59.敗北
アルトがかつてエラソーと戦った決闘場。
あの時とは違い、今目の前にいるのは実の父親だ。よく知っている人物のはずなのに、何故かアルトの知っている彼とは違うように見えた。
「もちろん手加減は不要だ。本気でかかってきなさい」
「……そのつもりです」
「そうだ、せっかくの機会であるからして、皆様にしっかりと実力を見て頂けるよう、どちらかが戦闘不能になるか、敗北を宣言するまで戦うというのはどうだろう?」
この提案に、会場の貴族たちは大きな盛り上がりを見せた。
決闘といえば伝統的にはワンヒット勝負である。しかし、決闘の結果ではなく戦闘内容が重要な場合はその限りではない。チームワークを見るために実施された騎士選抜の第三試験などが良い例だ。
ウェルズリー公爵の提案に、リチャード王子がすかさず反応する。
「今回は彼の実力を諸侯にアピールすることに意味があると考えれば、確かに十分な理由に思える。王様、いかがでしょうか?」
「王様、私は反対です! 急に決まった決闘ということもありますし、私たちが予期しない万が一の危険もあり得ます!」
リチャードの性格を考えるに、ただの思いつきでこのような場を用意するはずがない、シャーロットはそう確信していた。この決闘の裏には何かしらの思惑や作戦が隠されているはずだと考えているのだ。
だが、今のところシャーロットの目の届く範囲に不審な点は無く、またアルトの様子も普段と変わらない。
だから、ただ危険だ、と言うことしかできなかった。
「ふむ、どちらの言いたいことも理解できる」
王子と王女、二人の言い分を聞いた王は、伸びた髭を撫でた。
「決闘をする二人の安全を保障することは重要であるが、今回はやはり皆の期待もある。ここは公爵の案を認めよう。もちろん、命に関わるような攻撃は重い罪に問われることを肝に銘じておくように」
その時、アルトは確かに目にした。
王様の言葉を聞いたウェルズリー公爵が、一瞬だけ口の端を吊り上げたのだ。
その動作が、心の底で歓喜している時に見せる父親の癖だということをアルトは知っていた。
とはいえ、ここまで来てやっぱり辞めたなどと言えるはずもない。幸い、探知魔法の反応を見る限りでは、今のところアルトの周囲で魔法が発動している気配はない。
「では、二人に異論がなければ、始めるとしよう」
「提案を認めていただき感謝申し上げます。異論などあろうはずがございません」
「同じく、ありません」
王様は二人の答えを聞き届けると腰を上げる。
このわずかな動作でそれまで賑やかだった会場が静まり返った。
「では、ここに特別決闘を執り行なう! はじめ!」
王様の宣言を受け、アルトはすぐに行動に移る。
「<ファイヤー・ランス>起動!」
十六本におよぶ炎の槍が出現し、放たれる。
人間相手に最大火力を叩きつけるのは危険だと判断し、バフを掛けずに本数も加減した様子見の一手であった。
それでも会場は色めき立つ。
アルトにとっては様子見程度であっても、並の冒険者なら一生かけても辿り着けないレベルのスキルである。初手からそんな大技を見られることを貴族たちは喜んでいるのだ。
最上級スキルである〝ファイヤーランス・レイン〟とも見紛うほどの魔法を前にしながら、ウェルズリー公爵は余裕の表情を見せていた。
「これをお前に見せるのは初めてだな」
そう言って両手を広げ、詠唱する。
「〝ドレイン・ホール〟!」
ウェルズリー公爵の言葉に呼応するように、二人の間にあった空間に歪み(ひずみ)が生じ始める。景色がどんどん捻れてゆき、景色の色が混ざり合い、やがてどす黒い闇が現れた。
炎の槍は闇の中に全て吸い込まれてゆく。
その光景を見ていた貴族の誰かがポツリと漏らした。
「…………あれ暗黒魔法だろ……初めて見たよ」
アルトも暗黒魔法の存在は知っていたし、修行の一環として試してみたこともある。
だが、実戦で使用されているのを目にするのは初めてであった。
暗黒魔法は非常に強力な魔法系統として知られている。
