61.新しい任務へ
翌日同日、夜も更けた頃。
アルトは騎士団の寮舎がある一帯で最も背の高い木の枝に座り、街を見渡していた。
日中は活気あふれる王都であるが、夜にもなると時が止まっているような静けさがあった。時期によっては虫の声が聞こえてくることもあるが、それも今はない。
アルトがぼんやりと景色を見ていると、彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「やっっっっと見つけた! 何でそんなところにいるのよ!」
声のした方を見下ろすと、雲の隙間から漏れる僅かな月明かりを受けて光を湛える黄金色の髪が闇夜に映えていた。
「何でって、騎士団の寮に門限はないし問題はないはずだけど」
「そういうことじゃなくて!」
リリィは物理魔法を利用してふわりと宙に浮き、アルトの隣に腰を降ろした。何気なく実行したスキルによる飛翔であるが、これ一つとっても抜群の制御力を持った実力者にしか成し得ないことである。
「睡眠不足は効率不足だからって、普段は早寝のはずのアルトが、何でこんな時間までこんな場所で夜更かししてるのかってこと」
「あぁ、そういうことなら……不甲斐ない話だけど、昨日気絶していた分の睡眠の貯金があるから大丈夫なんだ」
「それとこれとは別のような気がするけど……もしそうだそうだとしたってこんな見つかり辛いところに来る? アルトが朝からずっと図書館にいたって聞いたからそっちまで探しに行ったのに見つからなくて、しばらく探し回っちゃったんだから!」
「別に隠れようって思っていたわけじゃない。ただ、この木が一番高かったから選んだだけだ」
「なんで一番高い木がよかったの?」
アルトは遠い昔を懐かしむような目で夜空を見上げた。
「俺たちがまだ小さい頃の話なんだけどさ、俺とリリィが住んでいたあの街にモンスターの襲撃があったんだ」
「そんなことあったかしら……」
「深夜だったしリリィは寝ていたのかもしれないな。その時、俺は父上の許可も無しに、こっそり家を抜け出して現場を見に行ったんだ。現場近くに到着しても大人が沢山いて先がよく見えなかったし、何より外出しているのが街の人に見つかって父上に伝わりでもしたら叱られてしまうから、俺は背の高い木に登った。で、その場所から見えたのが、大量のモンスターに立ち向かう騎士の姿だったんだ」
珍しく自分の過去を話すアルトに、リリィは黙って耳を傾けていた。
「当時は父上から押し付けられた勉強が嫌で仕方なかった。騎士になるためとか言われても、欠片も興味がなかったんだよな。でもさ、あの夜、騎士がモンスターを次々と倒していって、結局ほとんど一人で街を守ってくれたのを見て、俺は珍しく熱い気持ちになったんだ。多分、あの光景が騎士を目指し始めた原点なんだ」
冷たい風が木の葉を揺する。
「今日シャーロット様の話を聞いて、今度は俺がシャーロット様を、そして国民を守る番なんだって思った。父上には負けてしまったけど、そんなことで立ち止まっている場合じゃない。そう思っていたら、いつの間にかここに来てたんだ」
「そうだったんだ。なんだか邪魔しちゃったわね」
風が運んできた夜の冷気にアルトは身震いをし、リリィの言葉を思い出す。
「いや、いいんだ。それより、さっき『見つけた探し回った』って言ってたけど、何か用があったんじゃないのか?」
「そうだった。こんな時間に急に任務の通達が来てね。はい、これ」
リリィは一枚の紙切れをアルトに渡した。
それはアルトもこの半年でよく目にするようになった、騎士団の任務を通達するための紙片であった。
「書いてあるとおり、いきなりだけど、明日の朝、アルトと二人で北の街に向かうことになったから、それを伝えに来たの」




