのですが?」
「だからだな・・・・・・・・何だ」
「あのナヴィアナさん? 肝心な所が聞こえないのですが」
「だ・か・ら! 私は魔法が苦手なのだ!」
「今度はちゃんと聞こえました。魔法が苦手・・・・えぇーー!」
「うー、恥ずかしい」
魔法が苦手? ナヴィアナさんってエルフですよね。ダークではありますけどエルフですよね? 魔法が得意な。えっ、どう言う事?
「店主、そんな顔で見るな!」
「いえ、だって! エルフが魔法苦手って・・・・」
「エルフだって色々いる! 確かにエルフ族は魔法が得意だ」
うんうん、そうだよね普通。
「しかしだな、得意不得意はあるのだ。基本、三つに分かれるのだが。まず、魔法が得意な者。魔法と戦闘の両方こなす者。そして、戦闘のみが得意な者の三つあるのだ」
「つまり、ナヴィアナさんは・・・・」
「うむ。私は、戦闘を得意とする戦士系なんだ」
「まったく使え無いと言う訳では・・・・」
「勿論無い。ただ、簡単な初歩的な魔法くらいしか使えん」
なるほど・・・・人間にも得意不得意があるように、エルフだからといって、魔法が得意とは限らないのか。
「ですがナヴィアナさんは、魔法が不得意な分、戦闘能力が高いのですから、それでいいのでは?」
「・・・・・・・・冒険者としては、それでいいかもしれんが」
何か、思う所あるのか? コンプレックスとかかな?
「それで俺にどうして欲しいと?」
「魔導書だ。それを置いてないかと思ってな」
「魔導書ですか?」
魔導書かぁ。そもそも、俺の知る魔導書。グリモアと同じなのか? 俺の知っている魔導書は、あくまでゲーム、カオスフロンティアの物だ。それを読むと、簡単に魔法を覚えられてしまうと言う物だ。ただし、一回こっきりの消耗品だ。因みに、カオスフロンティアには魔導書以外に、魔法書と魔術書がある。魔導書との違いは、魔法を覚える為の物では無く、封じ込められた、強力な魔法を使用する為、魔法の威力強化などがある。
基本、魔法書には覚える事が出来ない魔法や、属性や相性によって、使えない魔法を封じて使うのが一般的だった。魔術書は、魔法の発動を早くする効果や、威力強化など、魔法具としての扱いだった。だがこれは、ゲームの世界での話しだ。異世界の、それも現実ではどうなのだろうか?
・・・・一応、確かめた方がいいかな?
「あの、ナヴィアナさん」
「何だ店主?」
「ナヴィアナさんの言ってる魔導書って、使うと魔法が覚えられて、尚且つ一回こっきりの物ですか?」
「店主・・・・何を当たり前の事を言っておるのだ? それ以外無いではないか?」
ナヴィアナさんは「何を言っとるのだ」と首を傾げた。
どうやら、ゲームと同じ仕様で間違い無いみたいだ。
ただ、どうしたものか。魔導書が無い訳では無い。どちらかと言えば、俺は結構作っていたので得意な方だ。なんせ、カオスフロンティアでは、たまにバザーみたいな店を出して、魔導書を売っていたからだ。問題は、異世界だと・・・・魔法の威力がどのくらいになるかと言う事だ。街一つ消し飛ばしたら、シャレにならん。
剣と同じで、売る物は考えないとな。
「それであるのか?」
「ありますけど・・・・」
「あるのか!」
「はい、まあ。ただ、初級クラスの魔法ですけど」
「構わん! 魔法が使える様になるなら!」
「はあ、それじゃあ・・・・そう言えば、ナヴィアナさんの得意な属性って?」
「私か? 私は火と風だな」
「分かりました。なら火と風の魔導書を持ってきます」
「店主! 攻撃魔法だぞ! 攻撃魔法を頼む!」
「はい」
*****
「お待たせしました。コレが初級の、火属性の魔導書と、風属性の魔導書です」
「おぉ! こんなにか!」
カウンターに、ドサッと魔導書を十冊程置いた。全てナヴィアナさんの注文通り、初級の攻撃魔法だ。
「い、幾らだ! 店主!」
「えっ、もしかして全部買う気ですか?」
「当然だ! でっ、幾らだ!」
「えっと、そうですね・・・・一冊、金貨十枚でどうです?」
「安い!」
「安いですか?」
金貨百枚になるんだけど・・・・。
「安いが・・・・全部は買えん。手持ちは金貨五十枚しか・・・・」
「なら、火と風の属性を二つづつ買って、残りは・・・・そうだ!
魔道具を買うと言うのは?」
「魔道具をか?」
「はい。コレです」
カウンターに着いている引き出しから、指輪を取り出し、それをカウンターに置いた。
「コレは?」
「この指輪には、水属性の回復魔法が封じられています」
「店主、私は水属性は使えぬぞ?」
「魔道具なら、得意な属性以外でも使える筈です。ただ、この指輪の魔道具は、回数制限がありまして・・・・八回しか使用できません」
「ほう、そうなのか。回復魔法か・・・・うむ! よし! それを頂こう!」
「ありがとうございます。それで、魔導書の方は・・・・」
「今選ぶ。・・・・こっち、いや、それともこっちか? うーむ、迷う。いっその事、買うのは火属性のみに・・・・いやいや」
ナヴィアナさんの、どれを買うかの独り言は、かれこれ一時間以上続き・・・・。
「店長ただいま戻りました」
「お帰り、リィーサ。たまの休みはどうだった?」
「いっぱい買い物しちゃいました」
「そうか。でも、初めての給料だからって使い過ぎるなよ」
「分かってますよ。ちゃんと考えて使いましたから! 所で・・・・この方、どうしたんですか?」
「どれを買うのか、絶賛悩み中なんだよ」
「はあ・・・・」
「やはり、コレとソレを・・・・いや待て! コッチと言うのも」
「これ、いつまで続くんですか?」
「さあ?」
「あぁー、やはりコレを・・・・」
あのー、早く選んで下さい。