落ち葉集めの楽しみ方
担当さんから頂いたSSのお題で、様々な理由で採用できなかったものがあったので、特別に掲載許可を頂きました。
こちらは特典SS用に収録されたものではありません。新たに書き下ろしたものになります。
「絶対に理不尽よ」
そうふて腐れながら文句を言っているのはラフィリアだ。
ヴァンクライフト家の屋敷の裏庭は、森に面しているので落ち葉が多い。秋も深くなればその分落ち葉も増えていく。
屋敷の窓から見える庭園は庭師が管理しているが、森に面した裏庭は訓練場も兼ねているためにとにかく広い。
訓練を行う者達と庭師が交代で掃除をしていたが、たまにこうしてラフィリアも駆り出されていた。
「なんで! 私ばっかり! こんなことしなきゃいけないの!?」
ガーッと怒りをむき出しにしたラフィリアは、集めた落ち葉の山の上に持っていた熊手をバフッと叩きつけた。
その衝撃で集めた落ち葉がブワッと舞ってはヒラヒラと周囲に散らばっていく。
今回落ち葉拾いを命じられた理由があまりに理不尽だったため、ラフィリアは未だに荒れていた。
「…………」
周囲に散った落ち葉を、今度は黙って集め始めたラフィリアにエレンはくすくすと笑った。
「でも楽しいよ!」
エレンは自身の身長よりも長い柄の箒を握りしめ、ラフィリアの落ち葉集めを手伝っていた。
*
事の起こりはエレンとロヴェルが事業の手伝いにヴァンクライフトの屋敷へとやってきた時だった。
丁度その頃に訓練をしていたラフィリアは、エレンが来ると焦って訓練をおろそかにしてしまったらしい。
ローレンに怒られて罰として裏庭の落ち葉集めの刑となってしまったのだが、エレンと遊びたがったラフィリアの泣きそうな顔を見たエレンは身を乗り出して言った。
「私も一緒にやりたいですっ!」
この場にいたロヴェル達が「えっ」という驚いた顔をする。
「猛獣に付き合って落ち葉集めなんてエレンはやらなくていいんだよ」
「そうでございます。それではラフィリア様の罰になりません」
ロヴェルとローレンが慌てて言う。ラフィリアは驚いたまま、目をぱちくりと瞬いていた。
話を聞けば、ラフィリアは訓練のノルマはきちんと終わらせていたらしい。ただ、最後の挨拶の際に早く帰りたいとそわそわしてしまってローレンに怒られたようだ。
「ラフィリアを急かしてしまった原因が私なら、尚のこと私にも非があると考える方もいると思います」
「…………む、」
軍隊では連帯責任が当たり前の世界だ。エレンの言葉にロヴェルとローレンが渋い顔をした。
困った顔をしたローレンに、エレンはたたみ掛けた。
「だから連帯責任で一緒に落ち葉集めをしながら反省してきますねっ!」
「わわわ……っちょ、エレン!」
にっこり宣言したエレンは、慌てるラフィリアの手を取ってすかさず転移をして逃げた。
あっという間の出来事に、ロヴェルとローレンは呆気にとられてしばらく動けない。
「……逃げられたな」
「むむむ……参りましたなぁ。まさかエレン様まで罰掃除をなさるとは……」
「エレンが来るのが楽しみだったという理由を知ったから放っておけなかったんだろう。まあ、この状況で連帯責任という言葉が出るくらいだ。あの猛獣にはそれとなくエレンが諭すんじゃないか?」
「さようでございますか」
ほっほっほっとローレンは微笑ましそうだ。ロヴェルも苦笑していた。
*
そんな二人の思惑は余所に、エレンとラフィリアは和気あいあいと裏庭へと転移していた。
「箒ってどこにあるの?」
「庭師から借りるのよ。爺ったらほんとに人使い荒いんだから!」
「ふふふ」
二人で仲良く手を繋いで庭師がいる小屋へ向かう。そこにはすでに落ち葉を箒でかき集めている庭師が三人いた。
手前にいた一番貫禄のある親父にラフィリアが声をかける。
「……ちょっといいかしら」
「おや」
「こんにちはー!」
奥にいた二人も気付いてこちらへ頭を下げた。
「お嬢様方、何か御用でしょうか?」
「箒を二本貸して下さい!」
