66.捜査2
街の中央にそびえ立つ中央会館は円柱の形をした石造の建物であり、高さだけを見れば子爵の館を上回る。
中に入ってグラムに言われたとおりに振る舞うと、すぐに組合長のいる部屋に通してもらえることになった。
階段を登って到着した最上階の一室。
戸を叩くと、ゆっくりと扉が開かれた。
中から現れたのは無精髭を生やした痩せ型の中年男性であった。
見た目の年齢に似合わず、頭は全て白髪になっている。目の下に浮いたくまが、ひどく疲れているという印象を与えていた。
彼は突然の来訪者を不思議そうな目で見た。
「あれ? 今日来客の予定はなかったはずだけど……君たちは……?」
「いきなり押しかけてすみません。私は騎士団第七近衛隊のリリィと申します」
「同じく第七近衛隊に所属するアルトです」
「ああ、これはご丁寧にどうも」
二人は組合長と握手を交わす。
「俺たちは冒険者ギルドのグラムさんに紹介を受けて来たんです。お忙しいところすみませんが、お話を伺えませんでしょうか?」
組合長は二人の胸元についたバッチを見て納得した様子であった。
「なるほどなるほど。騎士団から応援が来るって話は聞いていたけれど、まさかこんなに若いとは思わなかったよ。さぁ、中に入ってくれ」
そう言われるがまま中に入ると、二人は思わず顔を顰めた。
お香がかなりきつく焚いてあり、強烈な香りが鼻を刺すように刺激したのだ。
「く、組合長、この香りは……」
「ん? あぁ、失礼。そうだな。部屋を移した方がよさそうだな」
組合長は棚にぎゅうぎゅう詰めにされた資料の中からいくつかの束を抜き取って、マイペースに部屋を出て行った。
二人も続くと、彼はすぐ隣の部屋に入っていった。
「ここにしよう。普段は幹部会に使われているんだけど、今日は使う予定がないはずだからね。好きなところに座っていいよ」
そこはよくある大きめの会議室であった。
入り口には役職名と名前が書かれた木の札が掛かっている。
その一番端、組合長と書かれた位置にぶら下げてあった木札を見たアルトは驚きの声を上げた。
「組合長、ここにドクター・カーターとありますが、もしや、あなたがあのドクター・カーターなのですか!?」
「アルト、どうしたのよいきなり」
「冒険者ギルドにいた時に読んだ本にドクター・カーターの著書があったんだ。現代医学の基礎的なことを網羅した名著だって書店の人から紹介されて」
「そうか、自己紹介を忘れていたか、これまた失礼してしまったな。私はこの街で組合長をしているカーターという。確かに本職は医者だし本も書いているから、君の思っているカーターで間違いないと思うよ」
ここでカーターは気恥ずかしそうな表情を見せた。
「ただ、なんだかムズムズするから、ドクターじゃなくて、普通にカーターさんと呼んでくれないか」
「わかりました。それにしても読んでいた本の著者に会えるなんて、光栄です」
「光栄だなんて……私はそんな大層な人間じゃないよ。その辺の風邪やなんやを診断して薬を出すことはできるけどね、魔法で受けた呪いの類は取り除けないし、難しい病気には打つ手がないことだってしょっちゅうさ」
「カーターさんでも打つ手がないことがあるんですか?」
「そりゃあるさ。今だって一人の女の子すら救えなくて困ってるくらいだよ」
「難病か何かですか?」
「ある意味では難病なのかもしれないな」
カーターは目頭をマッサージするように押した。
「君たちが応援に来てくれた例の盗賊団の凶行を見てしまった結果、心を病んでしまった女の子がいてね。彼女の精神をリラックスさせるためのお香を夜通し試作していたら、さっきの部屋の香りになったというわけさ。ちょうど少し前に完成したばかりなんだ」
「…………」
やりきったと言わんばかりに伸びをするカーター。
アルトが言葉に詰まってリリィを見ると、彼女も同じ気持ちだったのだろう、ちょうど目があった。
アルトの微妙な表情を読んで、リリィは自分がやったことだからと口を開いた。
「カーターさん、寝ずにお香を作っていただいたところで言い辛いのですが――」
「ああ、さすがに匂いが強烈すぎるって話かい? あれは色々混ざった結果だから、完成品は上品な香りだよ。あとで試してみるといい」
「いえ、そうではなくて……、カーターさんがおっしゃっていたのって、大通りの鍛冶屋さんの裏手にあるおうちの娘さんですよね?」
「ん、そうだよ。もうグラム君から話を聞いていたか」
「グラムさんから、というより、ここに来る前にご本人と会って話をしてきまして……。今はもう落ち着いて会話もできる状態なの――」
「なんだって!?」
カーターは大きな声を出して身を乗り出した。
「こりゃぁとんだ朗報だ! ありがとう!! いや待て、あんな錯乱状態にあった彼女を落ち着けたというのか!? 誰が、どうやって!?」
カーターは、自分の苦労が無駄になったことを悲しむ素振りなど一切見せなかった。
それよりも、少女が苦しみから解放されたことへの喜びと、それを素早く実現した方法を知りたいという気持ちが語気に表れていた。
「誰が……っていうのは、私になるのかなぁ?」
「あの子の手をとって少し話したら落ち着いたんだから、リリィがやったってことで間違いないんじゃないか?」
「君が、手を握って、話しただけで!」
カーターは手元の資料を裏返してペンを握る。
「話の内容を一言一句違わず聞けるかい!?」
「い、いぇ、そんなに正確には覚えていないのですが……」
