シチューのルー その2
「ほら、このお店だよ。アンナ、いるかい?」
徒歩三十秒程で、お店に到着した。マーサさんはドアを開けて、店内にヅカヅカ入っていく。
「あっ、マーサさん! いらっしゃい!」
「いらっちゃいまちぇー」
「アンナ、お客を連れて来たよ。アンネちゃんも手伝ってるのかい? 偉いねぇー」
「えへへ」
マーサさんは、三、四歳くらいの小さな女の子の頭を、ナデナデする。この子がアンナさんの娘さんか?
「マーサさん、いらっしゃい。こちらに座って・・・・」
「はいよ。あー、それでねアンナ・・・・連れて来たよ」
「えっ? あっ!」
ん?
「あの、すみません!」
店に入る俺と、アンナさんの目が合う。俺が、何でも屋の店主だと分かると。アンナさんは、俺の元に駆け足でやって来て頭を下げた。
えーと、あのー何がです? 謝ってもらう程の事をしたのか? それとも悪口・・・・と言うか、陰口か。そこまで必死に、謝ってもらう程では無いと思うが。
「あのー、取り敢えず座っても?」
「あっ、はい! こちらにどうぞ!」
「よっこいせと」ふむ、ふむふむ。店の雰囲気は・・・・まあ、普通だな。
「いいお店ですね店長」
「ん、あぁ。それでマーサさん。このお店のおすすめは?」
「そうだねぇー・・・・シチューが美味いよ」
「シチューか、ならそれで」
「じゃあ私もそれで」
「アンナ、シチュー三つで」
「はい、直ぐにお待ちします!」
注文を受けると、アンナさんは厨房に向かった。そんで持って、アンナさんの娘のアンネちゃんは・・・・。
「おにぃたん、ちゅぐそこのおみせやたん?」
「ん? あぁ、うん。そうだよ、よく知ってるねぇー」
「おいちーおかちありゅって、モルにぃたんがいってた」
「モルってマーサさんとこの、モルメルミルのモル?」
「うん!」
「よく、うちの子達と遊んでるからね。それに、たまに預かってるから。アンナは夜も働いてるからね」
マーサさんによると。借金返済の為、昼はこのお店を経営し。夜は少し離れた場所にある、バーで働いているらしい。
・・・・はあー、何だかなーー。チラッとアンネちゃんを見ると。ニコッと笑った。あーーもうーー! 何か俺、凄い重要な事任されてない? 俺の双肩に、母娘の未来がずっしりと、乗っかってくる。
「おにいたんどうかちた?」
「何でもないよ。飴ちゃん食べる?」
「いいにょ?」
ポケットから、紙に包まれた飴を取り出して、アンネちゃんに渡す。
「やっちゃーー! あいがとー!」
「良かったねアンネちゃん」
「うん!」
アンネちゃんは、マーサさんの問いに、大きく頷き「おかあしゃーん、あめもらっちゃー」と言って、厨房に駆けていった。そして厨房から「すみません、ありがとうございます!」とアンナさんが顔を出してお礼を述べた。
「エル君、何とかならないかね」
「何とかって、まだ店に来て数分ですよ?」
「エル店長、私もどうにかしてあげたいです。あんな小さな子が・・・・」
「そりゃあーな・・・・」
さすがに、あんな小さな子まで・・・・んー、でもどうにかって言われてもなぁー。
「お待たせしました。どうぞ」
完成したシチューを持って、アンナさんが俺達の座っている机まで運んで来た。
ふむ、これがこちらのシチュー。
「ありがとうアンナ。それじゃあいただこうか?」
「「はい」」
まず最初に、リィーサが一口食べた。
「ん、結構美味しいですよ店長」
次にマーサさん。
「んー、アンナのシチューは、相変わらず美味しいね」
最後に俺。
「・・・・・・・・うん、美味しい。美味しいけど・・・・」
「けど何だい? アンナのシチューに文句でも?」
「むーー、おかあしゃんのシチューはおいちぃーもん!」
「ちょっと店長!」
「あの、お口に合わなかったでしょうか?」
あれ? 何か俺・・・・悪者みたいになってない? そもそも俺、美味しいって言ったよ?
「いや、美味しいですよ。ただ、俺の知るシチューとは違ったもので・・」
「エル君の知ってるシチューは、こんな感じゃないのかい?」
「はい」
アンナさんのシチューは美味しいけど。俺の知るシチューとは違う。アンナさんシチューは、簡単に言ってしまえば、野菜の牛乳煮みたいな物だ。
「店長のシチュー・・・・まだ、食べた事ないです」
「そうだっけ?」
「店長、今度作って下さいよ。店長のお料理、凄く美味しいですから!」
「むーー、おかあしゃんのりょうりも、おいちいもん!」
「も、勿論、アンネちゃんのお母さんのお料理も美味しいよ」
怒るアンネちゃんを宥めるように、リィーサはアンナさんの料理を褒める。
「あの!」
「え? あっ、はい」
「えっと、エルさん? のお料理、食べさせて貰えませんか?」
アンナさんが突然、俺の料理を食べたいと言い出す。何故?