元気なエレンの声に庭師の親父が驚いて戸惑っている。そしてラフィリアを見てなるほど……と妙な納得をした。
「あれま。ラフィリア様、また何かしでかしたんで?」
「もーこれだから嫌なのよ! すぐ私が何かしたって言うんだから!」
苦笑した庭師の親父に、顔を真っ赤にしながらラフィリアが怒った。
「ラフィリアと一緒に落ち葉集めするんです」
「おやまあ……エレン様まで?」
「エレンは違うわよ」
「違わないよ、連帯責任なんだよ?」
「……何もエレンまでやることないわよ。私一人でやるから」
「えー!? 一緒にしたい~!」
「…………」
絶対楽しそう! とキラキラした目でエレンに見つめられ、ラフィリアはたじろいだ。
「二人で何か悪戯でもしたんですかい? こりゃあサウヴェル様もカンカンでしょうな」
親父はそう笑いながら落ち葉用の熊手を二本持ってきてラフィリアとエレンに渡すが、エレンに渡そうとして、親父の手が止まった。
「……エレン様には大きすぎますな」
金属でできた熊手は柄が太く、エレンの小さな手では支えきれないのが見て取れた。
「もう少し小さいのはないの?」
「玄関用の小さい箒などが良いかもしれませんな。少々お待ちくだされ」
「えっ、大丈夫だよ? 持てるよ」
「エレンには扱いづらいわよ。あと重いと思うのよね」
「そうかな?」
この世界の庭用の箒は金属でできた熊手が一般的だった。竹でできた熊手や箒が当たり前だったエレンには、こんなに大きな熊手でやっているのかと少し衝撃的だ。
倉庫の中に引っ込んだ親父の背中を見ながら、エレンは少しぶすっとした。
「珍しい。エレンが不細工になってる」
膨らんでいるエレンの頬をラフィリアがつんつんと突いた。
「私、いつも小さいって言われるから……一緒にするの邪魔かな? やっぱりダメ?」
エレンはしゅんとしながら小声でコンプレックスをもらす。
一緒にいたいと思っていたのはエレンも同じなのだと気付いたラフィリアは、嬉しさで胸がいっぱいになった。
でもそんな動揺を悟られるのが恥ずかしいのか、ラフィリアは少し素っ気ない態度を取ってしまう。
「で、でも誰しも得意不得意はあると思うわ。寒いし、エレンが無理することはないのよ」
「う~ん……でも寒いのは一緒でしょ? ラフィリアと一緒に落ち葉集めしたいな」
「うぐ……」
肩を落としたエレンの上目遣いに、今度こそラフィリア撃沈した。
「はっはっは。エレン様のお願いには勝てませんなぁ~」
戻ってきた庭師が「これならどうでしょう」とエレンに箒を渡した。
箒の柄はエレンの身長ほども長さがあったが、柄は細く握りやすい。
「わっ、軽いです!」
「穂の部分が大分抜けてしまったのを補強して使っておりましてな。屋根の落ち葉を落としたりするのに使っていたのですが、これが一番軽かったのです」
「ありがとうございます!」
エニシダでできた箒だ。よく魔女の箒として登場するのでエレンにも馴染みがある。
(こっちはエニシダの箒が一般的なんだなぁ~)
エレンがそんな事を思っていると、ラフィリアは手慣れた様子で熊手を片手でひょいっと持ち上げた。
(熊手、全部金属でできているけど……)
「葉っぱはどこに集めたらいいかしら?」
「それならあちらに焼却炉があるので、その辺りにお願いします」
「分かったわ。あ、ねえ、いつものあれよろしく!」
「はっはっは! やはりラフィリア様はただでは起きませんなぁ」
「当たり前でしょ?」
「いつもの……?」
「ふふふ。最後のお楽しみよ!」
悪戯を契約しているような悪い顔をしたラフィリアに、エレンは思わず苦笑した。
*
こうして冒頭へと戻るわけだが、それでもやっぱりラフィリアの不満はなかなか解消されないようで、こうして落ち葉へ怒りがぶつけられている。
「今日はエレンと一緒だから楽しいけど!」
「えへへ」
熊手を軽そうにぶんぶんと振り回しながらラフィリアは凄い勢いで落ち葉をかき集めていた。
その様子を黙って見ていたエレンは、思わず疑問を口にした。
「その熊手ってそんなに軽いの?」
