表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/24

プロローグのようなもの

色々変態ですがよろしくお願いします。



 中、高、大学までの一貫校。

高校から入学した私に周りは無関心だった。



「途中から入って来た凡人に話し掛けられるのは迷惑です。」



 ただ彼が落としたシャーペンを拾って渡しただけなのに、私は訳も分からず眼鏡の奥から睨まれた。


 結局彼にはシャーペンを受け取ってはもらえず、他のクラスメイトも必要以上に私に話しかけてはこない。



 でも私は、不思議とその扱いが嫌じゃなかった。


 男子校であるこの学園で、男装している女が男子たちから空気のように扱われる。


 非常に楽だ。進展のないストーリー、大いにけっこう。



 でも2年生の3学期になった今、私の安息の日々は脅かされつつあった。


 

 「......朱良あきら、今日この後2人でお茶でもどうでしょう?シェ.ロエベのカフェはいつも人気の場所だから事前に予約を入れておいたんです。」



 眼鏡を掛け前分けの黒髪をかきあげた神影秋人みかげしゅうとが、風紀委員室の椅子に座る私の肩に触れて囁いた。



 背後から耳元で眼鏡と敬語口調のイケメンに囁かれてなびかない女はいないだろう。



 でもこの私、一門朱良いちかどあきらは残念なことに男として今を生きている。


 それにBLは見ているからこそいい、いや見ているだけがいいのだ。



 「おい朱良~!!まだ風紀の仕事片付かねーのかよ??帰ったら一緒にスマブラしよーぜ?」



 風紀委員室のドアもノックせず入って来たのは赤い短髪の男、皆藤琉生かいどうるいだ。


 横には二本の剃り込みをキめており、リング状のピアスが片耳に4つもついている。



「....なんだ貴様ノックもせずに。そもそも不良風情がここに来ること自体おかしいでしょう。」


「はあ?眼鏡は黙っとけよ!!その二重人格、動画配信して公開処刑してやんぞ?!!」



 秋人は確かに二重人格かもしれないが本性が一体どれなのかは私もよく知らない。


 彼は今の私には優しく接してくれるが、最初出会った時は寄せ付けないオーラで私のことも"貴様"と呼んでいた。



 それに比べ琉生は裏表なくそのまま一直線にドアもノックせずに向かってくる。


 琉生とはゲーム友達というのは今の在り方で、出会った頃は喧嘩友達だった。



 喧嘩ってのは口喧嘩じゃなく拳と拳の喧嘩のこと。


 

 トントン


「.....朱良、入るぞ。少しこの試算表を見てもらいたいんだが、良かったら今からテラスにでも行かないか?」



 今ノックをして入って来たのはこの学園の生徒会長である蓮見吉光はすみよしみつ


 綺麗な焦げ茶の髪に背が高く冷静沈着、いつも無表情ではあるがさすがこの学園の生徒会を担っているだけあり頼もしい存在、のはずだ。



「......何だお前たち、何でこんなとこにいる?」


「俺は風紀委員の一員だが??生徒会長の癖に何しにきたんです?」


「生徒会長に向かって相変わらず偉そうだな神影は。」


「何でもいいからさっさと帰ろうぜ朱良~。」



 さて、この物語が始まってからまだ一度も私は言葉を発していない。


 3人に色々言われて誰の誘いに乗ればいいのか分からないのだ。



 大体私が誘われるなんてシナリオはこの物語にあっただろうか?


 .....私はモブの一人に過ぎないのだからこんなメインキャラに話し掛けられることすらないはずだ。




 .....いや、そういえば一人だけ"私"に話し掛ける男がいた。



「朱良センパイ!今日も無事生きてます?!」



 バンッと豪快にドアを開け入って来た4人目の男、斎藤心陽さいとうこはるが丸い瞳を輝かせ私を見た。


 私とさほど変わらない身長に金色のふわりとした髪、白い肌に中性的な顔立ち、加えこの中で一番年下。


 女の私よりもずっと可愛い容姿の持ち主だ。



 彼、心陽は純粋で一生懸命、誰にでも人懐っこくまさに物語の主人公のような存在だ。



 風紀委員長でありながら物語とは全く無関係の私だが、心陽はそんなモブにも度々挨拶をしている場面があの漫画に描かれていたはず。



「一年が気安くこんなとこ来てんじゃねぇよ。さっさと帰ってあやとりでもしてろ!」


「引きこもりの皆藤先輩に言われたくないですよ!大体今日は僕朱良先輩に勉強教えてもらう約束してんだし!」



 そんな約束した覚えはない。



 本来、私の知っている漫画の中では主人公である心陽こはるとメインキャラの琉生るいがカップルになるという設定だったはずだ。


 それが何カップル同士で言い争いしてんだ。


 

