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呆れる元護衛と夜這いする私

 オルティス先輩が加わって男手が増えたこともあって、片付けはその日のうちに完了した。


 ただ、さすがにみんな力尽きてしまって、クライスとパメラ先輩がいつの間にか購買に行って買ってきてくれた夕食をたべたあとは、すぐに解散になった。


 最後まで手伝ってくれたウィリーくんなんて帰る体力も使い切ってしまったらしく、そのまま共用スペースのソファに大の字になっている。

 ……ルンツァ族ってああやって寝るんだ。


 そのまんまるなおなかを撫でてみたい衝動と戦いながら、私は部屋に入って窓を開く。


 角部屋なので、窓は二方向にあって、片方は森に、もう片方はクライスの部屋と挟まれた狭い庭に向かっていた。開いたのは庭に向いた窓の方。


 庭はそれはもう草ぼうぼうに荒れ果てていた。もうすっかり暗くなってるから窓から漏れる明かりに照らされたところしか見えないけど、もともとは魔術具の材料になるような薬草や魔草だったもの、みたいだ。完全に野生化しちゃってるけど。


 これは手入れが必要かな、と思いながら、私は窓枠を乗り越える。

 そこから草を飛び越えるように大股で五歩も歩けば、もうクライスの部屋の窓の前だ。


「やっほークライス。いーれーて」


 軽くノックして呼びかけると、即座に愛想のない紺色のカーテンが引き開けられた。


「……何してるんですか貴方は」

「何って……夜這い?」


 クライスはこめかみを押さえて、深く深くため息をつく。上から振ってくる説教を、私は笑顔で待ち構えた。


「私たちはもう十歳やそこらの子どもではないのですよ。何かあったらどうするのです」

「責任なら取るぞ」


 クライスは呆れ果てたような半眼でこちらを見るけれど、拒絶はしない。それにちょっと――いや、だいぶほっとする。


「あっ、蚊が寄ってきた! 入れて入れて!」

「……どうぞ」


 深い深いため息と共に、クライスが手を差し出して私を引き上げてくれる。


「うわ、殺風景! 荷物少ないなと思ったけどほんとにウィリーくんが運んできた分だけなのね」

「余計なものは所持していても仕方がありませんからね」


 すぐそういうこと言う。

 部屋の中にはベッドと勉強机とそれに付属する椅子と本棚と、小さなクローゼットしかない。客が来ることをまったく想定してないなと思いながら、私はとりあえずベッドにダイブした。


「……リアナ。これから私はそこで寝るのですが」


 窓を閉めたクライスがベッドの側に歩み寄って、やっぱり呆れた顔でこちらを見下ろす。


「他に寝る場所ないもんね」

「挑発しているのですか?」

「うん」

「リアナ」


 クライスの声が一段階低くなる。本気で怒る寸前だ。

 でも、よそよそしい笑顔よりずっと、こっちの方が良い。


「だって、よそよそしいんだもん。再会してからずっと」


 靴を脱ぎ捨てながら寝返りを打ってクライスに背を向ける。なんとなく、表情を見せたくない気分だった。

 あるいは、見たくない……のかも。


「……七年も連絡できなかったのは、悪かったと思ってるけど。でも私は、クライスと仲良くしたい」

「昔みたいに、ですか」


 感情の抜け落ちた声で、クライスがつぶやく。


「……うん」

「七年も経てば、人は変わります」


 肩を引かれて、上を向かされる。覆い被さるように、クライスが腰をかがめてこちらを見下ろす。クライスがベッドに膝を乗せて、スプリングの沈み込み方の差で、彼我の体重と体格の差を知らされる。


「私が怖くはないのですか?」


 私を見下ろす氷色の瞳は真剣で、いつもみたいな笑いの気配はどこにもない。クライスが私の頭の横に手を置いて身を乗り出すと、もう他のものは何も見えなくなってしまう。


 クライスの言うことも、わかってる、つもりだ。体格的にも魔力の大きさでも、私がクライスに勝てる要素なんて一つもない。

 氷色の瞳の奥に見える熱の意味も、たぶん、わかってる。

 それでも、私は。


「こわくないよ」


 これが他のひと相手だったら、たぶん死に物狂いで逃げだしているけど。


「こわくない……クライスのことは」


 何か言葉を呑み込むように、クライスはかすかに目を細めた。迷うように揺れる瞳を、じっと見上げる。

 やがてクライスは気まずそうに視線を逸らしてため息をついた。


「いいから起きてください。まったく」

「ん」


 差し出された手を握ると、思ったより勢いよく引っ張られた。


「うわっ」


 勢いのままベッドから落ちそうになったところをクライスの腕が支えてくれる。


「申し訳ありません。力加減を間違えました」

「思ったより軽かった?」

「ええ」


 そのままクライスの肩に額を当てると、ぴたりとクライスの動きが止まった。懐かしい匂いがする。よく手入れされた古い本のような、深い森の奥のような。


「あー……なんか、帰ってきたって感じがする」

「ここに来るのは初めてでしょう」

「そういう問題じゃないんだな!」


 やっぱりここが、一番安心する。人は変わるってクライスは言ったけど、それは変わらない。


「安心したらなんか眠くなってきた」

「ちゃんと部屋に戻って眠るように」


 クライスはまた深々とため息をついて、そう言った。

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