「…………エレンには重いと思う」
ラフィリアはふいっと顔を逸らす。興味を持ったエレンは、その熊手を貸してとお願いした。
「あ、ちょ……重いからね!?」
「うん。気をつける!」
恐る恐る両手で受け取ろうとしたら、ドスッと重みが加わってそのまま下に落としそうになった。
「おっと」
パッとラフィリアが熊手を受け取ってくれたが、エレンは驚きすぎて硬直していた。
「大丈夫? 重いって言ったじゃん」
「え……? え? この熊手ってこんなに重いの……?」
あまりに重すぎて分からなかったが、二メートルほどある細長い鉄の塊だと思えば、十キロほどあるのではないかと思われる。ラフィリアはそれを片手でひょいっと持っているのだ。
エレンは金属の熊手とラフィリアを交互に見た。
「う……そんなに見ないでよ」
「えっ、あっ。ごめんなさい……」
不躾だったとしゅんとしたエレンにラフィリアは顔を赤くしながら言った。
「訓練で使う槍と比べたら軽いわよ」
「えええええっ!?」
あまりの驚きにエレンは逆に心配になってしまった。
「そんなに重いの振り回して、腕とか大丈夫なの!?」
「えっ」
「怪我とかしない? 大丈夫?」
「え、ええ。落とさなければ大丈夫よ。訓練だってしているもの」
ラフィリアの返事を聞いて、エレンからとても大きな溜息がもれる。
それは安堵とも取れず、かといって呆れている溜息でもなかった。胸の内にある苦しいものを吐き出すような、そんな重い溜息だ。
「ラフィリア……」
「え……何? どうしたの?」
「こんなに重たくて危ない物を振り回している訓練ならなおの事、最後まで気を抜いちゃダメだと思うの……」
「え? 急にその話?」
「私もラフィリアと遊びたかったから、とても楽しみで昨日からそわそわしてたわ。ラフィリアも同じ気持ちだったって知ってとっても嬉しかったの」
「う……うん」
「でも、ラフィリアは騎士として訓練しているでしょう? 命に関わる事だから、気を抜いちゃダメだってじいじも怒ったんだと思うの」
「……うん」
ばつが悪くなったラフィリアも俯く。
「一緒にじいじにごめんなさいしに行こう?」
「う……」
自分がローレンに謝罪している姿を想像したのか、渋面になったラフィリアは何やら葛藤していた。
しばらくうんうんと唸っていたラフィリアだったが、バッと顔を上げてエレンに言った。
「謝らない!!」
「えー?」
この流れでも頑ななラフィリアに、エレンは思わず苦笑した。
「どうして?」
「だって、罰はこうしてちゃんと受けているわ。私があの場で謝罪しなかったから、強制的に罰掃除になったんだと思うの」
「あー……うん。そうなのかな……?」
「あと、謝罪は反省の意味はあると思うんだけど、それはそれで爺に負けたみたいで悔しい」
「え……」
「だから謝罪はしない! ちゃんと罰は受けて掃除はするわ。だからこれでいいの!」
「ええええ~?」
「さすがに爺の言いたいことは分かったから、次からちゃんと最後まで気を抜かないわ。それに、もし自分が教える立場で早く終わって欲しいなんてそわそわされたら、私だったら殴り飛ばしてると思うし」
「待って? いったん落ち着こう?」
好戦的で鼻息の荒いラフィリアにエレンはたじたじだ。
「私は反省したから次も気をつける。罰掃除もちゃんとしてる。ね? やることはやってるんだし、謝罪する必要はないって思うでしょ?」
「心配もかけてると思うよ……?」
「そうね!」
「開き直っちゃった」
「でも、エレンが今言ってくれなかったら、私いつまでも分からなくてずっと文句を言ってたわ。気付かせてくれてありがとう」
「あ……うん」
にっこり笑ったラフィリアにエレンは急に気恥ずかしくなって照れた。
「でも私は絶対に謝んないんだから~~~~!」
ラフィリアはそう叫んで、また熊手を振り回しながら落ち葉をかき集め始めた。勢いの付いた動きを見たエレンは妙な感心をしてしまった。
「これが負けず嫌いかぁ……」
「ん? なんか言った?」
