29.ボーン家は大臣からも信頼されてるんだぞ!
魔法学校にやってきて一週間。
とうとう最初の試験の日を迎える。
アルトはその日まで、オートマジックの力を借りて文字通り「常に」修行を続けてきていた。
その地道な努力の成果もあって、久しぶりに火炎魔法のレベルも上がり、万全の状態だった。
アルトは朝食を食べてから、試験会場となる闘技場へと向かった。
「(うわ、やべぇ。めっちゃ人いるな)」
先週、選抜試験の概要説明を受けたときは、生徒たちしかいなかった。
けれど、今日は観客席に多くの人が集まっていた。
その多くは、騎士学校の下級生たちと、現役の騎士や役人たちであった。
騎士や役人が見に来ているのは、来年自分の組織に引き入れる生徒の下見をするという目的があった。
観客席ではちょっとした飲食物が提供されていて、ちょっとしたお祭り状態。
と、アルトが騒がしい雰囲気に圧倒されていると、喧噪の中から澄んだ声が聞こえてきた。
「――アルト!」
その凛とした声は、アルトの耳にハッキリと届いた。
「――リリィ!」
アルトが振り返ると、そこには幼馴染のリリィが佇んでいた。
そして、その姿を見てアルトは驚く。
――腰に剣を差し、ガウンの胸には騎士団の紋様が入っている。
「……騎士になったのか!!」
アルトが聞くと、リリィはうなずく。
「うん。ごめんね、受かってから訓練で忙しくて連絡できなくて」
「いや、本当におめでとう!!」
アルトは幼馴染の晴れ姿に胸が熱くなった。
「まさかアルトが試験にいるなんて、びっくりした」
「ああ。いろいろあって推薦を受けられた」
「そっか。本当に良かった。うまくしたら半年後にはアルトも騎士だね」
「ああ。頑張るよ」
「……ごめん、隊長があっちにいるから、行かなきゃ。また休みが取れたら話に来るね」
「ああ、またな」
二人の久しぶりの再会は、つかの間のことだった。
上司の元へと向かうリリィの背中を、アルトはまっすぐ見て決意を新たにする。
「そうかアイツは騎士になったのか。俺も……頑張らないとな」
――とリリィの背中を見送ったところで、アルトに話しかけてきてくるものがいた。
「やぁ、アルト君」
声のトーンは高いが「さわやか」という感じは一切しない。
どこまでも傲慢な響きをはらんでいる。
その声の主は、ボン・ボーン。
アルトにケンカを吹っ掛けてきた貴族の坊ちゃんである。
「どうも……」
アルトは機械的にそう返す。
「いやー対戦表見たかい? 僕と君が当たっているみたいだ」
ボンの言葉で対戦相手と今日の対戦方法を知るアルト。
個人戦とは聞いていたが、生徒同士の戦いとは知らなかった。
「この前は、多少すごい技を見せてもらったが、でもやはり実践が一番大事だ。君がコネ野郎でないと証明するためにも今日はぜひ頑張ってくれ。もちろん、僕は負ける気はないけどね」
「(一体どこから来るんだその自信は?)」
アルトは内心首をかしげる。
――と、その時だ。
二人の会話に、一人の男が割り込んでくる。
「君がボン・ボーン君か」
初老の男。お世辞にも優しそうには見えない、目つきの鋭い男であった。
そしてシルクの衣装に身を包んでおり、それだけでなく胸には王家を象徴するライオンのマーク。この国の高官であると一目でわかった。
「……! これはこれは大臣!」
ボンが彼の正体を説明してくれる。
話しかけてきた初老の男はこの国の大臣ワイロー公爵であった。
「君の父上のボーン伯爵の上司だ。父上は実に優秀な男でね、君にも期待しているよ」
「そ、それは! ありがとうございます!!」
と大臣はそう言った後、一瞬アルトの方を見る。
だが、特に何も話すことなく、その場を去っていった。
「見たか。我がボーン家は、宮廷で信頼を得ているのさ。僕の父上はワイロー大臣に認められている。騎士というのはね、信頼が大事だからね。その点、ボーン家の僕は既に騎士に近い存在なのさ!」
大臣に話しかけれたことで満足そうな表情を浮かべてにアルトを見る。
「は、はぁ……」
アルトは適当に相槌を打つ。
――と、その場を離れようとしたアルトだったが、そこにさらに別の人が話しかけてくる。
その人物の顔を見て、ボンは目を見開いた。
「おおお、王様?!」
そう、話しかけてきたのは――他でもないこの国の国王であった。
圧倒的な威厳を放つ巨体の男。
と、その後ろには王女シャーロットの姿もあった。
「こここ、これは王様! お初にお目にかかります!! わ、我がボーン家は代々王家に仕えておりまして、わが父も大臣に認められるほど……」
てっきりアルトではなく、貴族の子弟である自分に話しかけられていると思ったボンはそう自己紹介を始める。
だが、王はそんなボンに目もくれなかった。
「君がアルト君か。娘から話は聞いているよ。今日は戦いぶりを見るのを楽しみにしていたんだ」
「――へ?」
王様が、自分ではなくて、アルトに話しかけていると知ったボンは、驚いてきょとんとする。
と、そこで後ろに控えていた王女が、アルトの手を取った。
「お、王女様……」
アルトは急に手を握られて視線を逸らす。
「私も、アルトさんの戦いぶり、楽しみにしています。また前みたいにカッコイイところを見せてくださいね」
「……あ、ありがとうございます」
王と王女に囲まれてタジタジのアルト。
「それでは、頑張ってくれ」
そう言って観客席へと帰っていく王と王女。
「おおお、お前ごときに王様と王女様が……!?」
ボンはアルトが王様に声をかけられたばかりか、将来の女王であるシャーロット王女に認められていると知って、驚きのあまり失神しそうになるのであった。
逆にアルトは、先ほどまでの威勢はどうしたのだろう?と純粋に疑問に思うのであった。
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