 この世界が漫画の中であると気付いたのは入学して半年経った頃だった。



「.....ファブリーズが20本いるな。」



 体育が終わり教室で着替える野郎共の中で本を読みふける(ふりをする)私は、あまりの男臭さにファブリーズの単語を呟いたその時、急速に頭の中が真っ白になった。


 これが転生していることに気付く瞬間、というやつだ。


 真っ白になった後は酷いものだった。


 激しい倦怠感と吐き気、胃痛腹痛食あたりetc.....



 仕方無く気の進まない保健室に行って、いつもの軽いノリを携えた保険医、高梨たかなし先生に向かって私は言った。



「.....せ、先生って、実在するとかなりウザいキャラですね.......。」



 ベッドの縁に座る私の前でタレ目をさらに下げた保険医が笑いながら言った。



「はあ?まさかお前、俺にそれ言うためだけにここ来たんとちゃうやろな?」



 ああ思い出した、この男が操るのは大阪弁ではなく三重弁だ。


 確か『狼さんに食べられちゃう♡』4巻でこの保険医である高梨たかなし先生が奥さんと喧嘩し三重の実家に帰ったなんて1コマがあったはずだ。


 

 つまり今私が体調不良を覚えつつ思い出したのはここがBL漫画、『狼さんに食べられちゃう♡』という略したくても略せない漫画の世界だということ。


 おかしいなとは思ってはいた。


 だってこのセレブしか通えない男子校に、理工学系の研究者である父と母を持つそれなりにセレブな私が通う羽目になっているのだから。


 私は女だ。戸籍上メス♀としてこの世に生を受けた。


 しかもそれなりにセレブの家だ。普通セレブの家なら変な虫がつかないようにと女子校に入学させられるのが普通だろう。


  

 しかしうちのパパとママは普通じゃない。研究者故なのか、世間一般常識からかけ離れているのだ。



「同じ研究者よりも将来(あるじ)となる人間を見てみたいとは思わないか?朱南あきな。」



 父が「狼贅ろうぜい学園」のパンフレットを私に差し出すと、その一言が母の背中を押した。



「確かに、将来研究者として従事する企業のご子息を見て勉強するのが高校生活のいい活用方かもしれないわね!さすがパパ!朱南ちゃんのお婿さんを探すいい機会かもしれないし~!」


「ちょうどいとこのみのりが狼贅学園で保険医をやっていることだし、学園にも稔にもお前が女だということは説明しておくから。朱南、男装して入学しなさい。」



 あほか。



 うちは代々研究者としての血が流れているせいか研究職に携わってきた。


 しかし研究だけでは当然家業は成り立たず、企業に従事し託された研究を請け負い生活してきた。


 パパとママはどっちも研究者だが、パパもママもあわよくば私が大企業の御曹司と結婚出来ればと考えている。


 しかも"狼贅学園"は名前は馬鹿そうだがこの世界では一番ブルジョワでレベルの高い全寮制の名門校だ。


 中学校、高校、大学まであり生徒のほとんどが中学校から通っている。


 だからいきなり高校から入学なんてのは相当な難関だ。それなのに私は見事合格した。



 たまたま私の髪はグレーの男っぽい色で、丸みのあるショートボブに背も女にしては168cmと高めだった。


 色々無理矢理感が否めないし、そんな運良く保健医のいとこが学園に勤めているだなんて話もあり得ない。まだ教師の友達がいる方が現実味がある。


 つまり漫画の世界だから現実味がなさすぎるのだ。


 