「ううん~~何でも無いよ~~」
「……なんか言ったわね?」
「えへへ」
「白状しなさーい!」
「きゃ~~!」
*
きゃっきゃっと楽しそうな声が裏庭に面した執務室の窓から聞こえてきた。ロヴェルとサウヴェルが窓に向かって下を覗き込むと、裏庭で楽しそうに落ち葉集めをしているエレンとラフィリアがいた。
「……これが罰掃除か?」
「楽しそうですね」
苦笑しているサウヴェルに呆れるロヴェル。微笑ましそうに紅茶を淹れているローレン。
「ラフィリアの落ち着きのなさはどうしたものかと思っているのですが……」
「まて、お前の娘が落ち着くなんて事が今後あるのか?」
「…………」
ロヴェルの言葉にサウヴェルが固まる。聞かれて思わず「確かに……」と呟いていた。
「色々ありましたから、あまり心が許せる同年代の友達がいないようなので、エレンが来るのが楽しみで仕方ないみたいなんです」
「まあ……それに関してはエレンもそうだな。同年代の精霊なんてヴァンくらいしかいないし」
「兄上の場合は、エレンに近付く者など許さないからでしょう……」
「まあな!」
堂々としているロヴェルにサウヴェルは溜息を吐く。エレンの場合は出生が特殊なだけに、相手が精霊だとしてもかなり制限を受けていた。
「まあ、エレンも猛獣と遊べて楽しそうなのはいいんだが……変な事を覚えてくるんじゃないかと気が気じゃない」
「エレンならば善悪がはっきり付くでしょう? ラフィリアは感情のまま動くのでまだまだ先は長そうです」
「まあ、そうなんだが……エレンは何かあったらすぐ無理をして倒れてしまうから目が離せないんだよな」
「確かにそこは心配になりますね」
エレンとラフィリアはここまで真逆で、親に心配されているなど思いもしない。
「おい……あっという間に落ち葉が集まっていくぞ?」
「我が娘ながらなんて恐ろしい……」
「ほっほっほっ。相変わらずですなぁ」
ラフィリアの振り回す熊手の勢いは衰えず、あっという間に落ち葉集めを終わらせていた。
そんなラフィリアにエレンが「凄い凄い!」と褒め称えている声まで聞こえてくる。エレンの声援に気をよくしたラフィリアは、どうよと言わんばかりに胸を張っていた。
「……本当に猛獣だな」
「兄上、それを言ったらエレンは猛獣使いになりますよ……」
「おいやめろ。エレンに変な二つ名を付けるんじゃない!」
ロヴェルがギリギリとサウヴェルに威嚇を放つ。そんなロヴェルにサウヴェルは面倒くさいと言わんばかりの顔をした。
「おや、エレン様達は庭師から何かもらっておるようですぞ?」
かなり遠い場所にいるエレン達を見て、ロヴェルとサウヴェルは目を細めて見る。ローレンは普通に見えているようだが、顔を見合わせた三人は、急いで庭へと向かった。
*
「エレン、これが落ち葉拾いの醍醐味よ!」
そう言って庭師が持ってきたのは、落ち葉を燃料に蒸かされたジャガイモだった。
「蒸かし芋?」
「そう。バターたっぷりで塩をちょっとまぶすの」
「何それ絶対美味しいやつ……!」
庭師達は少しエレンにあげていいものか悩んでいたらしいが、ラフィリアが「大丈夫!」と言い切ったので恐る恐るエレンにも差し出していた。
「熱いから気をつけて」
「うん!」
エレンは小さめのジャガイモをもらい、ラフィリアからバターをたっぷりかけてもらった。
「ここにハーブをちょっと……」
ローズマリーやバジルなどのミックスハーブを厨房からちょろまかしてきたらしい。
バターがとろりと溶けたそこにパラパラとハーブと塩を足し、フォークをグサリと刺して食べてみた。
「おいひー!」
「あ~あったまる~~」
はふはふ言いながらエレンとラフィリアがふかし芋を食べている。そんな微笑ましい様子に庭師達も笑い合った。
「収穫された中で小さいのは俺達のおやつになるんでさぁ」
「この庭には畑もあるんですか?」
「あるわよ。何でも一時期、家の資金ぶりが危なかったから自作してたんだって」
「え……」
(それはアギエルさんの浪費が原因では……?)