「えっ、何で?」
「エルさんの料理に、お店を繁盛させる秘訣があるのではと思って・・・・」
「いや、無いですよ。うち、雑貨屋ですよ?」
うちのお店は、商品を売るお店。食事のお店では無い。俺の料理の腕前は関係ない、と思う。
「そう、ですよね。すみません変な事言って」
「店長・・・・作ってあげたら?」
「えっ? 俺にシチューを作れと?」
「別に減るもんじゃ無いし、頼むよエル君」
マーサさんとリィーサがお願いしてくる。まあ、別にシチューくらい・・・・いいか。
「はあー、しょうがないなあ。材料とってくる」
「さっすかか店長!」
「エル君ありがとう!」
「あの、エルさん。ありがとうございます」
俺は一旦、お店に戻り。シチューの材料をカゴに集める。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも。うちのシチューは、お肉に鶏肉をよく使ったので鶏肉。
後は、ブロッコリーとシメジ。そして最後に重要な物。シチューのルー。これさえあれば、鬼に金棒である。あっ、卑怯とか言わないでね。ホワイトソースから作るとか、はっきり言って面倒だからだ。
「よし、戻ろう」
徒歩三十秒の道のりを戻っていると。何かいい争う声が・・・・。
「いつになったら金を返すんだ? あぁーー?」
「何とかして返します。だからもう少し待って下さい!」
「うわーーーん。おかあしゃーーん」
これは・・・・借金取りか? 大変だ!
急いで戻ると・・・・店は荒らされていた。椅子は倒され、机はひっくり返っていた。
「お前達! 何やってる!」
「店長!」
「エル君!」
「ああぁん?!」
あっ、めっちゃ怖い人だ。
や○ざ? みたいな顔をしたごろつき三人組が、アンナさんに詰め寄っていた。
「んだてめぇー、やるってのか?」
「あぁん? 兄貴、やっちゃっていいっすか?」
「程々にしとけよお前ら」
両端にいた子分が、俺に近づいてくる。
「や、やめて下さい! その人は関係ないです!」
「だったら、耳を揃えて金返さんかい!」
「覚悟しいや」
「店長!」「エル君!」
「い、いやーーー!!」
『ボコッバコッドゴッ!』
「何だコイツ等? 弱すぎ」
「なっ!」
三秒と持たずに、子分共は返り討ちされた。
子分共が弱いと言うか、俺が強いだけか。生産職系の。スキル上げをメインにしていたが。勿論、戦闘系のスキルも持っているし。ステータスもそれなりに高い。ゲームカオスフロンティアは、レベルアップするとポイントが貰え。そのポイントを、ステータスやスキルの強化に振り分けて強くなる。俺は7:3で振り分けていた。勿論、生産系が7、戦闘系が3だ。それでも、この世界ではそれなりに強い。カオスフロンティアの上限、レベル300には達していたからだ。
「て、てめっ!」
「ふう、成敗!」
「げふっ!」
一瞬で間合いを詰め、兄貴と呼ばれる男の頭に手刀を喰らわせた。
つまらぬものを・・・・って言ってる場合じゃない!
「みんな無事ですか?」
「はい、大丈夫です」
「エル君、あんた一体」
「店長、強かったんですね。はっ! お爺ちゃんの言っていた、ゴブリンをワンパンでミンチにしたって! まさかアレ、本当の話し?」
「ミンチって・・・・そんな訳ないだろ」
「で、ですよね。お爺ちゃんが大袈裟に「おもっきりぶん殴ったら、頭蓋骨を粉砕しちゃっただけだから」
「「「・・・・・・・・」」」
「あれ? どうしたの? 何で距離をとるの?」
「いえ、何でも無いです」
「そ、そうだよエル君」
「ててて、店長ってお強いんですね」
物凄く・・・・怯えられとる!
「にいたんちゅよいねぇーー」
アンネちゃん! 君はいい子だ!
「くうーー、アンネちゃん・・・・お菓子食べる?」
「たべりゅ!」
アンネちゃんにクッキーを渡すと、リスみたいに食べ始める。
うむ、かわいい。癒しだ。
「あっ、ちょっとすみません。シチュー作るの待ってもらっていいですか?」
「えっ、あ、はい」
「何すんだいエル君?」
「いえ、ゴミ掃除をと思いまして・・・・」
や○ざモドキ共を抱えて、外へ運びだす。そして、裏路地へ。
この変でいいか。
そのまま、ポイっと捨てる。
「さて、シチューを作らなくちゃ。にしても・・・・本気で掃除してやろうかな?」
お店に戻りながら、あの母娘の事を思うと、本気でそう思い始めていた。