44.直属部隊
アルトに対して先輩の威厳を見せつけようとして、ものの見事に跳ね返されたフランキー。
フランキーはしばらく口を開くことができないでいた。
当然、アルトをはじめ、リリィもミアもそんな彼にかける言葉はなかった。
静寂が訓練場を包む。
だが、幸いその空気を変えてくれる人物が現れた。
「何をしている」
現れたのは、アーサー隊長であった。
上司の登場に、呆然としていたフランキーも姿勢を正して、お辞儀をする。
「あの……いえ、ちょっと……」
フランキーが言葉に詰まっていると、辺りを見渡してアーサーは全てを察したようだった。
「新人に“洗礼”を浴びせようとしたのか」
「あの……いえ……」
フランキーは言い訳をしようとするが言葉にならない。
――生半可な言葉は、アーサーには通じないと分かっているのだ。
「まぁいい」
アーサーはそう言い放って、それからアルトたちの方に改めて目を向けた。
「アーサーだ。今日からお前たちの上司になる」
その言葉に、アルトたちは表情を引き締める。
アーサーの放つ厳かな雰囲気に、緊張感が走った。
「――もう自己紹介は済んだようだし、早速仕事に向かう。まずは我々の“上司”に会いに行くぞ」
アーサーはそう言うと、そのまま踵を返して歩きだした。アルトたちは黙ってそれについていく。
訓練場を後にして、街の中を歩いていく。
一行は、最初どこに行くのかもわからず黙って歩いた。
だが、少しして、その行き場所が明らかになった。
「王宮だ……」
――行く手を阻む分厚い門には、獅子の紋章。それはまさしく王室の領域であることを表していた。
アーサーが歩いていくと、守衛たちは黙って門を開けた。
アルトは以前に一度、王女に呼ばれて王宮に来たことがあった。
だが、何度来ても緊張することに変わりはなかった。
――そして、以前一度来た時と、まったく同じ道を歩いていることに気が付く。
「(もしかして……)」
そして、その予感は的中した。
アーサーが立ち止まったのは、王女のいる建物だった。
アーサーは守衛に目くばせをして、そのまま建物の中に入っていく。
すると――中で佇んでいた一人の女性が笑顔で出迎えた。
――他でもない、シャーロット王女。ローレンス王国の第一王女であった。
そして、そんなシャーロットが真っ先に話しかけたのが、
「――アルトさん!」
隊長ではなく、アルトの名前がまっさきによばれたことに、フランキーは度肝を抜かれる。
だが、そんなことを気にした風もなく、王女は勢いよくアルトの元へと駆け寄った。
「騎士になられたんですね! おめでとうございます!」
シャーロットはアルトにグイっと近づいて、そしてアルトの両手をとって握りしめ、祝いの言葉をかけた。
「あ、ありがとうございます。王女様のおかげです」
アルトは動揺しながらお礼を言う。
騎士学校に入ることさえできなかったアルトに、試験を受けさせてくれたのは王女様だった。
アルトにとって王女シャーロットは間違いなく恩人であった。
「いえ。アルトさんのような優秀な人が騎士になれないなんて許されませんから」
王女はそうにっこり笑って言う。
――突然王女とアルトが親密な様子で話し始めたことに、周囲の人間は驚いていた。
めったに表情を変えない仕事人のアーサーでさえ、この時ばかりはわずかに眉を動かしていた。
と、その空気に王女はようやく気がついて、アルトの手を離し、隊長の方に向き直る。
「失礼しました、隊長。再会に喜んでしまって」
シャーロットがそういうと、アーサーは「いえ」と小さく答えた。
そして王女に隊のメンバーを紹介する。
「まずは、本日付で結成されました第七近衛隊の隊員をご紹介させてください」
そう言って、アーサーは隊員の名前を王女に紹介していく。
「皆さん、第七近衛隊は、私の直属部隊として新設されました。これから私の命で任務をこなしてもらいます。ですから、どうぞよろしくお願いします」
王女は隊員を見渡していった。
近衛隊は、王室の人間に直属する部隊で、騎士の中でも花形だ。
初任でいきなり近衛隊というのは、異例中の異例と聞いていた。
それゆえ、アルトは少し違和感を覚えていた。いい話の裏には、なにか裏があるのではないかと。
「さて、それでは皆さんまずはお座りください。少し話がありますから」
シャーロットに勧められて、隊員たちはテーブルに着く。
するとシャーロットはすぐに話し始める。
「早速ですが、皆さんにこの第七近衛隊が作られた経緯をご説明します」
アルトは食い入るように聞く。
「今、この宮廷の水面下で争いが起ころうとしています。それは王位をめぐる戦いです」
王位――たった一単語で、ことの重大さが伝わってくる。
「王太子、即ち王位を継ぐものは誰になるのか、まだ決まっていません。その候補は二人います。一人は言うまでもなく王の第一子である私、シャーロット。そして、もう一人は私の弟であるリチャードです」
王宮の権力争いの事情など知る由もないアルトだったが、そこまで言われると話が見えてきた。
シャーロットは女子だが、嫡子、つまり正妻の娘。しかも第一子である。
一方弟のリチャードは男子だが、庶子、つまり愛人の息子である。
果たしてどちらに跡を継がせるかはかなり悩ましい問題だろう。
そして、それは周囲の人間にとって重大な問題になる。
「王様の意向としては、私を太子にと考えているようです。しかし、宮廷で最大の権力を持つワイロー大臣は弟のリチャードを担ごうとしています。つまり、私はワイロー大臣の敵ということです」
ワイロー大臣は、アルトも目にしたことがある。
騎士採用試験でアルトに様々な妨害をしてきたボン・ボーン。その父親のボーン伯爵がワイロー大臣の一派であるらしい事を思い出す。
「ワイロー大臣は、目的のためには手段を選ばない人間です。だから最悪私の命を狙ってくることもあるでしょう」
そこまで言われれば、第七近衛隊が作られた目的も自ずから見えてくる。
「つまり王女様の力になるべく第七近衛隊が作られたということだ。既に王女様の護衛としては第三近衛隊が用意されているが、王女様は、王位継承のため、今まで以上に積極的に動きたいと思っておられる。だからこそ直属部隊をもう一つ作ることにしたのだ」
アーサー隊長がアルトたちに説明する。
「そして、さっそくですが、明日から私は王宮を離れて、東方の都市ミントンを訪ねることになっています。あなた方第七近衛隊にも、この旅に同行してもらいたいのです」
それがアルトたちの最初の任務であった。
王宮外での護衛任務。一歩間違えばこの国の跡継ぎとなるかもしれない王女様の命を危険にさらすことになりかねない重要な任務だ。
「旅の目的は、ミントン公爵に協力を求めることです。現在、水面下ではワイロー公爵が仲間集めに奔走しています。このまま指をくわえて待っていれば、私の味方はいなくなってしまいますから」
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