エレンは改めてあの時にロヴェルを家に帰るように説得して良かったとしみじみ思った。
「おい、エレンに何を食べさせている?」
突如、冷気を伴った低い声がエレンの頭上から聞こえてきた。
「とーさま」
「ひえっ! ロ、ロヴェル様……!?」
「お前達……変な物をエレンに食べさせているんじゃないだろうな?」
「め、滅相もございません!」
「伯父様も食べる?」
「いらん!」
ラフィリアが芋を食べるか聞いてもすげなく答えるロヴェルだったが、エレンが「あーん」と芋が乗ったフォークを差し出すと、ロヴェルがぱくりと食いついた。
「食べてんじゃん!」
「あはは」
「ム……」
もぐもぐと咀嚼しているロヴェルは何も言えない。
特に変な物ではなかったと気付いて落ち着いたのか、ロヴェルはそれ以上何も言わなかった。
「フッ、まあいいわ。これで同罪よ。エレン、よくやったわ」
「わーい。褒められた~」
萎縮している庭師に何かするんじゃないわよと言わんばかりにラフィリアがニヤリと笑う。
「全く……。悪戯ばかり覚えてないかい?」
「そんなことないですよ?」
「本当に?」
「本当です!」
ロヴェルとエレンがお互いに「んん?」と言い合っている。
「ラフィリアが迷惑をかけていないか?」
少し遅れてサウヴェルもやってきた。庭師に「いつも娘がすまないな」と謝っている。
「とんでもございません! むしろ助かっております」
「そうよ! 私の働きぶりを見てから言って欲しいわ!」
「見ていたがなぁ……まさか庭師のおやつを食い出すとは思わないだろう?」
娘のとんでもない行動にサウヴェルは苦笑しながら頭の後ろを掻いた。
「これぐらい多めに見てよ」
「落ち葉拾いはお前への罰だったと思うんだが?」
「それはもう終わったわ!」
「全く……」
ああ言えばこう言う。まったく悪びれないラフィリアの態度にサウヴェルは呆れた。
「そういえば、サツマイモってあるんですか?」
突然エレンが庭師に聞いた。ロヴェル達は「ん?」と首を傾げる。
「さつま……存じませんな。それは芋ですか?」
「皮が赤紫色で、蒸かすと中が真っ黄色のお芋なんですけど……」
「存じませんな……申し訳ございません」
「その芋がどうかしたのかい?」
ロヴェルの言葉に、エレンがにこーっと笑った。
「とっても甘いお芋なので、お菓子の材料に……」
「なんですって!?」
突然、ラフィリアとサウヴェルがエレンに詰め寄った。
「甘い芋……そんな芋があるのか?」
サウヴェルも興味津々だ。なんでこんなに芋に食いつくのか分からないエレンは、思わずロヴェルを見た。
「エレン、芋は長期保存ができるから栽培できるならすることに越したことがないんだよ。その芋はヴァンクライフトで栽培できるのかい?」
「う~ん……暖かい地方で栽培されていたような……?」
サツマイモは海外から薩摩に伝わった芋の名前だ。別名唐芋とも呼ばれていたので、中国から渡ってきたものだと思われる。
(あれ? でもコロンブスがイギリスに持ち帰った話が有名だったような? ……ということは元々はアメリカ原産? シルクロード経由で中国から日本っていう流れなのかな?)
エレンは朧気な記憶をうんうん唸りながら掘り起こしていたが、庭師がエレンの返事を聞いて難しい顔をした。
「これから雪も振るでしょうし、暖かい地方の芋ならば栽培は難しそうですな」
「甘い芋なら栄養も期待できそうだと思ったんだが……。小さな子供も喜んで食べるだろうし、夢のような話だが残念だな」
「そこはかーさまに品種改良してもらえばいいじゃないですか?」
「え?」
「ひんしゅ……?」
「それは一体何だい?」
「寒い地方でも育つように改良した芋を造ってもらえないかなって」
「え……そんなことができるのですか?」
「まあ、オーリだからな」
「う~ん、でも生態系などの問題もありますから、精霊界で育ててもらいましょうか?」
実はココアなどのお菓子の材料になる一部の植物は、今では精霊界でも栽培が行われていた。
これを人間界に持ち込んで、精霊用のお菓子として加工してもらっているのだ。
出来たお菓子を精霊に献上する代わりに、少しだけココアを人間界にも融通してもらっていた。
エレン達の間で夢物語の様な話がぽんぽん飛び交っていて、庭師達はついて行けないのか呆然としていた。