 ちなみに私の本名は一色朱南(いっしきあきな)一門朱良(いちかどあきら)は女を隠すための偽名だ。



 この世界が『狼さんに食べられちゃう♡』だと気付いたその日、私は保健室で寝込んだ。


 こんなにも都合のいい設定を受け入れられるのは漫画や小説やゲームの中だけだと頭を抱えた。


 でも保健室から寮に帰ると、また私は自室のベッドに潜り込みさらに3日寝込んだ。


 この世界が淡い腐女子たちが溜め息をつき、「いいわあ」と感嘆するようなピュアな世界ではないことを思い出したから。



 "狼"というワードがつくタイトル通り、これはR18指定がつくBL漫画なのだ!淡さの欠片もない目が血走った腐女子たちが読む漫画。


 嘆かわしい。


 前世では本屋でドキドキしながら買ったはずなのに。興奮のあまり漫画によだれと鼻水が垂れてしまったこともあった。


 なんで私は今までそれに全く気付かず過ごしてきたのか。


 それはこの学園の皆が真面目だから。


 これまで厳しい家のルールに従い学業ばかりに専念してきた堅物男子たちがつどっているのだ。


 男同士でイチャイチャしている姿なんて見たことがなかった。


 ただそれは漫画の主人公である斎藤心陽(こはる)が入学して来るまでの話。


 つまり可愛いく(あざとい)純粋な(腹黒な)心陽という主人公が次第に周りの真面目腐ったタガを外していくのだ。



 これは男子校に現れた心陽という天使(♂)に心奪われた男子たちが周りに嫉妬し、それが醜く歪な形となって心陽の身体をピーやピーを駆使してぐちゃぐちゃに犯しまくるという腐女子の夢が詰まったR18BL漫画なのだ。


 もう嫌だおうち帰りたい。


 もし女の私に欲情なんてされたら......どうしよう。とりあえず窓からノーバンジーでダイブするしかない。



 私は悩んだ末、保健医の高梨稔(たかなしみのり)に全てを打ち明けた。


 彼はサブキャラで、この漫画でいかがわしいことをしているシーンはなかったから安全だと判断したのだ。



 私の言うことを本気に取ってくれたかどうかは分からないが、高梨先生は私にこう言った。



「はあ。。てかそれ朱南ちゃんが悩む必要ある??だって男共はその斎藤心陽君にしか興味ないんやろ?だったら朱南ちゃんは無害やん。」



.....確かに。。



「自意識過剰になりすぎやでほんま!」



 一言多いのはスルーし、私はもう一度自分のポジションを思い出した。



 そうだ、私はモブだ。


 1巻に5コマ程度しか出演しないキャラ、風紀委員長の一門朱良だ。いかがわしいシーンどころか吹き出しすらほぼない。


 それにこの漫画の最終回は主人公と不良キャラが色々な障害を乗り越えて結ばれるという、とどのつまりドロドロの恋愛性交ドラマだ。


 でも私には将来従事する企業を見据えるという極めて現実的な使命がある。


 さらに言えば私には掘り下げるような重っ苦しい過去もない。



 私は念のため護身術を身に付けようと高梨先生が得意とするムエタイを彼から教わり、立派な研究者になるため学業に励んだ。


 結果、2年生になる頃には試験で学年トップになり、2学期にはムエタイで治安を守っていたせいか風紀委員長というポジションについた。


 これは漫画の一門朱良、そのものの設定だ。


 ああ、モブで良かった。


 ですから皆さんお好きなように主人公襲ってヨロシクやって下さい。私はよだれと鼻水垂らしながら鑑賞してますので。



 

 それらを踏まえた上で、私は今非常に厄介な問題に直面している。





 「勉強なんて家庭教師に教えてもらえばいいでしょう。今日は俺との用事があるんです。」


「ってお前らは同じ風紀委員なんだから用事くらい5分で済ましとけよ。そういや朱良、お前の好きな焼きそばパン買っといたぜ?」


「...朱良は風紀委員をやめて副会長になるべきだ。」


「家庭教師なんて雇うお金はうちにはないんですよー!!それに朱良センパイじゃないと分かんないとこだし~。」



 4人が私に目配せをする。


 「俺(僕)の誘いに乗るよな?」と威圧感を放ち、私はそれに圧倒され思わず目を反らしてしまった。


 今の私は、狼に睨まれてたじろぐ羊のようだと言ったらまた高梨先生に嫌味の一つでも言われることだろう。



「...じゃ、じゃあ...今日は秋人(しゅうと)琉生(るい)で、明日は蓮見(はすみ)先輩と心陽(こはる)君ってことで。」



 ....適当にあしらっとけばいいものを。。男の誘いに乗ったって何一つ良いことはないはずなのに...。


 なんて思いつつ、実は適当にあしらえない理由があった。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