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72.リリィの覚醒1

本日~明日、何話か投稿します!

 †


 アルトはカミーラの幻影魔法によって意識を精神世界に封じ込められていた。


(ここは……)


 見たこともない世界。

 どこまでも暗く澱んだ空気が漂っている。

 その中に、ぽつんと一人で立ち尽くすアルト。

 誰かいないか、と叫ぼうにも、声が出ない。喋り方を忘れてしまったような感覚だ。

 ならば、と走って闇から抜け出そうとするが、前に進むことすら許されない。


(どうなってるんだ……いったい何が起きているんだ……)


 そう思っても、アルトはつい先ほどまで自分がどこにいたのかすら思い出せない。


(俺は……何をしていたんだっけ……何か大事なことを忘れているような……)


 無理に記憶を引っ張り出そうとして、過去の光景がアルトの意識下にフラッシュバックする。


『魔法回路——一』


(そうだった……俺の魔法回路は一つしかないんだ……)


『成長適性——

 結界魔法F

 火炎魔法F

 水氷魔法F

 神聖魔法F

 暗黒魔法F

 物理魔法F

 強化魔法F

 鑑定魔法F』


(そういえば、適性も全くなかったんだ……)


 無情な鑑定結果が告げられると、今度は鬼のような形相をした男がこちらを見下していた。


『ノースキルというだけで我がウェルズリー家の恥、汚点だ』


(……俺はノースキルのアルト……)


『お前は二度とウェルズリーの名を名乗るな』


(そうか……俺は家を追放された……)


 目の前にあったウェルズリー侯爵の姿が歪み、まるで何人もの父親に取り囲まれているような感覚になる。


『お前が私に勝つことは一生ない』


 言葉が輪唱のように意識の中でこだまする。


(俺じゃ……父上に……勝てない……)


 アルトは恐怖していた。

 父親に恐怖し、そして孤独に恐怖していた。

 身を焼かれるような苦しみがアルトの意識を支配する。

 こんなに苦しいのなら、このまま全てを投げ出して、永遠に意識を失ってしまいたい。

 そう思わずにはいられなかった。


「――――グッ――――!!」


 アルトは苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げた。まるで悪夢にうなされているようである。

 リリィはフランキーの指示に従い、アルトを護るためにカミーラの前に立っていた。


「あなた、アルトに何をしたの!?」


「ワタシが説明しても、どうせアナタは理解できない」


「今、あなたは王女様の暗殺に加担しているのよ! それを分かっていてのことなの?」


「もちろん分かっている。ワタシの願いを成就させるためには、必要な犠牲もある」


 カミーラの言葉を聞いたリリィは抜剣した。 「〝神聖剣〟!!」と叫び、走り出す。


 だが、それと同時にカミーラが杖を振り、詠唱を行う。


「************」


 アルトに放たれたのと同じ幻影魔法である。

 まともに受けたリリィの視界は明滅し、ふらつきを覚える。

 だが、意識が飛ぶ寸前のところで踏みとどまった。


「――――ッ。今のは――何?」


 リリィが正気を保っているのを見て、カミーラは顔をしかめた。

 これまで彼女の幻影魔法が失敗に終わったことなど一度としてなかったからだ。


「ワタシの幻影魔法を耐えた……?」


「幻影魔法――それが妙な魔法の正体なのね!」


「……名前を知ることに意味なんてない」


「でも今ので、私なら耐えられることがわかったわ。覚悟しなさい!」


「おもしろい。こんなに頑丈な人間には初めて出会った」


 カミーラは杖を大きく振り、ほんの一言、何かを口にした。

 すると、まるで大滝のような瀑流がリリィを襲った。


「〝神聖結界〟!!」


 スキルの発動によって、アルトとリリィは光の壁に包まれた。

 だが、水流は二人を結界ごと押し流し、カミーラとの間に大きな距離が生まれた。

 その隙に、カミーラの口が高速で動く。


「********************************************************************************」


 これまでで最も長い詠唱を口にしたカミーラ。略式ではない、完全形の幻影魔法発動を試みているのだ。その美しさは、もはや詠唱というよりも唄に近かった。

 リリィは即座に〝セイクリッド・ランス〟を発動して攻撃を仕掛けるが、如何せん距離がある。


 鋭く尖った槍がカミーラの喉元に届く前に、彼女の詠唱は終わっていた。


 リリィの視界は刹那のうちにブラックアウトした。



新作、投稿しました!

読んでいただけると嬉しいです!


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― 新着の感想 ―
いつの間にか公爵から侯爵にランクダウンしとるやん
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