「甘いお芋か~食べてみたいな~」
ラフィリアも興味津々だ。それにエレンが食いついた。
「スイートポテトとかパイとか、甘煮にしてもいいよね!」
「…………エレン、それは一体どこで食べたんだい?」
「あれ? 以前作りませんでしたっけ? ほら、かーさまに野菜を食べさせようって!」
「う~ん? あったか?」
ただ、あの時に使った芋はサツマイモではなく、あまり甘くないジャガイモに砂糖を加えてほんのり甘くしただけの、マッシュポテトの改良版だった。
試行錯誤の上で作られていたお菓子だったが、あれはあれで好評だったのを覚えている。
だがこのサツマイモならあの時のスイートポテトを簡単に凌駕するだろう。オリジンもサウヴェルもきっと気に入るに違いない。
疑り深いロヴェルからフイッと視線を逸らして口を閉じたエレンに、ロヴェルは仕方ないなと諦めた。
「一体どこからそんな知識を覚えてくるんだか……」
「本! 本で読みました!」
「ヒュームの精霊じゃないの?」
ラフィリアの義理の兄になったヒュームが契約している精霊は知恵の精霊だ。
「あいつか」
「本で読んだって言ってるのに~!」
このままでは知恵の精霊であるアシュトに余計な疑惑が向いてしまう。追求されて違ったなんて知られたら、また更なる追求が始まってしまうだろう。いたちごっこになりかねない。
慌てるエレンを見ながら、ロヴェルとラフィリアは「ふ~ん?」とニヤニヤ笑っていた。
「兄上、慌てるエレンが可愛いからってそう追い詰めたら、甘い芋は手に入らなくなりますよ」
「俺は別に甘い芋なんざいらん」
「私はいる!」
「かーさまも喜ぶと思います」
だって、お菓子の材料だもん。とエレンの一言でロヴェルは黙った。
*
水鏡で一連のやりとりを見ていたオリジンは、エレン達が精霊城に帰って来るなり「サツマイモはこれね!?」と両手にサツマイモを持って出迎えるという珍事が起きた。
「ふーちゃんとおーちゃんに手伝ってもらったのよ。これで合ってるかしら!?」
「さすがかーさま……」
植物を司るフランとオープストを駆り出し、あっという間に造りあげていたらしい。
苦笑するエレンにオリジンはワクワクと期待した眼差しを向け、「どんなお菓子ができるのかしら!?」と興味津々だ。
「籠一杯くらい欲しいです!」
「安心して! たっくさん造ったわ!」
そう言ったオリジンの後ろには、水鏡の部屋に山盛りになったサツマイモが所狭しと並べられていた。
「…………」
「オーリ……またたくさん造ったね」
「だって、エレンちゃんが作ってくれるお菓子は全部美味しくって楽しみなんですものっ!」
目を輝かせながら期待に満ちた目で見られてエレンは思わず言った。
「作ってくれるのはラフィリアと料理長ですよ」
「それでもエレンが言わなきゃ誰も作ってくれないだろう?」
「そうよ! そういうお菓子があったらまた教えてちょうだいね。ふーちゃんとおーちゃんも楽しみにしているの」
「分かりました。ところでサツマイモは精霊界で育てますか?」
「う~ん……特に人間界でも問題ないと思うのよねぇ。エレンちゃんが言っていたように、寒い所でも育てられるようにしてあるわよ」
「さすがかーさま……。でも所構わず育てられるのは問題があると思うんですよね。他の植物の生育を邪魔しそうで……」
「ああ、確かに」
「寒さに強く、暑さに弱い……なんてできたりしますか?」
「お安い御用よ~。それだけでいいのかしら?」
「寒さに当てれば当てるほど甘くなる……なんていうのもいいかもしれません!」
「寒さに特化させるのかい?」
「はい。雪が降っても育てられれば、年中実りがあって領地の馬達も食べれるかなって……」
「またそういう……まあ、サウヴェルが大変になるだけか」
「あっ……おじさまごめんなさい」
「しかし冬でも栽培できるとなれば、国全体で冬に餓死する者が減るだろうな」
「あ、じゃあ陛下に種芋を配ってもらいますか? 実りが少ない厳しい土地を限定に栽培してもらえば、おじさまの負担も減るかもしれません」
「エレン……」
驚いたロヴェルにエレンは慌てた。
「えっ、何か迷惑になるようなことでも……」
