治療師と相談
翌日の朝、ジュリアのカーテンを開ける音と共に目を覚ます。
「おはようございます。シエナお嬢様。」
久しぶりに領地の自分のふかふかなベッドでゆっくり寝た気がするわ。今まで何処で寝ていたのかしら。
「お嬢様、お部屋でお食事を摂りますか。」
「ジュリア、食堂にして頂戴。」
怪我をしていた腕も治療で随分と良くなったわ。身体も幾分か軽い。ジュリアは小さな頃から私の侍女でいつも私の心配をしてくれる私の大切な侍女。
ジュリアに付き添われて食堂へ入ると昨日の2人が居たわ。ジュリアはそっと私に説明する。奥に座っている方は私の父、ローガン・モリス公爵。王宮では大臣として働いているらしい。
右隣に座っているのはライリー第一王子。私の夫。全く記憶にないわ。
「シエナおはよう。腕の方は治ったみたいだね。良かった。」
「おはようございます。お父様、ライリー様。」
席に座り、朝食を摂る。お父様もライリー様もぎこちない様子。私とは普段から仲が悪かったのかしら?どうやら私は療養するために領地に向かっていたらしいわ。
襲撃された時の記憶は断片的ではあるけれど、残っている。傷付いた護衛達は無事なのかしら。
「お父様、昨日私を守ってくれた騎士達は大丈夫だったのでしょうか。」
「あぁ。シエナのお陰で死人は出ていない。そして治療魔法をその場で掛けたお陰で怪我をした騎士達も皆後遺症なく明日、明後日には復帰出来るそうだ。皆シエナの事を心配している。」
騎士達の様子を聞いてホッと息を吐く。私が怪我をする事など最近ではいつもの事だけれど、今回は特に危険だったわ。
…あれ、いつものこ、と?いつも…?
思い出せない。
思い出そうとすると頭の中でサイレンが鳴り響くような警告のようにズキズキと頭が痛い。
「シエナ、大丈夫か。顔色が悪いな。無理せずに部屋で休みなさい。」
「は、い。申し訳ありません。」
自室へ戻り、暫くすると頭の痛みも無くなり朝食を食べる事はできた。
「ジュリア、昨日は心配かけてごめんね。私を守ってくれた騎士様達にもお礼をしなければなりませんね。」
ジュリアは目を真っ赤にしながら俯いている。
「シエナお嬢様。ジュリアはずっとこの先もお嬢様を支えていきますから。ずっとこの邸で暮らしていきましょう。この邸にはシエナお嬢様を害する者は居ません。記憶が戻らなくても大丈夫です。私が支えていきます。」
「ジュリア、ありがとう。」
私がベッドで横になっていると扉をノックする音がする。
ーコンコンコンコンー
私の返事と共に部屋に入ってきたのは治療師とライリー様。私は体を起こし、治療師は回復した腕を確認する。そして私に向き直り、話を始める。
「シエナお嬢様、腕の傷や毒と呪いはもうすっかりと良くなりました。庭へ散歩に出かける位なら良いと思います。記憶に関しては、明日であったり、数年後であったり、いつ戻るかは分かりません。
ですが記憶を取り戻す事を促す事はできます。しかしながら記憶に蓋をしてしまう程の辛い出来事を思い出す必要は無いと思います。いかがしますか。」
「そうね。私は王子妃なのでしょう?きっと過去から逃げてしまいたいほどの記憶。耐えられるかどうか。でも、このままにしておくのは駄目だと思うの。
例え記憶を取り戻し私が壊れたとしても妃をすげ替えるだけ、なのだから妃に戻るにしても交代するにしても引き延ばしは良くないわ。治療をお願いしても良いかしら。」
「分かりました。少しずつ治療を行なっていきましょう。記憶が蘇り始めたらそれが呼び水となり一気に思い出す可能性もあります。無理はなさらないように。」
治療師からの注意事項を聞き治療に入る。治療師は私の額にそっと手を当て、唱詠と共に魔力を流す。
時間にしては1分程度かしら。特に頭痛や感情の揺らぎは無いわ。治癒師は私に記憶の波が襲いかかり、倒れるかもしれないので必ず1人にはならない事を告げると次回の日程を決めて帰って行った。
「シエナ。大丈夫かい。何故、治療を望んだんだ?俺はシエナにこれ以上辛い思いをさせたく無い。」
ライリー様は悲痛な面持ちで私を見つめる。
「俺はシエナが好きだ。シエナしかいない。何があっても離縁はしない。その事は絶対忘れないで欲しい。」
ライリー様は私を強く抱きしめる。私はどうして良いか分からずに黙っているしかなかった。
何故なの。
ジュリアは眉をひそめているわ。
ノックと共に執事のカレブがライリー様に手紙を渡す。どうやら王宮からの連絡らしい。ライリー様は私にまた来ると言って王宮へと戻って行ったわ。
私はジュリアにお茶を淹れてもらい、飲んでいると気持ちがホッとしたせいか急に眠気が襲ってくる。
ジュリアにカップを渡し、そのまま気を失うようにベッドに倒れ込む。