キリカ・カルテット断片 イェルカンシュ大陸についての昔話
むかーし、むかし
精霊の祝福が満たされた「イェルカンシュ」の大地では
様々な種族が平和に暮らしていました
ひとつぶのタネをたくさんのイノチに
たくさんのイノチをひとつぶのタネに
精霊のマナはイェルカンシュがすべての生き物と繋がり
永遠の豊穣を与えていたのです
そのイェルカンシュ大陸の中央部にはとある大国がありました
その国の名はただ「帝国」とのみ伝えられています
かつてイェルカンシュに住む多くの種族を統一した帝国
太古の時代に大陸に降り立ち、精霊の国をつくったとされる伝説の龍
古龍イェルを建国の祖とするその国もまた、精霊の加護のもと繁栄と平和の日々を享受してきました
想像してみてください
空には魔道具や魔装、
あるいは、自前の翼で飛ぶ様々な種族の姿があります
天を衝く巨大な大樹を中心に
何百基もの尖塔が林立し
街のそこ彼処からバザーの賑わいが風に乗って聞こえてきます
周辺の土地は生命力に溢れんばかりに自然の輝きを放っており
種を撒けば一週間で実をつけるとか
今日も大陸の各地から物資を満載にして運んできた、竜人商人たちが竜化の解除もせずに、城門の前に列をつくると氾濫原のように城門前が渋滞を起こしてしまい、城門の衛士長が頭を抱えているとか
ついでに、搬入が遅れると察したいくつかのキャラバン隊が城門前で荷解き始めると、魔法のように即席市が開かれたり
目敏い魔法広告屋が来てしまえば、後はあっという間にお祭り状態にまでなり果てて
衛士長の隣で城門経理官が頭を抱えるとか……なんとか、かんとか……
「——はい、姫様。
帝国人は標準的なヒューマンサイズの種族が殆どでしたから、物資搬入用の通用門となると古巨人族がギリギリ一人通れるだけの大きさだったのでしょう。
古巨人族は肩幅4メル、身長11〜13メルもあったそうです。ですから、帝都の正門は凄く大きかったと思いますよ」
帝都は魔道具で出来た城壁に囲まれており
空を飛んでも生身で越えられない高さと厚さを備えていました
当時、人口四百万を超えていた帝都にはあらゆる人・物が集まり
まさに、その繁栄ぶりは時の吟遊詩人が「黄金の帝国」「黄金の千年帝都」と謳うほどのものだったそうです
もっとも、帝国だけではありません
イェルカンシュでは他の国もまた例外なく「黄金の時代」を迎えていました
疾風王の統べる遊牧種族の暮らす「平原」
巨人族の共和国「低木大森林」
海人族の広大な皇領「複段水層海」
そのどれもが豊穣のマナの祝福が与えられ
地上の楽園のように繁栄していたのでした
イェルカンシュでは誰もが精霊の加護によって
繁栄を享受することが約束されていたのです
そう、誰もがこの繁栄の継続を願い
そして誰もがこの繁栄の終演を望んではいませんでした
ソレが登場するまでは。
*
「……ユルさない…………して、無くなってしまえ……全て、壊してやる」
ある日、魔王が現れたのです。
たった一人で小国を滅ぼした魔王に驚いたイェルカンシュの国々は各地の英雄達を魔王討伐に送り出しました。
しかし、禁術である死霊魔法を操り、また何故か精霊の力を無力化する魔王を前に英雄たちは次々と敗れ、多くの戦士たちが討ち取られてしまいます。
「クソッ。ギルドの連中は目に見えることも書けないのかッ。花が生えたスケルトンだと? そんなもの見たことないぞ!」
「それに馬鹿みたいに硬ェ。おい!火炎魔法は効いているのかっ?!」
「だ、駄目です。それに――――ッ! ウソっ!? 精霊の声が聞こえないぅのぉッ″――ぁ*ぁ…………」
「フィニアぁ!?」
「……死ね」
「ぐふっ」
「————ッ」
「——」
三つの国を滅ぼしてから人々は、強大な力を持ち偉大なる英雄達をまるで虫けらのように殺す魔王を本当の意味で恐れるようになりました。
強大なる魔法使いにしてアンデットの使役者。
個にして族の力を持つ魔王。
その驚異に直面して生き残った者が存在しないことも、風聞にこれ以上ないほどの拍車をかけます。
聞いてしまったが最後、恐怖に囚われて帰ってこれない人も現れ始めれば。
大いなる混乱がイェルカンシュを席巻してゆきます。
「北の賢王が殺されたそうだ。都ごと焼かれたらしい」
「深海では海皇が捕まったと聞く。海の民はもうおしまいなのか?……おい、誰か。誰か止められないのか!」
「馬鹿を言うな!魔王が殺した英雄を越える程の者なんてそうそういるわけないだろッ」
「――――」
「――」
「うわっ、なにこれ。ぐちゃぐちゃじゃない……」
「すまねぇ、酔っ払いが暴れちまってな……。なぁ、旅のお方。アンタ何か……いや、誰でもいい強い奴に心当たりはないか?」