「いや、ヴァンクライフトよりももっと北の地は年中雪に閉ざされて毎年厳しいと聞いている。こんなものを渡したら、あいつが喜ぶんじゃないかと思ってな……」
嫌な顔をしながらロヴェルの言う「あいつ」とは、ラヴィスエル陛下の事だ。ラヴィスエルを喜ばせるネタを提供するという事が心底嫌らしい。
「ああ~……」
「いや、エレンは気にしなくていいよ。民が飢えないことに越した事はないのだから」
「はい!」
「じゃあ、ここにある芋は俺が明日全て屋敷に運ぼう。オーリ、他の領地に配る分は別で造ってくれるかい?」
「分かったわ」
「でも大丈夫でしょうか? それでも他の植物の影響とかあると思うんです……」
「あら、他の植物が育たない次期でしか栽培できないのだから別に大丈夫じゃないかしら」
「芋ということは、実は根の部分だろう? 青々とした植物が冬にできるのは少し異様かもしれないが、雪も積もるし掘り出すのすら大変だろうから、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うぞ」
「あ……そっか」
秋に植えて冬に収穫になるのなら、あまり異様な光景には見えないだろう。
そもそも、元々のサツマイモが痩せた土地が栽培に向いている。土に栄養がありすぎると蔓と葉ばかりが育って開花や着果が妨げられる「つるボケ現象」が起きるからだ。
土に栄養や水が多くても育たない。そんな芋だからこそ冬に栽培できるとなれば、これほど心強い作物はなかなかないだろう。
ホッとしたエレンに、ロヴェルは何か気付いたようで問いかけた。
「もしかして、他にも冬に強い野菜があったりするのかい?」
「え……なんでしょう……ネギに大根、白菜とか?」
「ネギニダイコン、ハクサイ……?」
ネギはリーキ、大根はパースニップと別の種類が海外にもあるので、似たような他の作物がこちらにもあるかもしれない。
「ネギと大根は別物です。全部スープの具にしたら美味しいと思います」
「それは……冬に食べたらとても暖まりそうだね」
「鍋とか!」
「ナベって何かしら? また美味しい物?」
「簡単に言うとポトフみたいな煮込み料理ですね。あ、甘くはないです」
「ええ~甘くないの~~?」
甘くないと聞いて、急に興味を失ったオリジンにロヴェルは苦笑した。
「エレンに聞いたら、国の食糧事情が一気に解決しそうで怖いな」
「そんな事ないですよ。買いかぶり過ぎです」
「どうかなぁ。領地なんかあっという間だったからなぁ」
「エレンちゃん、またお菓子の材料を思いついたらいつでも言うのよ! かーさま張り切っちゃうわ!」
「ありがとうございます」
サツマイモを両手に持ったまま張り切っているオリジンに、エレンは苦笑した。
そんなにこやかな会話で終わった次の日、エレンとロヴェルはヴァンクライフト家にサツマイモを届けに行く。
そしてラフィリアと料理長が大喜びで真のスイートポテトを作り上げた。
「あま~い!」
(驚愕の甘さ。さすがかーさま!)
「こんな芋があるのか……!」
試食したサウヴェルも感激している。
「次の落ち葉集めの後のふかし芋は、これにしてもらうわ!」
ラフィリアのお気に入りになったようだが、エレンはその言葉がちょっと気になった。
「……ラフィリア、次も落ち葉集めするの?」
エレンの言葉にラフィリアは意味が分からなかったらしく、「え?」と首を傾げた。
「おやおや、ラフィリア様はまた罰をご所望とは……感心よりも呆れますなぁ」
ニヤリと笑ったローレンに、ラフィリアは口に詰め込んでいたスイートポテトをごくんと勢いよく飲み込んだ。
「ちっ、違うわよ!」
「ラフィリア。悪戯はほどほどにしなさい」
「お父さんまで!」
真っ赤な顔でラフィリアが抗議している。
「サツマイモ目当てで悪戯されたら敵わないな」
ロヴェルの言葉にラフィリアは叫んだ。
「違うったらーー!!」
賑やかな声が食堂に響く。
この後へそを曲げたラフィリアにしばらくお菓子を作ってもらえなくなってしまった。
そうなればオリジンももらえなくなるわけで……「わたくしお菓子が食べたいのー!」という催促という圧力が掛かり、結果サウヴェルに全て跳ね返ってくるのだった。
【お題:エレンとラフィリアの葉拾い→しおりに】
※しおりネタは別の特典SSで書いていたため採用できませんでした。