ところが、そもそも適性のある人間があまりにも少なく、また暗黒魔法は成長させればさせるほど他の魔法の適性が失われていくという特殊な性質を持っている。
そのため冒険者や騎士は星の数ほど存在しているが、暗黒魔法をメインスキルとしている者は国中を探しても片手で数えられる程度しかいないと言われている。
そして、今ウェルズリー公爵が使用した〝ドレイン・ホール〟はまさにその暗黒魔法の、しかも上級スキルであった。
他者の魔法を吸収し、暗黒魔法に変換して返すスキルである。
初めて見る暗黒魔法のスキルに会場中が息を飲んだ。
その次の瞬間。闇の中から黒炎が射出された。
もし公爵の相手が〝ドレイン・ホール〟を知らない人間であったなら、詠唱なしに突然攻撃魔法が飛んでくるのと同義であり、回避は困難を極める。
だが、人一倍座学にも励んできたアルトは〝ドレイン・ホール〟の存在を知っており、この攻撃を予見できていた。
反射された黒い炎を危なげなく躱してみせた。
「さすが勲章を与えられただけのことはある!」
ウェルズリー公爵はわざとらしくアルトのことを褒めると、今度は目をすがめて小さく口を開いた。
「***************************」
彼の口から発された言葉は、会場の喧騒にかき消されてしまいそうな声量であった。実際、観衆のほとんどはその声を聞くことができていなかった。
一方で、確かに発声を耳にしていたアルトであったが、その言葉を理解できないでいた。よく聞き取れなかったわけではなく、言語として全く知らない何かだったのだ。
どこか無機質な響きを含んだ耳馴染みのないイントネーションに、背筋がぞくりとさせられる。
その直後、アルトの探知魔法がアラートを発する。
魔力を感知したものの、そのスキルを分類できないパターンの警告である。それはつまり、想定外の魔法が目の前で発生しているということだ。
今スキルが発動しているのであれば、ウェルズリー公爵の放った言葉は詠唱で間違いない。
タイミング的に考えれば、攻撃魔法だと予測できる。
そうなれば、アルトも対抗手段を施す必要がある。
「<ファイヤー・ウォール>起動!」
詠唱に反応してオート・マジックが起動し、アルトの周囲を取り囲むように〝ファイヤー・ウォール〟が生成される。フィールドよりも高い位置にある観客席からは、その炎の壁が三重になっていることが分かった。
これほどに厚い防御壁であれば、火炎魔法の天敵である水氷魔法の上級スキルですら突破は不可能である。
まさしく鉄壁に等しい防御魔法に身を隠しながら、未知のスキルが消えるまで待ち続ける、それがアルトの考えであった。
あまりに大量に生成された炎は、決闘場内の温度をすぐさま数度上昇させるほどであった。
当然、これだけの炎を維持し続けるには多大な魔力量が必要になる。
それでも、アルトは〝ファイヤー・ウォール〟を止めなかった。
理由は単純で、ウェルズリー公爵のものと思われる魔力の気配が消失しないためだ。
炎の壁に何かが衝突した感覚もない。
ジリジリした気持ちのアルトであったが、その瞬間は唐突に訪れた。
「……ッ!?」
いきなり視界が明滅し始める。
それだけではない。
頭の中に霧が掛かったように、意識を集中することができない。
「このままじゃ……〝ファイヤー・ウォール〟が……」
騎士選抜試験でボン・ボーンに毒を盛られた時の比ではない。
あまりにも突発的で、そしてあまりにも強力だ。
「ハァ……ハァ……」
呼吸が荒くなる。
アルトは立っていることもできなくなり、地面に膝をついた。
みるみる内に炎の威力は弱まっていき、身長の三倍はあった壁が徐々にその高さを失っていく。
その先に見たのは、ウェルズリー公爵の満足げな表情であった。
「勝負あり! 決闘を終了せよ!!」
王様が決闘の終わりを告げたと同時、「アルトさん!!」と叫びながらシャーロットが駆け寄る。
「お前が私に勝つことは一生ない」
ウェルズリー公爵の呟きがアルトの耳に届いたのを最後に、意識がプツリと途切れた。