「……残念だけど、亭主の期待には応えられないわね」
いつからか「死の魔王」と呼ばれるようになった魔王は、それからも一国ずつ、確実に国民全てを葬っていきました。
四年が過ぎ、数多の躯が大地を耕した跡には最早血の一滴も残ってはいませんでした。
太陽に照らされたイェルカンシュの大地は、精霊の祝福により荒れることも許されず美しいままです。
ただ残酷に生物のみがその姿を消していたのです。
最後に残ったのは、大陸中央の帝国ただ一国のみでした。
一体どれだけの人が魔王の登場以前にその世界を予測できたでしょうか。
長すぎた平和が紙くずのように破り捨てられる光景を、一体彼らはどのような思いで見つめていたのでしょうか。
……かつて、今は亡き疾風王が駆けた平原に帝国軍第一軍六十万の将兵が前進して行きます。
同日、昼前。最新式の魔導兵装を装備した第二軍が平原の北東に位置する飴降り砂丘を迂回しアンデッド軍の側面を突く大規模戦術機動を開始したとの報告が本陣にもたらされると。帝国軍総司令部兼第一軍司令部は「英雄の王作戦」を発令。
伝令の魔法がいく筋も天高く上がり、帝国軍は慌ただしく出陣の準備を始めました。
圧倒的な力を持つアンデッドの大群を前に、一兵卒から筆頭騎士まで、この時ばかりは精霊に祈るしかない、と帝国軍人の誰もが死を覚悟した目をしていました。
イェルカンシュの国々の滅亡を見せつけられた帝国は魔王によって降される自らの破滅を、ただただ指を咥えて待っていた訳ではありませんでした。
イェルカンシュ大陸の東には人間や獣人たちの住む大陸がありました。
帝国の皇帝は土魔法を使い、東の海峡に陸橋を無理矢理架けることによって東の大陸から援軍を呼び込んだのです。
帝国の熱烈な要請に応じて七ヶ国の人間の国々からは合計で二十万の援軍が送られました。
数の上では帝国軍一個騎士団と同等程度の戦力しかありません。しかし帝国が求めていたものは魔王を倒し得る猛者でした。
帝国にとって何よりも幸運なこと、そして掴みとったその幸運は、東の大陸からの援軍の中に「勇者」がいたことでした。
斯くして、「英雄の王作戦」――帝国軍二個軍を陽動兼肉壁として平原の北から東にかけて展開、南西より東大陸の援軍と帝国軍精鋭部隊を魔王討伐の楔として突撃させる一点突破の鉄床作戦――は多大な出血を強いられながらも「支援の勇者」による魔王討伐によって、成功裏に終わったのです。
祝勝に湧く帝国は平和の復活を喜び、東大陸からの援軍に感謝を送り、勇者はイェルカンシュの精霊の王たちと面会し友禅を結びました。
後に帰国した救国の勇者は七国の王たちの要請により東大陸に精霊王たちを招待。
以降、イェルカンシュと東大陸に千年の友好が結ばれる
――結ばれる……、
——結ばれる、はずでした。
*
少し長ったらしかったかもしれませんね。
蝋燭が燃え尽きるように、あるいは海の潮が引くように。射し込んでいた月光がくらりと窓辺に帰った夜半。
姫様の隣で椅子に腰掛けていたわたしは今まで読んでいた本を閉じた。
朗読を聴いていただける、愛らしい観客はもういない。
ベットの上で、すぅすぅ、と寝息を立てる幼いお姫様がいるだけだ。
主人と従者が二人だけの部屋では、頬が弛むことも、隠す必要がない。
わたしは立ち上がって椅子に本を置くと姫様の寝姿を整えた。ゆっくりと、優しく御髪をなでると僅かな身じろぐ。
「ぬぁゅ…………そふぃあ………」
「——♪」
子猫が戯れるような甘えた声。幸せに笑みが零れる。こんな夜がずっと続けばいいのに、と、ソフィアは願ってやまない。
ベランダからは風光明美な夜の海が覗いている。
ザザザと穏やかな波の音が眠気を誘うのでソフィアは瞳を閉じた。
——海の向こうには結界がある。隠し持っている魔眼でしか見えない「封印」の大魔法結界だ。ソフィアの唯一閉じられないその瞳は、ただじっと、星の海の向こうを、眺め続けていた。
走り書きのようなメモたち
「帝国の総戦力は三個軍。一個軍が60万人編成なので。完全編成の場合、およそ180万人ですね。ちなみに、第三軍は帝国防衛中(戦場は故疾風王の領土でしたので、ある意味遠征でした)」
「一個軍の編成は三個騎士団で、一個騎士団には歩兵や騎馬や魔法兵など一通り揃ってる感じです」
「三眼のメイドさんっていくない?いくない??」
>>>これ書いたの半年前<<<
ソフィアが読んでた本の結末を知りたい人は作者のTwitterに直接聞きにきてください。ざっくり話します。
詳しく知りたかったらおだてて連載書かせるのが、多分、一番早いと思います
ついったー↓
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