困った様子のリリィを見て、カーターはハッと気付いたような顔をした。
「おっと、いつもの悪い癖が出てしまったよ。すまなかったね。医学のこととなるとつい夢中になってしまってよくない」
「いえ、そんな気にしないでください」
「知っているかもしれないが、精神に異常をきたした者はそれが悪化すれば迫害され、ひどい施設に隔離されたまま一生を終えることになる。治療法は確立されていないし、私のお香がうまく作用するかも分からなかった」
カーターは疲れが抜けていくように椅子に深くもたれかかった。
「心配だったんだ。君が彼女を救ってくれて本当によかったよ」
「偶然だとは思いますけど、私も本当に良かったと思います」
「たとえ偶然だったとしても、誇りに思っていいことだと思うよ。それで、話がそれてしまったが、例の盗賊団絡みだろう? 力仕事ならグラム君に頼めばいいし、彼の権力で立ち入れない場所はこの街にはない。それでも私の元に来たということは情報が必要、ということで合ってるかな?」
「察していただきありがとうございます、そのとおりです」
アルトはカーターの目を真正面から見た。
「先ほど話題に上がった女の子から話を聞きまして、盗賊団の戦力が想像以上であることが分かりました。他の地域にも似た被害が出ていることを考えると、国に危険が迫っているように思われます。まずは一刻も早くここを襲った盗賊団を壊滅させなければなりません。そのために彼らのアジトをつきとめたいのですが、グラムさんでも見当がつかないということだったので、何かご存じでないかと思って来ました」
「うーん、確かにこの街のあれこれは私のところに集まってくるけど、グラム君に調べてもらった場所以外に思い当たるところはないんだよねぇ……」
そう言いながら、彼は手元の資料を二人に差し出した。
「私には思い当たる場所がないけれど、何か手がかりに繋がるかもしれないと思ってこれを持って来たんだ。この街で過去に起きた事件の詳細でね。犯人が捕まっている場合には、彼ら彼女らのことも書いてある。盗賊団には関係ない事件もたくさんあるから確認するのはちょっと大変かもしれないけれど、ここで読んでもらう分にはしばらく居てもらってもいいからさ」
「ありがとうございます、早速失礼します」
二人は手分けし、アルトが殺人、傷害、強盗、強姦など、リリィが詐欺や横領などの資料をそれぞれ担当して読み始めた。
古くは百年以上前の事件記録もあり、それが年代順にまとまっている。発生場所や被害状況、証言、使用されたと思われるスキルに至るまで、詳細が克明に記されていた。
盗賊団は年を跨いで散発的に現れているが、警備が強固であるためだろう、同じ盗賊団が二度この街を襲うことはないようであった。また、直近数年に現れた盗賊団がアジトにしていた場所は全て冒険者ギルドによって確認済みであった。
資料の量が多いにも関わらず有力な情報が見つからない状況に疲労を感じたアルトが首を回していると、席を外していたカーターがちょうど戻って来て二人の前に紅茶を置いた。
「少しでもお役に立つ情報はありそうかな?」
「うーん、今のところは空振りですね……もう少し読んでみようと思いますが」
アルトが再びページに目を落としたところで、リリィが口を開いた。
「アルト、これ……おかしくない?」
リリィは読んでいたページを机の上に広げて二人に見せる。
すると、カーターはすぐにその事件を思い出したようだった。
「この事件はつい二、三ヶ月前の話だね。売上額を誤魔化して脱税をしようとしたっていう、アレだよね?」
「はい、そのとおりです」
「んー、ただ、脱税はたまに起きる事件だし、そんな珍しい話でもないと思うけど」
「私が変に思ったのはそのお店が扱っているものなんです」
「確か武具商だったよね。武器だから盗賊団に使われる可能性が高いし、何か関連があるかもって話かな?」
「もちろんそれもありますが、それ以外にも気になった理由があります。今の王様になってから、武具の税率はかなり低い水準に抑えられています。脱税の罪に問われれば、追徴金を払う必要もありますが、悪質な犯行だと認められてしまった場合には、国に対する反逆の意思ありと見なされる可能性もあります」
アルトもここにきてようやくリリィの言いたいことがわかった。
「つまり、武具の税率なら、そんな危険を冒してまで脱税する必要がないんじゃないかってことか!」
「そう言われてみれば、確かに、これまでの脱税事件は嗜好品を取り扱うような、割と重い税が課されている業種が多かったように思える。それに、事件を起こした店は、この街で一番大きな武具商だから、そんなにお金に困っているようにも思えない」
「次のページにある記録によれば、追徴金も滞りなく支払っているので、税金は十分に払えたはずなんです」
アルトはその場の全員がたどり着いたであろう結論を代表して口にする。
「つまり、この店は税金を払いたくないから脱税したんじゃない。取引そのものを隠したかったから、結果的に脱税になったってことか」
「その可能性が高いわね。隠された取引によって武具が運ばれる先……何かありそうね」
「そういうことなら……たしか資料が残っているはずだよ。事件が発覚したのは、運び屋の収支と武具屋の収支が一致しなかったからなんだ。調査の過程で運び屋に運搬記録を提出してもらったはずだから、すぐに探してくるよ」




