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四人目の聖女が残したものと私

 馬車がその日の宿について、部屋に一人になったところで、私は魔道書との悪戦苦闘を再開した。


 先生のことだから安宿に泊まるのかと思ったけど、意外にも連れて行かれたのは貴族が使っていてもおかしくない、古城を改築した宿屋だった。

 壁も厚いので、分析に集中できる。集中できなければ困るところだった。


 なんせこの魔道書、ややこしい構造もそうだけど、先生から言われた『女神の涙』をどう使うかという問題も残っているのだ。

 神座の国までは馬車で五日くらいだけど、馬車に揺られながら細切れに分析しているだけじゃ、とても時間が足りない。


 女神の涙は四代目の聖女が自ら命を絶つときの遺したもの。

 先生はそう言ってたよね。


 奇しくもこの魔道書のもともとの形は、どうもその時代のものらしい、ということがわかった。

 そして本来なら、何かを封印するための魔道書だったことも。


 判明した事実とこれがもともとは神殿の宝物殿から出てきたらしいことを組み合わせると、神殿が隠しておきたかった何かをイライアスさんがクライスに渡した、という可能性が浮上してくる。


 変な構造が判明したところで、イライアスさんがクライスを力に溺れさせるためにこれを作らせたという可能性はだいぶ低くなった。だって、そうだとしたらこんなややこしいことする意味はない。


 なら、その真意は何なのか。それは中身を見てみないとわからない。


 封印の魔術は魔王の力を封印するための修行のおかげでかなり得意だ。解かずにその中にあるものを確かめることは、ちょっと時間をかければできるだろう。

 魔道書の出所とこのわけのわからない構造を考えるとちょっと怖いけど、でも、やってみる価値はあるはずだ。


 徹夜覚悟になるけど、四の五の言ってられないよね。


 私は何かとんでもないものが出てきたときに備えて、念のため先生の力を借りることにした。


「なかなかたどり着くのが早いじゃないか。優秀優秀。もちろん、教え子はあたたかく見守ってやるとも。そのために寝溜めしといたわけだしな」


 隣の部屋から出てきた先生は、そう軽く言って私の部屋に来てくれた。

 馬車でずっと爆睡してたのはこのため……いや、本当か? 思わず疑いのまなざしを向けそうになったけど、そういう場合じゃないので私は真剣に頭を下げた。


「では、何かあったらよろしくお願いします」


 先生がうなずいたのを確認して、魔道書の前に座り、そっと両手を表紙に重ねる。


 その奥にある隠された魔法陣。そこにそっと魔力を流し、でもその中に精神まで入り込ませることはせず、距離を取って外側から眺める。


 すごく身構えていたんだけど、封印されていたのはごく普通の記録映像だった。

 映像の中身も、四代目の聖女が神の教えと魔王の恐ろしさを人々に説いているところだ。


 ……いったいどういうことだ、これ。

 こんなの、ここまで隠すようなことじゃないよね……?


 不審に思いながらも見続けているうちに、ふと違和感を覚えた。


 魔王の恐ろしさについて話している聖女。

 なんかあまりにも私に似てて、その人が魔王を責めているのを直視するのはちょっとつらいんだけど、ずっと微笑みながら話していたその表情が、一瞬、泣きそうな顔に置き換わった気がしたのだ。


 私は映像を巻き戻して、その箇所を今度はちゃんと目を逸らさずにじっと見る。


 ……やっぱりそうだ。

 映像が人々の頭上を通り越して聖女をアップでとらえた瞬間、彼女の表情が変わった。


 いや、そうじゃないな、違う映像に置き換わってる。本当に注意して見ていないと気のせいだと思ってしまうくらい一瞬だけど、ほとんど自分の顔だからさすがにわかる。


 なんでそんなことを? と思っているうちに、映像は終わってしまった。


 おかしいな。途中で聖女の表情が入れ替わってるのもそうだけど、映像そのものも短すぎる。


 封印の魔法っていうのは、本来そこに収まるはずがないものを収めてしまう技術でもある。そして収めたものの『大きさ』によって、その『重さ』も変わってくるのだ。

 この魔法陣の『重さ』からすると、もっとずっと長い映像が入ってないとおかしい。


 何かある、と、勘を働かせずともわかる。

 そして、あるとしたら、それはさっきの聖女の表情だ。


 当たりをつけて、その映像が記録されている部分の魔法陣をさらに分析してみる。


 ……思った通り。聖女の表情が置き換わっていたところに、映像に偽装した別の封印の魔法陣が埋め込まれていた。本命はこっちだ。


 そう気付いた瞬間、私ははっと息を止めた。


 ――この封印を解くためには、女神の涙が必要だ。


 なぜかそう強く確信する。

 そして私は、この封印を解かなくてはいけないんだ。


 でもこんなの、魔法陣から読み取れる情報じゃない。勘でもない。それにしてはあまりにも確信が強すぎる。

 まるで、最初から知っていたことを急に思い出したみたいだ。


 集中を解いて顔を上げると、何もかもわかっているように微笑むディータ先生と目が合った。


「何か見つけたようだな、アリアーナ・フェリセット」

「はい」


 私は深くうなずいて、ぎゅっと両手を握りしめる。


「これも、四代目の聖女が遺したもの、なんですね」

「お前がそう言うならそうなんだろう」


 先生は知らなかったみたいな言い方をしているけど、予想はついてたんじゃないかと思う。

 何より女神の涙を持っていたのは先生なんだし。その辺もいずれ詳しく聞いてみたいけど、今は魔道書の秘密を探る方が先だ。


「……女神の涙で、聖女が残したメッセージを開封できると思います」

「覚悟はあるんだな」


 先生は相変わらず人を食ったような笑みを浮かべているけど、その瞳は真剣だ。


「はい。ここをクリアしないと、きっとクライスには手が届かないから」


 真面目に答えたのに、先生はなぜか一瞬目を見開いてから大口を開けて笑い始めた。


「あっはっはっは! それはいい! 素直なのはいいことだ。チャレンジしてみるがいい。オレが見守っておいてやろう」


 なんか釈然としないけど、先生にそう言ってもらえるのは心強い、よね……?


 私は呼吸を整えて、女神の涙が入った小瓶を手に取った。

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