シチューのルー その3
「えっと、厨房をお借りしても?」
「は、はい。どうぞ」
「おにいたん! アンネもてちゅだう!」
「えーと・・・・」
「アンネ、邪魔しちゃダメよ」
「えーー、ぶーーー!」
アンネちゃんは手伝いたいと、頬を膨らませて抗議する。アンナさんも、困った顔をしていた。
「えーと。それじゃあ、お手伝いしてもらおうかな?」
「うん、てちゅだう! こっちだよおにいたん」
アンネちゃんに、ズボンを引っ張られて厨房へ連れて行かれる。
アンネちゃんと俺の後ろから、心配そうにアンナさんも着いてくる。
「それじゃあアンネちゃんには、ジャガイモの皮剥きをしてもらおうかな? できる、アンネちゃん?」
「やるーー」
「じゃあ、これ使って、お母さんと一緒にやってみようか」
「うん!」
材料を取りに行った時に、使えるかなと思って、ピーラーを持ってきていた。
「おにいたん・・・・これなぁーに?」
「コレはピーラーって言うんだよ。ほら、こうすると・・・・」
「わぁー! ちゅごーい!」
「な、何ですコレ!」
スルスルと皮が剥けていく様に、二人は驚く。二人だけではなく「何だい、何事だい?!」とマーサさんもやって来る。そして、ピーラーを見ると「こんな物が?!」と驚いた。
「どうしたんですか? ん? あっ、それは確か・・・・何でしたっけ店長」
「ピーラーだリィーサ。二日前に説明したよな?」
「そうでしたっけ?」
「・・・・・・商品名を覚えない従業員って・・・・必要なのかな?」
「て、てて店長! 覚えます! だから首にしないでぇー!」
「おねえたんくびになったうの?」
「ならない! ならないですよね店長?!」
「冗談、冗談だから落ち着け・・・・半分だけ」
「て、店長ぉーーー?! もう半分は本気ってことですかー!!」
半分は無い。せいぜい二割くらいだ。
「じゃあ、やってみようかアンネちゃん」
「うん!」
アンネちゃんと一緒に皮剥きをする。少し危なっかしい手つきだが、一生懸命皮剥きをしていた。
ジャガイモ、にんじんの皮剥きが終わると、玉ねぎを切って炒め始める。
コンロ欲しいな。火力調整の難しい竈門だと、焦げやすいからなぁー。今度作ってみるか。
切ったジャガイモとにんじんを、水の入った鍋に入れ煮る。玉ねぎも投入。鶏肉は、フライパンでニンニクと一緒に炒める。火が通ったら鍋へ、シメジも一緒に。そしてグツグツ煮たら、シチューのルーを投入する。
「さて、もうちょいかな?」
「店長、最後に入れたのは何です?」
「シチューのルー」
「「「シチューのルー?」」」
「シチューの素・・・・的な奴?」
「「「シチューの素?」」」
三人共首を傾げる。あぁ、そうか。コレを入れると簡単にシチューができる何て、想像出来ないのか。そもそも、そんな概念みたいのが無いんだな。
「コレを入れたら簡単にシチューが出来るんだよ」
「へぇー、凄ーい・・・・ズルじゃないですか店長!」
「何だよズルって。別に勝負してる訳でも無いのに」
「そうですけど・・・・何かズッコイです」
まあ、俺もちょっと思うけどね。
「そろそろいいかな?」
「「「いい匂い」」」
『ぐーー』
誰かのお腹が鳴った。誰?
「おかあしゃん、おなかちゅいた」
「あらあら。いい匂いがするからね。私もちょっと空いたね」
「エル店長! 早く食べましょう!」
「たべりゅーー」
「はいはい」
*****
「熱いから気をつけて」
「「んーーー!」」
マーサさんとリィーサは、シチューを口に入れた瞬間。その美味さに驚いた。
「美味しい。こんなのシチューじゃ無いです。別の何かですよ店長」
「あぁ。本当に驚いたよ。凄い美味しい! それにこのとろみがまたいい!」
「あちゅ」
「アンネちゃん、熱いから気をつけてね。ふうふうしてから食べてね」
「うん」
熱いシチューを、ハフハフ言いながら食べるアンネちゃん。
何だろ、癒される。そんな時、ふと、黙々とシチューを食べるアンナさんが目に入る。食べ始めてから、まだ一言も喋ってない。
「どうですか、アンナさん?」
「・・・・・・・・あの、エルさん」
「はい」
「シチューのルーを、売って下さい! お願いします!
失礼な事言ったにも関わらず、こんな事・・・・あの、お願いします!」
「別にいいですよ?」
「えっ?」
「別にいいですよって言ったんです。元々、売るために作ったんで。構いませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったねアンナ」
「はい! マーサさんも迷惑かけて」
「いいんだよ、そんな事・・・・それよりアイツ等だよ。エル君、大丈夫かいあんな事して?」
「ん? あんな事って何です?」
「店長、チンピラのことですよきっと」
「あぁ、忘れてた」
「大丈夫かい?」
「あーー、まあ大丈夫です。あの程度の連中なら、百人束になってかかって来ても負ける気がらしないです。どちらかと言うと、殺さないよう手加減するのが難しいんですよねぇ、大勢だと。」
「「「・・・・・・・・」」」
あっ、しまった。また皆がひいてる。
「おにいたんちゅよかったねぇ」
「そ、そうね」
「店長って何者何です?」
「エル君が居れば、大丈夫そうだね」
・・・・あれ? のんびりとお店をやっていく筈が、何か妙なルートに入った気が・・・・気の所為か。
「こんにちはー、やってます?」
「いい匂いだな。アンナさん、やってます?」
「いい匂いねアンナ」
「おきゃくたんだー」
「いらっしゃいませ」
シチューの香りに釣られて、お客がやって来た。
「この良い匂いする奴下さーい」
「俺も!」「私もお願い」
「はーーい! 只今お持ち致しまーす」
この感じなら、やっていけそうだな。
それはそうと・・・・連中がどう出るか。
まあ、来てから考えようっと。